第15話 2つの酒樽
洞窟の中には大歓声が轟いていた。戸丸と岩鉄の力は拮抗しており、気を抜けばいつどちらが負けても不思議ではなかった。「やるじゃないか、坊主。」剛腕にありったけの力を込めた岩鉄が紅潮した顔に笑みを浮かべる。「いえいえ、どういたしまして。」歯を食いしばり小刻みに震える戸丸も負けじと言い返す。2人の戦いはすでに緊迫した状態で5分を超えていた。
大熱狂の渦に包まれた戸丸と岩鉄の周辺は蒸せるような暑さだった。2人の額からは汗がボタボタと垂れ、肘の下には水たまりが出来ている。激闘はまだまだ長引く物だと思えた。その時、戸丸は岩鉄に問う。「この海賊団の頭領はどなたか。」戸丸の突然の質問に岩鉄の眉がピクリと動いた。「頭はワシだよ。」岩鉄がニヤリと笑う。「そうですか。」戸丸は岩鉄の返答を聞くやいなや右手の甲をそのままバタンと台に押し付けた。「勝者、岩鉄さん。」海賊の1人が高らかに岩鉄の勝利を告げると同時に海賊達は再び大歓声を上げた。激戦を終えた戸丸は手首をほぐしながら大きく深呼吸をする。そして岩鉄に言った。「頭領殿、拙僧はあなたにお話があってここに参った。しばし時間をいただけぬか。」戸丸が言うと岩鉄が応えた。「俺と渡り合った事に免じて少しだけ時間を割いてやるよ。」戸丸と岩鉄の対談が決まった。
「坊主。お前、なぜわざと負けた。」上座にドッカリと腰を下ろした岩鉄が戸丸に言った。戸丸は「頭領殿に会えたならその場で競い合う意味はなくなったのです」と答える。そして「それに十数名とも力比べした後にあなたのような猛者と戦えば、そろそろ力の加減も出来なくなる」と付け加えた。「底の知れない坊主だ。」岩鉄はクックッと笑った。
「坊主。お前、名は何と言う。」岩鉄の質問に戸丸が答える。「拙僧の名は戸丸と申します。あちらに控える白い山犬は私の親友、小太郎。聡明なる者です。」彼の返答にしげしげと小太郎を見つめる岩鉄。そんな彼の耳元に駆け寄り一人の手下が言った。「殺しますか。」岩鉄はそんな手下に右手を一振りし御して言う。「やめておけ。奴は僧とは名ばかりの武芸者だ。返り討ちにあうのが関の山だ。よく見ろ。お前、あの馬鹿でかい犬を手懐けられるか。」海賊の手下はそう言われるとチラリと小太郎を見てブンブンと首を振り回した。「飯を持て。恐らく奴は肉も食らえば酒も飲む。あてがえば女だって抱くぞ。」岩鉄に言われて手下は食事の準備に走った。
酒樽に丼鉢をザブリと入れて、汲み上げた酒をがぶがぶと飲み干した戸丸が叫ぶ。「さぁさぁ、皆々様方。こちらの2つの酒樽は拙僧が平家の軍からいただいた手土産にございます。存分にお召し上がり下さい。」平家の軍からと言う言葉に身を引く海賊達。すると岩鉄がヌッと戸丸の前に立ち、どんぶりを受け取ると酒を汲み上げ飲み干した。岩鉄が言う。「野郎ども、上等な酒だ。ありがたく飲みやがれ。」岩鉄の号令を合図に海賊達がワッと酒に群がった。途端、ドラの音が鳴り響き盛大な酒盛りが始まる。戸丸は差し出された肉を頬張るとガブガブゴクリと食らう。「美味いっ。」戸丸の言葉に岩鉄はガッハッハと笑い声を上げた。この日、催された酒宴は深夜遅くまで繰り広げられる。しかし、そんなはしゃぐ戸丸に注がれている鋭い視線に気付いていたのはこの時、小太郎ただ1人であった。
自作小説『Dime†sion』 =第15話=
つづく




