表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
28/32

第27話 酒池肉林

 

 

 

 

 

 龍楽と“悪業=おごう”と“金剛=きんごう”。戦いを終えた3人は龍楽先導の元、火の山から少し離れた林の中にある泉のほとりに集まっていた。空には眩しく輝く三日月が浮かんでいる。お互いに全力を尽くした勝負の中に芽生えた種を超えた友情。3人は惜しみもなく好敵手の健闘を讃え合った。悪業と金剛、2人の大妖は龍楽の出現によって突如終わりを迎えた数百年に渡る争いを振り返り肩を組んで語り合う。それは2人が長い闘いの中で双方を認め合っていた証であった。


 語り合う時間の中、少しして龍楽が立ち上がると言った。「私達の宴に興を添えよう。酒と肉をこれより準備する。」龍楽はおもむろに2人の大妖に自身の手のひらを突き出すと蝶が舞うようにヒラヒラとさせた。すると、始め不思議そうな顔をしていた2人の目が次第にトロンとして来る。頃合いを見て龍楽が口を開いた。「あの泉の水は極上の酒だ。そして林の枝葉は食べきれないほどの肉。さぁ、存分に味あわれよ。」龍楽が口上を述べると2人が意識を取り戻す。「何をバカな。」と悪業が泉の水を飲むと驚きを隠さず叫んだ。「これは、なんと美味い酒だ。」金剛が「本当か」といった面持ちで林の木の枝を折り、かじりつく。「これが肉の味か。初めて食べたわ。」口をモグモグと動かす金剛が至福の表情を浮かべる。龍楽が言った。「どうだ。これが私の奥義、“酒池肉林”だ。今宵は浴びるほどの酒と食いきれないほどの肉で楽しもう。」龍楽の隠された秘技が今、炸裂した。これは後に催眠術と呼ばれる事になる神通力であった。


 悪業は泉から湧く酒をガブガブと飲んでいた。「ぐはぁ、美味い。最高だ。」金剛は今まで食べた事のない陸の食材に舌づつみを打っている。すると悪業が思い出したように龍楽に質問をした。「龍楽よ。忘れてはいないと思うが例の話を聞かせろ。」龍楽は焚き火に向けられていた顔を上げると聞き返す。「世界征服を成し遂げたという話かね。」悪業が頷く。「貴様ほどの男だ。今となっては真実であっても不思議ではない。さぁ、話して聞かせろ。」龍楽は再び焚き火に目を向けると木をくべて話し始めた。


 「なに、簡単な事さ。その気になれば次の瞬間にでも達成出来るよ。」龍楽の顔には満面の笑顔が浮かんでいる。悪業も金剛も龍楽の話に身を乗り出して耳を向けた。「その前に、2人が私に負けた“力”とはなんだと思う。」龍楽の言葉を聞き、少し考えてから悪業と金剛は首を傾げた。「そう言えば、ワシ等は何を持って負けを認めたのだ。」2人とも答えが分からず考え込んでいる。すると龍楽が答えを教えた。「お主達が負けた“力”とは“総合力”。つまり、“能力”という力だ。」龍楽の解答が理解出来ない様子の大妖2人は眉をひそめていた。龍楽が続ける。「総合力とは知力、体力、そして運。自身が持ちうる能力を最大限に発揮した力の事だ。つまり、お主達は自身の特化した能力を過信したゆえに足をすくわれ敗北したのだ。」ここまでを龍楽が告げると初めて2人が「なるほど」といった顔をした。「だから、決着がついた後だから言うが、お主達が敗北を認めたから私の勝ちとなったが、何一つ私は勝利しておらんよ。」そう言うと龍楽がカッカッカと大笑いをする。「なるほど、そうか。」龍楽の発言に真相を知った大妖2人が途端に再度龍楽に勝負を挑む姿勢をみせる。すると龍楽が言った。「だが、先ほども言ったがお主達は私への敗北を認めた。勝ちは勝ちだ。勝負はもう受け付けんぞ。」そう言われてガックリとうなだれる大妖2人に龍楽が微笑む。「まぁ、もう良いではないか。」無邪気な龍楽に悪業と金剛はフッと吹き出すと大きな笑い声を上げた。


 「世界征服は次の瞬間には達成出来る。」話し出した龍楽の一字一句を悪業と金剛は逃さず聞いた。「悪業よ。お主が成し遂げたい世界征服は“世界を統治”する事であろう。だが、それは不可能だ。」悪業は龍楽の言葉にポカンと口を開けていた。龍楽が続ける。「お主の言う世界征服は因果応報の縁により敵が無限に増える。力ずくの支配は反抗勢力が必ず育つ。ならば表面上は統治出来る日が来ても砂上の城。己の力の衰えと共に瓦解する泡沫の夢だ。」龍楽の連ねた言葉は悪業の理解力を超えていた。彼の鼻からは長い鼻水が垂れている。一方、その横で話を理解した金剛が問うた。「ならば、龍楽よ。お主が成し遂げた世界征服とはなんだ。」龍楽はニカッと金剛の方を見て笑うと答えた。「それは、“世界観”の征服。ようするに“満足”する事だ。」龍楽が膝をパンと叩いて笑った。金剛は唖然とした顔になった。悪業はまだ鼻水を垂らしていた。


 「世界征服とは自身の生に満足すれば成し遂げられる。ならば、次の瞬間に達成出来るは必然だ。」人差し指を立てて勢い良く言い放った龍楽に大妖2人はもはや手が付けられないといった面持ちだった。「命は満足する為に生きておる。虫は生きる為。花は咲く為。風は吹く為。彼らの目的は満足する事にあり、それを達成しているならばお主達よりも先に世界征服を成し遂げておる。これで答えにならんか。」龍楽の難解な答えに2人は思案した。思案したがその境地に至れない。すると龍楽が一言で締めくくる。「まぁ、良いではないか。」毒気を抜かれた2人の大妖はもう好きにしてくれといった様相になった。龍楽はいつものようにカッカッカと笑っていた。するとそれにつられて2人も吹き出し、大笑いを始めた。輝く三日月の夜に3人の声が響く。やがて、龍楽がポソリと呟いた。


 「飛翔する翡翠色の美貌、麗しの孔雀王“金剛”。」金剛が振り向く。「大地を割る豪腕、灼熱の大猿王“悪業”。」酒を飲む悪業の手が止まる。「大地を疾駆する純白の獣王“小太郎”。そして、私と桃。もしも、もしもこの顔ぶれで挑むならこの鬼ヶ島のような世を平和へと導けるかもしれぬな。」龍楽が抱く唯一の野心が口から漏れた。「酒と偽る水に酔いしれたか。愉快な夜だ。」龍楽がワッハッハと発言を取り消すように照れ笑いをした。金剛と悪業は確かに龍楽の野心を聞き遂げると口を揃えて言う。「まぁ、良いではないか。」ブッと吹き出した龍楽。途端、3人の笑い声が上がった。大きな大きな笑い声。それは3人が果てしなき夢の達成を目指し、同じ志を胸に抱いた瞬間だった。



自作小説『Dime†sion』 =第27話=



つづく



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