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第23話 手のひらの地球

 

 

 

 

 龍楽と大妖、“金剛=きんごう”との鬼ごっこが開始されて七日七晩が過ぎた。八日目の朝、金剛の出発点の入江には海から昇る太陽を眺める龍楽の姿があった。「世界とは、広いのだな。」龍楽はぼそりと呟くと、眠そうな目をゴシゴシとこする。彼の足元には食べ終わったヤギの骨と、手のひらに乗るくらいの丸い石が置かれていた。






自作小説『Dime†sion』 =第23話=






 何度、日が昇っては沈んだのだろう。龍楽と名乗る小さな人間と戯れに始めた鬼ごっこは、いつしか逃げる金剛に恐怖の念を与えていた。どれほどに飛ぶ速度を上げても後ろの影は追ってくる。振り返れば、恐らくは自分がこの勝負に負ける。そんな事があってなるものかと金剛は魔力を振り絞り、飛び続けた。いつしかその口から叫び声を上げている事にも気付かずに。


 過ぎた時を思い出せないほどに逃走した地の果てで、金剛は驚愕の光景を目の当たりにする。それは自らの前方の大地で待ち受ける龍楽の姿であった。大妖、金剛は身の毛がよだつ出来事に悲鳴を上げて龍楽のすぐそばに墜落した。「なぜ。なぜだ。」長旅の疲労と精神に与えられた衝撃で、倒れ込んだ金剛はビクビクと震え起き上がらない。そんな魔物のようすを尻目に、龍楽は歩み寄ると肩に手を当て「金剛、捕まえた」と宣言をした。


 「金剛よ。お主の美しい羽衣に穴を空けて、すまない。」龍楽は金剛に一言謝罪すると彼の腰の辺りに引っ掛けた鉤針を外した。針は頑丈なヒモでくくられ、その先には龍楽の黒い法衣が結び付けられていた。「私を追っていた影は貴様のその法衣であったか。」追跡者の正体を知ると金剛は悔しそうな表情を浮かべながら言い放った。龍楽が言う。「私が追う側であったから、逃げる側のそなたには正体がわからなかったであろう。」龍楽はしてやったりの顔で金剛を見ると、ニカッと笑った。


 少し時間が過ぎてようやく金剛が起き上がった。彼は口を開くと龍楽に問うた。「なぜ、龍楽よ。お前が先回り出来たのだ。」納得が行かないといったようすの金剛に龍楽はてくてくと歩きながら答えた。「金剛よ。お主はこの“大地の形”をどう考えている。」突拍子もない質問に困惑する金剛。金剛が答える。「何をバカな質問をする。まっ平らのお盆のような形に決まっているだろう。」金剛の答えに龍楽は「そう思うだろうな」と言った面持ちで振り向く。この時代はそれが通説であったからだ。


 龍楽は手に丸い石を持っていた。「金剛よ、世界は広かったか。」またも突然の質問を金剛にすると龍楽は手の上で2・3回、丸い石をポンポンと投げる。金剛は必死に逃げていたのでよく覚えていなかった。龍楽は続けた。「金剛よ、私はこの場所を最初から最後まで動いてはいない。」そう言うと金剛の眼前に龍楽は手を突き出した。そして、握っていた丸い石を見せ付ける。龍楽はついに事の真相を金剛に告げた。「この大地はな、金剛よ。この石のように丸い。お主はその丸い大地を一周して我が元に戻って来たに過ぎないのだ。」龍楽の話に、金剛はしばらく目を丸くした。そしてブハッと吹き出すと、ガハハハと大笑いを始めた。「貴様が言う通りならばこの大地の形はそうであろう。しかし、そうならば、貴様がどこでそれを知ったと言うのだ。」金剛の物言いに龍楽はもっともな質問だと頷いた。


