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第16話 内海之大蛇丸

 

 

 

 

 ルルルルルル。酒盛りが終わり静まりかえっている洞窟の中、さざめく波音に混じって低い唸り声が鳴っていた。


「おい、坊主。起きろ。起きろ。」酔いに任せてご機嫌で眠っていた戸丸を海賊の1人がグイグイと揺さぶった。目を覚ました戸丸がまぶたを擦りながら自分の周りを見渡すと20〜30人もの海賊達が剣を帯びて彼を取り囲んでいる。「おやおや、これはどうなされましたか。」戸丸は平静を崩さずに呼び掛けた。


 「お前、何が目的でここに来た。」海賊の1人が戸丸に問う。「酒樽に兵士が隠れているでもなし。酒に毒が入っているでもなし。まして酒盛りの酔いに乗じて夜襲をかけるでもない。」問いかける海賊の顔には腑に落ちない事だらけの疑心に満ちていた。


 「どうなんだ。」そう言うと海賊は戸丸の首もとに剣を突き付けた。戸丸が言う。「やめよ。」波音に混じって聞こえる唸り声は海賊達には聞こえていない。「やめよとは、誰に向かって言ってやがるんだ。」業を煮やした海賊が剣を振り上げると戸丸が一喝した。「やめよ、小太郎。」それは洞窟中に響き渡る大声であった。


 海賊は腰を抜かしていた。剣は地に落ちている。先ほどまで波音に混じっていた唸り声は止み、小太郎は襲い掛かる寸前の姿勢を戻し洞窟の奥に控えた。「突然、大声を出して申し訳ありませんでした。なにぶん、急を要しましたので。」戸丸はそう言って海賊に詫びると立ち上がって手を差し伸べた。しかし、戸丸を恐れた海賊が手を握る事はなかった。


 「もう良い。お前達、そこまでにしろ。」暗闇の奥から精悍な雰囲気を全身に纏った青年が現れた。年は戸丸と同じくらいだろうか。「お頭、ですが、いいんですか。」彼の登場にうろたえる海賊達。物言いたげな手下達を一瞥すると彼は戸丸の方に歩み寄ってきた。


 「俺は“内海之大蛇丸=うつみのおろちまる”だ。この海賊団を率いている。俺に用とはなんだ。」大蛇丸が問うと戸丸は深々と彼に頭を下げた。「拙僧、戸丸と申します。今宵は盛大な宴を催していただき、ありがとうございました。」戸丸の場違いなまでに礼儀正しい態度に大蛇丸は拍子抜けした。そして、少し姿勢を緩めた。


 「お前、何を考えている。海賊の拠点のど真ん中で海賊達に囲まれて大の字で眠るとは。恐ろしくはないのか。」大蛇丸は鋭い眼光で戸丸を見つめた。戸丸が答える。「いやいや、怖くないはずなどありはしません。ですが、あなた方は私の友、小太郎を縄にも縛らずに捨て置いてくれた。あの者さえ自由ならば私の身は安泰にございました。」戸丸はニッコリと笑うとその微笑みを大蛇丸に向けた。大蛇丸は控えた小太郎に目を移した。「なるほど。」大蛇丸は戸丸の物言いに合点が行くとそう言って笑った。


 「お前の目的はなんだ。」大蛇丸が問うと戸丸は答えた。「あなた方を成敗しに参りました。」途端に周囲の海賊の手下達が殺気立つ。大蛇丸は右手をかざしてそれをなだめた。「我らを成敗する、その理由とは。」大蛇丸の質問はなおも続く。「海を渡り、南の大陸に行きたいのです。」戸丸は包み隠さず素直に答える。「海を渡った先に何がある。」大蛇丸が戸丸に詰め寄り、さらに問うと戸丸が答えた。「我が友、小太郎の安息があります。」大蛇丸は戸丸のその言葉を聞くとあ然とした。そしてしばらく戸丸を見据えると、突如、何を思ったかガッハッハと大笑いを始めた。「来い、戸丸とやら。話を聞いてやる。」そう言い残すと大蛇丸は颯爽と洞窟の奥に消えた。


