第18話 殺魔の国
一夜明けて、“豊前=現在の福岡県”の街道を駆け抜ける白と金、二つの筋があった。白い筋の正体は、無事に戸丸と関門海峡を渡った小太郎である。そして金の筋の正体は、金色に輝く名馬を駆る戸丸の姿であった。
「戸丸よ。今度の海賊との和睦、同盟での働き、誠に天晴れであった。」平家軍下関駐屯地の将、小林喜一朗は、この度の戸丸の功績をそう言って褒め称えた。「約束通り、我々が責任を持ってお主と小太郎を対岸の地、九州へと送り届けよう。」戸丸は小林喜一朗の言葉を聞くと、小太郎と顔を見合わせて喜んだ。「ありがとうございます。そうですか、あの大陸は九州と言うのですね。」海の向こうに広がる大地の名前を聞いて、戸丸は気を引き締めた。南の大陸、九州。その地の果てに小太郎の故郷はあるのだ。
戸丸は荷物から一つの文を取り出すと小林喜一朗にある話題を切り出した。「小林殿。拙僧が目指す地について何かご存知ならばお教え願いたい。」小林は戸丸の突然の質問に、「何なりと答えてやろう」と返答した。小林のありがたい言葉に戸丸は早速質問をぶつける。「この文は、私の友、小太郎が携えていた物です。この文にある“南の果ての火を噴く山がある場所”とはどの様な所でしょうか。」小林喜一朗は不意に戸丸の口から出された土地に思い当たる節があった。「戸丸、お主、魔境を目指しておるのか。」小林喜一朗の表情から戸丸は嫌な感触を即座に感じ取った。
「お主が目指していると申す土地は“薩摩=現在の鹿児島県”という場所だ。」小林喜一朗は明らかに先ほどより身に纏う空気を重くして語り出した。「薩摩には今から何百年も前から2匹の魔物が住み着いておると言う。」小林の話に戸丸がにわかに信じがたいという面持ちで返した。「2匹の魔物。」小林喜一朗はさらに話を続ける。「2匹の魔物は互いに常に争っているそうだ。魔物を討伐しようと軍隊も何度も編成し、遣わされた。だが、成敗する事は叶わなかった。“殺せぬ魔物が住む土地”。それが別名を“殺魔”、魔境と呼ぶ由縁だ。」小林喜一朗は虚空を見ながらそう戸丸に言って聞かせた。戸丸はゴクリと固唾を呑んだ。戸丸が読み上げた文。その中にその2匹の魔物らしき記述があった。戸丸は直感的にそれで相違ないと理解した。その瞬間、戸丸の心中にふつふつと湧き上がる感情があった。
「戸丸、震えておるのか。」平家軍の将、小林喜一朗はブルブルと身震いする戸丸にそう尋ねた。戸丸が答える。「これは武者震いにございますよ。この旅の果てに左様な大妖が2匹も待っているかと思うと。それらをどうやって調伏しようかと考えるだけで、今からぞくぞくします。」小林喜一朗は戸丸の予想もしていなかった言葉に唖然とした。海賊退治のすぐ後に魔物退治。それを想像して武者震いを起こす戸丸。小林喜一朗は戸丸の理解しがたい思考に恐れさえ抱いていた。
「今度こそ、死ぬかもしれぬぞ。戸丸よ。それでも行くのか。」小林喜一朗は戸丸にそう問うた。「行かねばなりません。」戸丸は治まらない震えをこらえながら答える。「ならば、これをお主にやろう。」そう言うと小林喜一朗は腰に挿していた自慢の太刀を差し出した。「それは」と戸丸が聞くと小林は「この度の海賊退治の褒美だ」と返答した。「いただけません。」戸丸は小林喜一朗の差し出した立派な太刀に対し、きっぱりと断りを申し出た。「拙僧はどんなに立派でも、斬った張ったの道具は所望いたしません。」戸丸がそう返すと小林喜一朗はしかめっ面をして聞き返す。「ならば、何を褒美と所望するか。」小林喜一朗の質問にしばらく思慮を巡らせた戸丸が答えた。
「馬。それでは、馬をいただけないでしょうか。」戸丸が申し出た所望する品を聞くと小林喜一朗はしばらく考え込んだ。「馬か。馬か。戸丸のこの度の功績を考えると、よし。良いぞ。」それは、考えられないほどの破格の褒美だった。しかし、戸丸の功績を重んじた小林喜一朗は彼の申し出を快諾すると兵士に命じて1頭の馬を連れて来させた。それは、その馬は、金色に輝くそれはそれは見事な馬体。平家軍下関駐屯地の中で1番の名馬であった。
「名前を付けてやらねばならないな。」名馬を賜ってご機嫌な戸丸が金色の馬体を撫でながら小太郎に言った。小太郎も嬉しそうな表情で聞いている。「金、金色。黄金、金色。どんな名前が良いか。」ご満悦の顔で戸丸があれこれ考えていた。すると戸丸は名馬の額の紋様に目を留めた。
「これ、この紋様。まるで桃の実がみのったような形。そうだ、お前の名前は桃にしよう。桃よ、よろしくな。」戸丸の歓喜に満ちた声が響いた。小太郎もその名前を良しとしたか、オォンと雄叫びを上げた。名馬、桃との出会い。その頼もしい新たな仲間との出会いは、闇ばかりが渦巻いていた戸丸の前途を切り裂く一筋の光となるのだった。
自作小説『Dime†sion』 =第18話=
つづく




