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魔を掴む  作者: volare
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第十話

 鉄を切り裂く爪が頬を掠めた。

 岩を砕く牙が耳の隣で閃いた。

 それを一生懸命躱しながら、当吾は一太刀一太刀獅子熊の肌を傷つけていく。

 付けられていく傷はほんの小さな切り傷程度だ。しかし、それに何度も斬りつけていく。そうやって傷口を大きくしていくのが当吾の作戦だった。

「あぶなっ」

 爪が頭上を通りすぎていく。かき乱された空間の風が軽く髪を撫でた。

 距離を一旦取る。握りの甘くなった剣を握り直しまた構える。こうやって冷静になれる時間を少しでも取ることで、少しでも時間を稼ぐことに専念する。対する獅子熊は自分の腕についた傷を舐めていた。それで傷が簡単に塞ぐことはないかもしれないが、血の流れは確実に減っていた。

 このままだと、こちらが潰される。当吾は自然とそう思い始めた。

 気づけば息が上がっていた。体力には自信がなかったとは言え、魔法で強化している分一戦闘くらいはやってのけると勘違いしていたようだ。

 それに戦っている間だけで剣がぼろぼろになっていることにも気づいてなかったようだ。刃渡り2尺5寸、75センチ程度の両刃の剣。片刃が削られたようにギザギザになっていた。

 逆にこのままの方が傷口を広げれそうだな、と思ったが刀身自身も歪んでいたので魔法を駆使して造り直した。はじめに創った通り新品同様の剣である。

 準備を整えた当吾だったが、あちらも準備を整えていたようだ。体を丸めてその瞬発力で突撃する体勢を取っていた。魔法を使っていたから気付かなかった。

 3メートルはくだらない巨体が飛ぶ様はまるで大砲だ。

 そして、その大砲を咄嗟の判断で前に詰め、剣を使って受け止めてしまった。

「ぐ、おおおお」

 先ほど直した剣にひびが入る。体全体を使って抑えているが踏ん張っているのが不思議なくらいである。自分の足が後ろに土を抉っているのを感じながら、じりじりと力が増す獅子熊が覆いかぶさってきた。

「冗談じゃねえぇええ!」

 剣に力を送る。せっかく拮抗していた状況を変えるわけにはいかないが為に剣が形を変える。

 幅が広がり、長さが伸びる。さらに厚くなる。それはまるで盾のように獅子熊と当吾の間に立ちはばかる。

 長さ3尺8寸。約124センチメートルの大剣である。

 当吾はその腹を向けたままの大剣で必死に獅子熊を押し上げる。一瞬だけ怯んだ獅子熊の隙に突き、後ろに飛んだ。獅子熊は体勢を崩し、前のめりに倒れる。

「もらったぁああああ!」

 倒れた隙を当吾は攻める。その腕に魔力を送り、その大剣にも同じく魔力を送る。

 重量に任せた一撃。まるで巨大な落石である。

 大剣の刃は獅子熊の背中の肉に食い込む。今までより深く、今までで最も大きい傷口を作る。

 激しい痛みに激昂したのか、凄まじい勢いで立ち上がる。しかし、大剣が刺さっている肩口がその勢いで傷を広げていく。当吾は剣を振り切り、突きの構えを即座に取った。

 狙うのは、心臓。

 脚力を強化。剣の切っ先に魔力を集中させ、風のような速さで獅子熊の胸を貫いた。

 勢いが強すぎたためか、獅子熊はそのまま後ろにあった大木まで吹っ飛び、大剣で縫い付けられてしまう。また当吾も柄から剣を離してしまっていた。

 断末魔を上げる獣。大剣を伝って夥しい量の血液が足元に流れていた。その爪は何とか剣を抜こうとしているが、深く刺さっているためか動かない剣に爪をぶつけているようにしか見えなかった。やがて、獅子熊の動きも鈍く遅くなる。やがて止まり、事切れた。

「はぁ、はぁ」

 当吾は痙攣を起こしかけている足を何とか立たせ、だらんと腕を垂らした獅子熊の前に立つ。口から血と唾液が絶え間なく出ているその獅子熊は当吾が目の前にいるにも関わらず、なんら反応を見せなかった。

「……俺の勝ち、だな。煮て食うくらいの体力はないが」

 息も絶え絶えだったが、当吾は勝利宣言する。目の前の成果がその証拠だ。苦し紛れに創った大剣だったが、どうやらこれが決め手になったようである。当吾は握力の弱くなった手で大剣を掴む。一気に引き抜き、獅子熊の大きな巨体は地面にゆっくりと崩れ落ちた。先程まで死闘を演じていたにも関わらず、森の空気は穏やかそのものだった。

