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第17話 全裸の理由

 

 

 

 

 「海賊だー。海賊が来たぞぉー。」突如、壇ノ浦の海上に現れた6隻もの海賊船団に平家軍下関駐屯地の兵士達は浮き足立った。高台にある本陣に座していた平家軍の将、小林喜一朗は「何事か」と事態を見守る。関門海峡の対岸に陣取った海賊船団。緊迫した空気に包まれた下関の海が今、戦場に変わろうとしていた。


 「平家軍、全兵士に告ぐ。海賊との戦闘に備えよ。」平家軍の将、小林喜一朗はそう言うと右手に持った軍配を振り上げた。海賊と平家軍の一触即発の状態。後少しでもお互いが距離を詰めれば戦闘開始となろう事態を打ち破ったのは一艘の小舟であった。


 「やめーい。やめやめやめーい。」小舟を漕ぎながら海賊船団より平家軍に向かい、海上で叫ぶ男の姿が小林喜一朗には見えた。「あれは、戸丸か。奴がここ壇ノ浦に海賊達を連れてきた。しかし、あやつ、あの格好はどうしたのだ。」小舟を駆って平家軍に近付く男の正体は紛れもなく戸丸であった。しかし、問題はその服装。いや、服装と言うより戸丸は一糸まとわぬあられもない姿。全裸であった。


 「身包みを剥がされたか、戸丸よ。一体、どういたした。これは何が起こったのだ。」海賊船団より下関の地に辿り着いた戸丸は小林喜一朗に招かれ本陣にその姿があった。依然、戸丸は全裸のまま。臨戦態勢にあった平家軍の陣は戸丸の珍妙な姿にやや志気が下がっていた。「いやいや、このような格好にして失礼いたします。ですが、これには立派なわけがあります。」戸丸は小林喜一朗に問われると包み隠さず事の経緯を洗いざらい話した。


 「つまり、戸丸よ。お前は海賊達を説き伏せて平家軍と同盟を結ぶように契約を交わしたのだな。」小林喜一朗は戸丸が海賊団の頭領、内海之大蛇丸と交わした約束を聞き、そう問いただした。戸丸が答えた。「海賊団の頭領、大蛇丸殿は私が同盟の橋渡し役をする事で今回の件を快諾いただけました。後は小林殿のご判断で私なりの海賊成敗は成り立ちます。」小林喜一朗は戸丸が言いたい事を理解した。「なるほど、つまり、海賊を軍に加える事で海賊は正規の水軍となりいなくなる。これにて成敗とするわけだな。」小林がそう言うと戸丸はコクリと頷いた。小林はしばらく考えを巡らしたようであった。そして、話に合点が行くと小林はついに気になっていた事を本題として戸丸に問うた。


 「ところで、戸丸よ。なぜお主はすっ裸なのだ。」平家軍の将、小林喜一朗が戸丸に問うと周囲に控えた武士達もうんうんと頷いた。小林のもっともな疑問を聞き届けると戸丸は誠実な眼差しで答えた。「これはお二方の武装を見越し、せめて仲介役たる拙僧だけは丸腰であるという意思表示でございます。」戸丸の返答に納得すると小林を含め、周囲の武士達からも「おぉっ」とどよめきが起こった。そう。戸丸の全裸の真意は、海賊と平家軍の武装解除にあったのだった。


 小林と戸丸が合流して時間がしばらく過ぎた。場所は壇ノ浦から少し離れた関門海峡にある巌流島に場所を移す。平家軍と海賊団は戸丸を仲介役にそれぞれ選抜した5名を代表に同盟を組むにあたっての和議を行った。余談ではあるが、この頃、平家は総大将の平清盛を熱病で失いその力は衰退を辿っていた。偶然にも、この時戸丸が間を取り持った海賊との同盟は疲弊し、武力を乏しくしていた平家軍にとって願ってもいない事であったのだった。


 平家軍代表は下関駐屯地の将、小林喜一朗、他4名。海賊団代表は大蛇丸と岩鉄、他3名。長らく敵対関係にあった両者の揃う場は殺伐とした空気に包まれた。だが、そんな張り詰めた空気を打ち破ったのもまた戸丸であった。


 「さて、この場に集われました皆々様方。本日は拙僧の取り持つ縁をお受けいただき誠にありがとうございました。」戸丸が口上を述べると顔ぶれの中から失笑が漏れた。「戸丸よ、もう良いから何か服を着ろ。」小林喜一朗が指示すると戸丸は照れ笑いを浮かべながら海賊の一人が脱いで差し出した上着を羽織った。「まったく、どうして小林殿はこのような破天荒な坊主を和睦の使者に送ったのだ。」大蛇丸が言うと小林喜一朗はばつが悪そうに頭を掻き、周囲は笑顔に包まれた。


 同盟の話は驚くほどすんなりと纏まった。小林喜一朗と大蛇丸はさすがの人格者である。お互いの作り上げる関係に利多しと判断すると迷わず握手を交わした。そしてここに、大蛇海賊団改め、大蛇水軍が誕生したのであった。頼もしい味方が生まれた事に小林喜一朗は大満足であった。


 同盟が確立した瞬間を見届けると戸丸はへなへなと腰を落とした。「どうした、戸丸。」小林喜一朗と大蛇丸、2人が声を合わせて戸丸に問うと彼が答えた。「いやいや、拙僧、この瞬間が来るまで実は気が気でありませんでした。己の行動を発端に何百人もの人が殺し合う可能性があるかと思うと昨夜から冷や汗は止まらず、奥歯はガタガタいいっぱなしでした。今し方、本当に良かったと安堵すると腰がぬけてしまいまして。」戸丸の大胆にして天衣無縫の振る舞いばかりに気を取られ、内心を見抜けていなかった小林や大蛇丸、岩鉄達は戸丸の本音に目を点にした。


 「戸丸、お主、そんな心境であの船出から今までやっておったのか。」小林喜一朗が問うと戸丸は恥ずかしそうに笑った。戸丸は言う。「拙僧は海を渡りたかった。ですが、その思いをきっかけに世相を知ればそれをなんとか出来ないかと考えてしまいました。」その場に居合わせたそれまで敵対関係にあった10名が戸丸の言葉に聞き入る。戸丸が続けた。「拙僧が渡りたかったのはこの青い海にございました。それが血の海にならず良かった。良かった。」そう言うと戸丸はいつものように天真爛漫にガッハッハと笑ってみせた。


 「まったく、本当に破天荒な男だ。」大蛇丸が戸丸をそう言って称えて笑うと、その場の皆も続くように大笑いした。それは戦乱の世に訪れた、わずかばかりの平和な一時。戸丸の勇気は今、激動の時代に確かな安らぎを生み出したのであった。




自作小説『Dime†sion』 =第17話=



つづく




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