 金剛の言葉の後、龍楽は空を見渡すと朝焼けに浮かぶ薄い光を放つ三日月を見つけた。そして、その月を指差して言った。「金剛よ。お前はあの月をどう思う。」龍楽の質問は常に難解であった。金剛が答える。「月がなんだと言うのだ。」龍楽は月を指していた腕を下ろすと話始めた。「月は満月、半月、三日月、新月。満ちたり、欠けたりするよな。」金剛は龍楽の話に聞き入っていた。「月は本来丸いのだ。だが、動きはしていない。あの黒い部分は月に向けて放たれる太陽の光を何か巨大な物が遮って出来た“影”なのだ。」龍楽の言葉は金剛には理解出来なかった。龍楽は結論を単刀直入に金剛に言った。「つまり、あそこに見える三日月の黒い部分こそは、この大地の影。この大地の形を表しているのだ。」話の内容をようやく理解した金剛は龍楽の洞察力に度肝を抜かれた。そしてワナワナと震える金剛の質問を待たずして龍楽が言った。「感謝する、金剛よ。お主のお陰で仮説を真実に実証できた。この大地は確かに丸いようだ。」金剛は絶句した。そして自身がこの小さな人間と嘲笑った存在に良いように踊らされたのだと言い知れない敗北感にまみれた。その金剛の様子を見て、龍楽は締めくくるように言った。「金剛よ、この手のひらにある丸い石が今、お主の立つ大地に見えるか。だとすれば、お主は私の手のひらの上を必死に逃げ回っていただけにすぎぬな。」勝負あった。龍楽の一言は金剛にとって完全なトドメとなった。ガクガクと膝を震わせ金剛は大地に伏せた。「龍楽とやら、私の負けだ。」自らの完敗を悟った金剛は龍楽に「さぁ、何なりと望みを言え」と首を差し出す覚悟を決めた。


 「楽しかったな、金剛よ。」勝敗が決して安堵した龍楽はドッカリと金剛の目の前に腰を下ろすと彼の肩をパンパンと叩き、高らかに笑った。「龍楽よ、ワシを成敗に来たのではないのか。」金剛は何度もまばたきを繰り返しながら龍楽に問うた。龍楽が答える。「成敗などせぬよ。力比べに来たと言ったではないか。」あっけらかんと言い放つ龍楽に金剛は唖然とした。龍楽が続けた。「しかし、無事帰ってくれて良かった。金剛よ。お主のような稀有なる存在を私の浅知恵で失ってはどうしようかと思ったぞ。」今度は金剛のまばたきが完全に止まった。龍楽の言動は金剛には完全に理解不能になった。「何しに来た。」金剛が龍楽に問うと「力比べに」と答えフラフラとしだす。龍楽が眠そうに目をこすり力なく笑うと言った。「金剛よ、私ははじめお主が大地を一周し、4日ほどで戻ると思っていた。だが実際には8日もかかった。私はな、金剛よ。お主が帰った時に寝ていてはならないと4日目から眠っていないのだ。もしも望みを聞いてくれると言うなら。」そう言いかけて龍楽の言葉が止まる。金剛が途切れた言葉に聞き返した。「もしも望みを聞くならなんだ。」ゴクリと金剛が唾を飲み込んだ。龍楽は最後の力を振り絞り、小さな声で金剛に望みを伝えるとバタリと倒れた。確かに龍楽の望みを聞き届けた金剛がブハッと吹き出すと大声で笑い始めた。隣では意識を失った龍楽が大きないびきをかいていた。気が済むまで笑い転げた金剛が眠る龍楽に言った。「わかった、龍楽よ。確かにお主の望み、叶えよう。目を覚ますまでこの金剛が責任を持って守ろう。だから安心して眠れ。」金剛の笑いにほころんだ顔が使命に燃えてきりりと引き締まった。龍楽が最後に金剛に望んだ願いはささやかだった。「眠らせてくれ。」その望みは確かに聞き届けられ、龍楽は今、この上なく頼もしい友の元で安らかな眠りについていた。




自作小説『Dime†sion』 =第23話=



つづく




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