【2】
「そういえば、川村さんとこうして二人でお話しするのは初めてですね」
「そうだね。メイさんを挟んでばかりだったかな」
店主が席を外している――これはもしかしたらチャンスなのではないだろうか。
川村の穏やかな声を聞きながら田口は、悩みを一人で抱え込むよりも人に話を聞いてもらうべきだという店主の言葉を思い出した。店主には話し辛いことでも、川村ならきっと嫌な顔せず聞いてくれる気がする。
「あの、実は俺、川村さんに聞いて欲しい話があるんです」
その言葉に川村は首を傾げる。田口は意を決し、
「本当は父に相談するべきなんでしょうが、忙しい父にはどうも切り出せなくて……」
と言葉を続けた。すると川村は驚いたように目を瞬かせたが、すぐに表情を変え、「ほう、私でよければ」と微笑みを浮かべた。田口は一度大きく深呼吸をして話を始める。
「俺は大学四年生で、本来なら内定をもらうまで就活に奔走しているような時期なんです。でも俺、どうしてもこのままではいけないような気がして」
「でも、一生懸命勉強してきたのだろう?」
「それなりに勉強はしてきたつもりです。だけど、それがやりたいことに結びつくかというと、そうでないような気がして……。夢を持って頑張っているあの人に比べると、今までの自分の頑張りは、ちっぽけなものだったんじゃないかって思ってしまうんです」
「君は夢を持って頑張っているメイさんが羨ましいのだね」
川村に心中を言い当てられ、田口は瞬きをした。流石に歳の功というべきか川村は鋭い。
「……俺も、あの人のように夢を持った生き方がしたいのだと思います。だけど、その肝心の夢がわからない」
田口の言葉に川村は、半ば独り言のように呟きをもらす。
「通りで私が店に来る度に君をみかけたわけだ」
「どういう意味ですか?」
「おや無意識かい? 君は店にいる時ずっとメイさんを見ていたからね。今の話を聞いて、私はてっきり君がこの店に出入りしているのは、メイさんから夢を見つける切欠を得ようとしてのことだと思ったのだけれど」
思ってもみない答えに、田口は言葉に詰まる。自分がこの店に出入りしているのは賭けのことがあったからだ。しかし最初はその理由があったとしても、店で得られる情報がなかった時点で調べる手段を変えることもできたはずだ。それこそ、この間川村に進めたインターネットという手段もある。だが田口がそれをせず店にいることを選んだのは、ここが逃げ場所である以前に、自身にとっての価値を見出したからなのかもしれなかった。
「俺、そんなにあの人を見てましたか?」
田口は川村の返答を待った。しかし間が悪いことに、それは店主の声によって遮られる。
「あれ、少年、来ていたのかい?」
声の方を見やれば、店主はいつものごとく白いシャツに黒い綿パンという出で立ちで、茶色の中味が入った大きなガラス瓶を抱え、キッチンから出てきたところだった。店主はこちらに興味を示したのか、その瓶を一旦カウンター上に置いて言葉を続ける。
「お休みってことで板も取り下げておいたはずなのになぁ。それにしても川村さんと何を話していたんだい?」
まさか店主の話をしていたとは言えない。その上、痛いところを突かれた田口は、それを誤魔化すように言葉を発した。
「そんなことより、一体何をするつもりなんだよ」
「幸福の種を作るんだよ」