第10話 大妖、悪業と金剛
「小太郎、お願い。あなたが私の最後の希望よ。行って、そして探し出して。この村を悪魔の呪縛から解き放てる方を見つけ、戻ってきて。」
“月代=つきよ”はそう言うと愛しい白犬、小太郎の首に文を入れた竹筒を付けた紐を結わえた。単に犬と言えど、月代の愛犬小太郎は体高実に“5尺3寸=159cm”と牛ほどもある巨大な山犬であった。
命を受けた小太郎は昼夜を問わず野を駆け抜けた。山を越え、川を越え、谷を越え、そして海までも越えて愛する主人、月代の為に願いを叶えたもう人物を探した。
右に行っては西の果て。左に行っては南の果て。森、分け入ったその先の、山また先にその地はあった。人々は件の地を魔境と呼んだ。
時は寿永元年。世は源氏と平氏が争う戦乱の渦中で揺れていた。この時代、魔界と現世の境界希薄にして、人に混じり妖魔や魔物が跋扈する世であった。
物語の幕開けを告げた月代と小太郎が住む地はそんな時代にあって未開の場所であり人々に魔境と恐れられた。しかし、恐れられた理由は未開であった事もあるがその地に住む2匹の魔物にあった。
まず、一匹目。火の山に棲む大妖“悪業=おごう”。悪業は怪力を誇り、火の力を司る漆黒の肌をした化け物であった。
そして、続く二匹目。青い海に棲む大妖“金剛=きんごう”。金剛は風と水の力を司った。その体は透き通るような肌であり、風の力を使い自由自在に空を飛んだ。
未開とは言え豊穣な土地であった。そこに住む民は少なくても生活は豊かである。ただし、その村にはある“掟”があったのだ。悪業と金剛は犬猿の仲であり日頃から激しく争っていた。そしてそんな争いの中で消耗した体を癒す為、定期的に“生け贄”を捧げろと要求があったのだ。夏は暑さに弱る金剛に1人。冬は寒さに弱る悪業に1人。齢16歳となった娘を捧げなければならない掟だった。そしてこの夏、暑さに弱る金剛に捧げられる生け贄の娘は月代の実の姉だったのだ。月代、この時14歳。慕う姉を救う為、この忌まわしい掟を終わらす為、親愛し信頼する白い山犬小太郎に最後の希望を託し野に放ったのであった。
小太郎は野を駆け、海を渡り現在の京都府中部、丹波地方の山中で死にかけていた。昼夜を問わず駆けたその足はボロボロで空腹は限界に達していた。横たわる小太郎は息荒く、目を閉じた。「これまでか。」知能の高い小太郎は死を覚悟した。そしてそのまま気を失いそうになる。月代との約束が果たせぬ事が無念だった。そこへ天の恵みかポタポタと小太郎の口にめがけ水が垂れてきた。その救いの手にうっすらと目を開いた小太郎は遠退く意識の中で確かな人影を見た。この時、戸丸24歳。運命が動き出す劇的な出逢いの瞬間であった。
自作小説『Dime†sion』 =第10話=
つづく




