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第2話 月上 瑠奈

 

 

 

 「どうして、今なの。」真也に気持ちを伝えたばかりの月上 瑠奈は彼にそう問われると戸惑いの表情を浮かべて視線を逸らした。放課後の校舎に夕焼けの陽がさして、彼女の赤らんだ顔色を打ち消していた。


 昨日の件で真也が通学する公立高校では臨時の全校集会が行われた。今朝の報道番組ではよく知る県道が映し出されていたし、突然の事故で同じ学校の仲間2人の命が失われた事実に集まった在校生の中からすすり泣きの声が聞こえた。あの事故の原因は自動車の運転中、携帯電話使用による操作ミスだった。きっと2人が生きていたなら今頃、長い校長の話に飽きて何かしらのちょっかいをかけて来たはずだろう。


 「何が悲しいのだか。」真也は体育館に響く嗚咽につぶやいた。友人2人がいなくなった。もう帰ってはこない。だが、彼の頬に涙などは流れもしなかった。真也は今、深い悲しみの渦から溢れ出すこの音に不快感を覚えていた。「勝手に酔いしれるな。」彼は親しい間柄だった自分が涙を見せていないにも関わらず、彼らを知りもしない者達がシクシク言っているこの現状が理解出来なかった。ただ、その者達はこの悲劇的な出来事に便乗し、酔いしれているだけに思えてならなかったのだ。彼の胸の内は言い知れぬ怒りに満ちていた。


 「今だからなんだよ。」うつむいていた瑠奈が顔を上げ、真也を見つめて口を開いた。開け放された窓から緩やかな風が吹き込んで彼女の長い髪がサラサラと揺れた。周囲はかすかに甘い匂いが漂う。「今だから、なんだよ。」そう言うと瑠奈はまたうつむき、黙ってしまう。思い返せば、同じクラスにいながら彼女とはろくに話さえした事もなかった。増してそんな距離なら、彼女が自分に思いを寄せていたなどと真也が知る由もなかった。


 「同情してくれてるんなら、俺は大丈夫だよ。」瑠奈からの告白に真也はそう答えた。友人を2人も同時に失ったのだ。こんな言葉を掛けてくれる者がいても不思議ではないとひどく冷静に思う自分がいた。真也は瑠奈に笑ってみせた。「同情なんかじゃないよ。」彼女は大きな瞳を潤ませて涙を溜めていた。正直、真也は「困ったな」と思った。涙を流さない自分は冷静で、なぜそんな自分が彼女に同情されているのか強く困惑させられていた。そう、“涙を流さない”。それこそが、真也を平静でいさせる要因だった。


 「座ろうか。」真也が彼女に促すと瑠奈も素直に応じた。瑠奈が椅子に座ると真也は机の上で大きくあぐらをかいた。真也は頭をボリボリと掻くと告白への返事をよそに亡くなった2人との思い出話を始めた。幼稚園の頃からの付き合い。最初は仲が悪くて、でも、そのうち気付けばいつも一緒にいた事。真也が瑠奈に話す程、今までの人生の嬉しい時、悲しい時を共有してた事実を思い出した。2人との思い出を語る真也の目からいつしか大粒の涙が流れ落ちていた。話し、話し続けて言葉に詰まった彼はそのまま両手の平で顔を覆い、泣き崩れた。この日、真也は初めて知った。あの全校集会での悲しみの光景は悲劇に便乗して酔いしれていたのではないと。あの悲しみの光景は張り裂けそうな胸の痛みにただ、ただ耐え忍ぶ様だったのだと。自分は泣かなかったのではない、泣けなかったのだと。信じたくない現実を拒絶し、心を麻痺させていたのだと。瑠奈は真也に言った。「兎神君はずっと泣いていたよ。涙は見せていなかったけれど。だからこそ、今、あなたは1人じゃないと伝えたかった。同情なんかじゃないよ。私は兎神君が好き。」


 月上 瑠奈は泣きじゃくる兎神 真也のそばを離れなかった。それはいつしか沈んだ夕日の代わりに空に浮かんだ、優しく光る月のようであった。



自作小説『Dime†sion』 =第2話=



つづく




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