表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/32

第21話 犬神 月代

 

 

 

 

 彼方の空にもうもうと立ち上る大きな煙の柱が見えた。空気の香りは変わり、独特の湿り気を帯びた風が頬をなでる。近づく故郷を感じ取ると、駆ける小太郎の脚は無意識に加速していた。「おぉい、小太郎よ。待て。待ってくれ。」愛馬、桃を駆りながら小太郎の後を追う龍楽はあまりの速度にそう叫ぶ。龍楽の悲鳴を聞き、冷静さを取り戻すと小太郎はその歩みを緩やかに変えた。


 「あれが文にあった火を噴く山か。」龍楽、小太郎、桃。一行は遂に小太郎の故郷である薩摩の国へ到着した。白波が寄せては返す砂浜から、見晴らす眼前には巨大な火山が噴煙を漂わせ、突然大きな爆発音を轟かせると真っ赤な溶岩を吐き出した。


 「なんと壮大な景色か。絶景かな絶景かな。」龍楽は大自然の荒々しさを目の当たりにしてその山を褒め称えた。「ウォン。」景色に見とれる龍楽に帰郷をはやる小太郎が鳴いて急かす。「おう、そうであった。」小太郎の声を聞いて龍楽は再び桃に跨がると彼の主人が待つ村へと進み出した。


 村は小さいながらに活気に満ちていた。南国の日差しと肥沃な大地の恩恵を存分に受け、実る作物は豊作の一言だ。この村が、よもや魔物の脅威にさらされているとは感じられないほどである。


 「なんだべ、あの旅人は。」村に辿り着いた龍楽が馬上から集落を闊歩すると、村人は彼の異様な風貌に恐れを抱いたのか物影に隠れてしまう。道を行くのは見慣れない動物に乗り、頭には骨をかぶった僧侶。確かに仕方のない事だった。


 「ウォン。」長旅の末、遂に小太郎が終着地を迎える。長い長い階段を嬉しそうな雄叫びを上げながら駆け上がっていく小太郎。彼の声を聞きつけた人影が階段の上にある神社から現れた。「小太郎、お帰りなさい。」飛び付く小太郎を抱き止めたのはまだあどけなさが残る巫女であった。彼女に抱かれた小太郎はまるで子犬のような甘い声をあげた。


 「私は“犬神 月代”と申します。この犬神神社の神主の娘です。この度は遠路はるばるお越しいただき、誠にありがとうございます。」齢14歳の少女は小太郎が連れて来た助っ人に深々と頭を下げてお礼を言った。「小太郎はこの神社の神に仕える山犬であったか。」顎をさすりながら龍楽は小太郎の聡明さと合わせ持つ気品に合点が行くと、頭にかぶった骨を脱ぎ「こちらこそ」と月代に頭を下げる。続けて龍楽が口を開いた。「拙僧は龍楽と申します。いやはや、あなたのような可憐な乙女が小太郎の主人であったとは驚きを隠せませんね。」龍楽は彼女の第一印象を素直に告げた。すると月代が返す。「小太郎は飼い犬ではなく、この神社の守り神たる山犬の一族です。私は彼とは幼少から共に育ち、兄弟のような関係で育ちました。」清廉な眼差しが龍楽を射抜く。なんという力強さだろうか。たじろぐほどである。龍楽が続けた。「文によれば何やら、姉君が魔物への人身御供にされてしまうとか。事情をお聞かせいただいてもよろしいでしょうか。」龍楽が問うと月代はスッと立ち上がり「こちらへ」と案内をした。


 通された部屋には病床に伏せるとても美しい女性がいた。彼女の名は“千鶴”。月代の姉であり、10日後に迫った、大妖“金剛=きんごう”への生け贄であった。「この方が、月代殿の姉君。魔物も、罪な事をする。」龍楽は少し千鶴に歩み寄るとその症状を見て彼女に言う。「鉄の器に湯を沸かし、毎日の朝昼晩、3度飲んで下さい。少しは良くなります。」千鶴は龍楽の言葉に一瞬、不思議そうな顔をしたが「はい」と答えるとニッコリと微笑みを返した。


 千鶴の元を離れ、先ほどの部屋に帰った龍楽と月代。ほどなくして月代は龍楽に2匹の大妖、“悪業=おごう”と金剛について聞かせた。「なるほど。力の弱る季節に精力をえる為に齢16歳の女性を喰らう魔物ですか。その力は一匹は大地を割り、もう一匹は空を飛ぶ。」龍楽は月代の話を聞き終わるとそう言った。「果たして、そんな化け物相手に拙僧がどこまで出来るか。」苦悶の表情を浮かべる龍楽の顔は、なぜか月代の目には嬉しそうに見えた。「きっと、この方なら大丈夫。」小太郎と自分の直感を信じた月代はそう胸の内で思った。「どうか、よろしくお願いいたします。」月代がそうお願いをすると龍楽の答えは即座に返って来た。「お任せあれ。」ニカッと笑った龍楽の笑顔は全ての不安を打ち消す物であった。


 一夜明けた翌朝、キュンキュンと龍楽にすり寄る小太郎の姿があった。これより魔物退治に向かおうとする龍楽に小太郎はずっとついて行こうとする。龍楽は優しく、小太郎に言った。「小太郎よ。お前は、役目を立派に果たした。もう良いのだ。これからは主人の元でゆっくりと暮らせ。」小太郎の大きな頭に龍楽のごつい手があてがわれると、勢いよくワシャワシャとなでくった。「大丈夫だ。私は戻って来る。」いつものような優しい笑顔で龍楽が言った。そして龍楽は月代に一つの頼み事をする。「月代殿、一つ、頼みがあります。私が帰るまで愛馬、桃の世話をよろしくお願いいたします。」龍楽の願いを快く請け負う月代。「お気をつけて。」そう言うと月代は火打ち石をカンカンと鳴らした。


 龍楽の姿が丘の向こうに消えて行く。まず、彼が向かうは大妖、金剛の住む入り江である。遠くに小さくなる龍楽の後ろ姿に小太郎は追いかけようと駆け出しそうになる。「小太郎、待って。」我が身から離れて行きそうな愛する者にしがみつくと涙を流して月代は小太郎に何度も言う。「小太郎、もう行かないで。行かないで。」彼女の涙が小太郎の柔らかな毛皮に染み込む。すがる主人の懇願に拒む事が出来ない自分が恨めしかった。小太郎はその瞬間、大きく、大きく遠吠えをした。「龍楽、龍楽。絶対に帰って来いよ。」その叫びは言葉の話せない彼が、一時の主に届けたい思いと空に響き渡らせているようであった。




自作小説『Dime†sion』 =第21話=



つづく




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