ボウ
ぼう、と筆を置いた。さて、夢の話と言う物を知っているだろうか。大きく分けて、予知夢や現在を写す夢の大まかな二つがある。その内、良い夢と悪い夢と言うものは実に厄介だ。良い夢と言うものは、実は悪い夢と言う厄介な特質を持ち、悪い夢と言うものは、実は良い夢と言う厄介な特質を持つ。その際、夢を見た時の話はしない方が良いのだと言う。何故なら、その夢の意味が逆の意味となるのかもしれない、と言うからだ。あぁ、逆夢、と言う言葉があったかな。
ぼう、と筆を置いた。その際、私が見た夢と言う物は、実に厄介な夢なのだが。良い夢だったのだ。けれども、跳ねた心臓を押さえて、その夢の意味を調べたら、実は願望を表す方の夢だったのだ。実に、厄介な事だ。更に、そのパーソナリティに出てきた特質な印象を持つパーツには、実に厄介な事も書かれていた。実に厄介な事だ。
ぼう、と筆を置いた。スープを手に持ち、一口飲む。冷めた部屋では、実にスープは冷めていた。夏に冷たいスープがあるだろう、と言い訳を教えて、冷めたスープを一口飲んだ。
実に厄介な事である。ぼう、と筆を置いた。跳ねた心臓は、更にあの夢で見た映像を思い出す度に、チクリと針が刺されたように心臓が痛む。あぁ、実に厄介だ。願望を映し出した夢だと言うのに。ただの夢だと言うのに。
実に厄介だ。ぼう、と筆を置いた。更に、その夢の続きにはこうあった。その願望を映し出す夢は、貴方に潜在的に願った事を表面に顕わせて、気付かせるものだと。あぁ、実に厄介だ。冷めたスープを喉まで流し込んだ。あぁ、実に厄介だ。自分で作ったものだと、こうも冷めては美味くもなんともない。やはり、人に作って貰わねば、何かしらが足りない。愛情が、と言う訳でもない。ただ、料理が冷めた時に美味い、と感じられないのだ。
冷たい料理があると言う。一度、魚を捌いて刺身にして食べたが、ちっとも美味しくなかった。温かく、茹でた方が何倍にも美味しかった。ぼう、と筆を置く。出汁にも取れて、次の日にも次の料理にも再利用出来るのだ。ぼう、と筆を置く。なのに、刺身は冷たいままで、食べたそれっきりだった。
生物は微温で保存してしまったら、黴が腐ると言う。いいや、言葉尻が少し可笑しかったな。ただ単純に、腐って駄目になってしまう、と言う話だ。最悪、おーしちごーなな、とかになったり、お腹を壊したりする。
ぼう、と筆を置いた。生物は生のままでは駄目だが、火に掛けては大丈夫なのだと言う。それを、愛に見立てて、愛が下から外部的な熱によって保存可能な物にされる様を思い起こし、思わず机を投げたくなった。ス、と筆を取った。
不倫は文化だとか言うが、はてさて。それで愛が外部の熱によって保存が可能な物になるのだろうか。チクリ、と痛んだ心臓の事を思い出した。どうにも、あれでは駄目のような気がして、ボウ、とまた筆を取った。生物は新鮮な内にと言う。では、愛の新鮮な物とは一体どういう事か。初恋か?はてまた、心臓の事であろうか。ボウ、と何か書く事を思い浮かべた。とはいえども、書く事も多すぎる上、相手は返信無しと来た。ボウ、と筆を取りながら考えた。どうせ下書きの段階である。後で手直しは幾らでもするだろう。
ボウ、と筆を取りながら考える。バレンタインデーの季節がどうとか外では言うが、はてさて、どうだろうか。どうでも良い事を無性に考える。それで、書く事を思い付かせる。そう言う物だ、寄り道をしてまくって、ようやくゴールにたどり着くのは。
その事を書こうとしたが、クシャクシャにして丸めた。いいや、どうでも良い事だ。何処にゴールがあるのか、はたまた、そのゴールに行き着くまでに寄り道をしてまくって、道中で小石や雑草を拾ったり、それで綺麗な夕日や土手を眺めたり、大きな犬に出会ったりしたと言う事もそれぞれ、人それぞれの事だ。ぼう、と筆を取りながら考える。
冷めたスープは美味しくなかったと言う事から話を始めようか。それとも、外が煩くバレンタインデー等と言うから、その事から話を書き起こそうか。返事のくれぬ相手に頭を必死に動かすが、無難な所を言えば、相手の好みに合わす事しか出来なかった。九官鳥の求愛を思い出した。はたして、その九官鳥の求愛とは一体どういうものか。あの、黒い羽に白い顔の部分がある九官鳥と、白い羽でピンク色の鼻と微かに淡く黄色い嘴を持つ九官鳥の事しか思い浮かばない。しかし、相手はその天敵と来た。
九官鳥の籠から入って餌を奪った猫やら鼠を思い出した。あぁ、猫は人伝の話であった。猫が、腕を籠の隙間から伸ばして鳥を浚うのだと言う。だから、鳥はあんな高い所にいるのだ、と。鶏の事を思い出した。鶏は空を飛べないではなかったか。しかし、書く事には何も関係が無かった。
ボウ、と筆を取りながら考える。後二日しかない。ボウ、と筆を取りながら考える。配達日も色々と考えて、やはり後二日しかない。ボウ、としながら考える。心の中で、悔しい、と意味の取れる言葉を吐きだした。そもそも、重要な準備をする日に用事が必然的に入ったあの事が悪い。ボウ、と目を両手で覆って顔を仰ぎながら考える。
やはり、何も思い付かない。やる事をやって、また終わらすか。ボウ、と考えた筆を一旦置いて、手紙を眺めた。