 「つまり、戸丸よ。お前は俺達に平家軍の傘下に入れと言うのだな。」海賊の手下に案内された部屋で戸丸は大蛇丸と向かい合っていた。「いえいえ、頭領殿の海賊団が何も平家軍の下に就く必要はありません。あくまでも同盟です。」遂に戸丸は大蛇丸と対面する事で真意を語り出した。「あなた方は私が察するに海賊と名乗ってはいるものの実のところ、近隣の農・漁村民が結集した義勇軍でございましょう。」大蛇丸の表情が戸丸の言葉にわずかながら変化を帯びた。「あなた方は野蛮なだけの輩とは違い、拙僧のような正体不明な者にも手厚く介抱いただけた。根拠はそれで十分です。」戸丸の話に大蛇丸は何も言い返さなかった。「現在、この海はあなた方だけに留まらず様々な海賊団が横行しています。これらはあなた方の守りたい村々も当たり前のように襲いますな。」大蛇丸は静かに目を閉じた。戸丸が続ける。「つまり、拙僧が申したいのは平家軍と手を組む事で、その力を利用し、あなた方が守りたいとする者達を安泰に導けるように海上を統治するのです。」戸丸の納得が行く理論に大蛇丸は深く息を吸って吐いた。


 「それは良い案かもしれぬ。」大蛇丸がうっすら目を開けて戸丸を見つめながら答えた。戸丸の顔が輝いた。「それで、仲介はお前が責任を持って行うのだろうな。だまし討ちなど企んでいるなら今、生皮を剥いでやる。」大蛇丸が鬼のような形相で戸丸を威圧する。「お任せあれ。」戸丸は屈託のない顔でサラリと答えた。「喰えぬ坊主め。お前を遣わした男を見てみたいものだ。」戸丸のあっけらかんとした返答に大蛇丸は毒気を抜かれてしまった。脱力した大蛇丸がフッフッフと力なく笑った。


 「なぁ、戸丸よ。我々が南の大陸までお前を運んでやっても良いぞ。なんなら、もっと先の目的地の近くでも良い。どうだ。」大蛇丸は戸丸をよほど気に入ったのかそんな申し出を切り出した。「それはようございますな。」戸丸が大蛇丸の方に身を乗り出して答えた。途端、後ろ手に準備された剣に大蛇丸は手を伸ばした。「されど、気持ちだけありがたくいただき、ご遠慮申し上げます。」乗り出した身の姿勢を正すと戸丸はきっぱりと大蛇丸の申し出を断った。戸丸は言う。「このまま平家軍の将殿と会わずにドロンは義に反します。」ハッハッハと戸丸は笑い「それに」と続けた。


 「それに、なんだ。」大蛇丸は剣に伸ばした手を下げると戸丸に問いただした。「酒樽2つの代償に、今後、平家軍からこの首を狙われては恐ろしくて夜も眠れません。」戸丸はそう言うとガッハッハとさらに大きく笑い声をあげた。「もう良いわ。」大蛇丸はそう言って呆れ顔で立ち上がると集まった海賊達に告げた。


 「良いか、野郎ども。明日、早朝、全団員、全隻、船を出す。目指すは壇ノ浦だ。場合によっては平家軍との派手な戦となる。気合い入れろよ。」大蛇丸が高らかに言い放つと「オオォー」と地鳴りのような雄叫びが上がった。いざ、決戦、壇ノ浦。戸丸はその手のひらにかいたビタビタと滴る汗を握り拳に固めてごまかした。そして同時に、ガタガタと震えそうな奥歯を唇を噛んでこらえ続けていた。



自作小説『Dime†sion』 =第16話=



つづく




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