「それにしても、体が痛い」

 突進を受け止めたのもある。重量のある大剣を振り回したのもある。しかし、魔力もずいぶん消費した。体に巡っていた流れが滞っている。それにより倦怠感が伴って疲れと気持ち悪さを引き出していた。

 それに命を奪った気持ち悪さも付いてきた。虫を足で踏むなんて不可抗力にも似た命の奪い方より、鮮烈な感触が手に残っていた。これが獣を殺したときの感覚ならば、人を殺したときの感覚はどうなるのだろうか。

 当吾は大剣を引きずりながら、アイリンシアかアシュレイと合流したかった。アイリンシアの足ならそれほど時間はかからないだろうし、逆に休憩しながら待っていてもいいとさえ思えた。

 しかし、それも儚い希望だったようだ。

 魔素の濃い森の奥から、大きな影が当吾に近づいていた。ゆっくりと、ゆったりと、一歩ずつ四肢を動かして当吾に迫ってくる。対する当吾は、それから伝わってくる威圧感に混乱していた。

 赤く光る目が、当吾を捉えていた。それだけで感じたことのない悪寒を全身が感じ取り、当吾は動けなかった。

 影が晴れる。

 現れたのは金色の毛皮に包まれた獅子だった。

 その面立ちは猫科のそれに近い、髭もあり、金色の鬣を生やしていた。しかし、ところどころ赤い斑点が混じっている。まるで返り血のような模様だった。そして一番の特徴は、その額にある大きな角。

「見事だ」

 声が聞こえた。鈍く低い声だった。

「見事だ。小さき人間よ。我が眷属を単独で破るなど思わなんだ」

 口元はあまり動いていないようだったが、どうやら喋っているのは目の前の獅子のようだ。

「並の人間ならば10人は相手できうる我が眷属を、小さき体に似つかわしくない剣で仕留めるとは、まずは賞賛しようぞ。人間、名は何だ?」

「と、当吾だ」

 得体のしれない強制力のためか、当吾は自分の名前を相手に言っていた。

「…聞かぬ名だ。なるほど、貴様がそうなのかもしれないな」

 そう口にすると、獅子は首を動かし、こちらにボール大ほどの球体を投げた。口に引っ掛けていたのか、と思った瞬間、当吾は凍りついた。

 ごろんと転がってきたそれは、生首だった。若い男性の首二つ。苦悶の表情を浮かべながら、虚ろな目で当吾を見上げていた。それにこの顔には見覚えがある。組合から派遣された討伐屋の顔だった。

「……な、なんなんだ…これ?」

 乾き始めた舌が何とか言葉を続ける。視線は首から動かせない。

「首だ。我が殺した可能性を持つ者達のな」

 可能性。不思議な単語である。目の前の獅子が何のためにこんな事を。

「人間トーゴ。貴様を異世界人として、処分する」

「は?」

 金色の体がぶれた。

 同時に当吾の身体の左横を突風が走った。

 破裂音が鳴り響き、当吾は気がつけば振り返って、一瞬で移動していた獅子を見た。

 大木に大きな穴が空いていた。その穴は大木自身の重さにより次第に広がっていき、がさがさと枝を弾きながらその大木が倒れた。その光景に当吾は眉ひとつ動かせない。

「ふむ、外したようだ」

 金色の獅子は大木が倒れるさまを見て、ちょっと失敗したか程度の口調で言葉を発していた。そしてまた当吾を見る。

「だが、完全とは行かなかっただけのようだ」

 どちゃ、と大量の水が落ちる音がした。

 ここにそれだけの水があったか、とつい顔を動かした。

 出来れば気付きたくなかった。

 ぴちゃ、とまた水が零れた。それは赤かった。

 当吾の視線はそこに固まる。赤い水たまりは自分のすぐ横にある。そのまま視線を上げていく、見てしまった。その赤い水の出所を。

「あ、ああ、ああああああああああああああああああああああああああ!!」

 左腕の肘から下が、ない。

 肘の付け根から鮮血が不気味なくらい流れて、当吾の靴を濡らし始めていた。

「う、腕が。俺の腕が…」

 腕があるべき所に手を伸ばすがそこには空間しかない。何もない空間である。

 そして、麻痺していた痛みがようやく追いつく。

「が、あああああ、あああ!」

 痛い、肉体的にも精神的にも、当吾の脳は痛みを訴える。今まで受けてきた痛みの中でも最大級、最も死に近い痛みだ。事実このまま放っておくと、失血死は免れないだろう。

「偶然にも当たらなかったが、寿命が少し伸びただけのことだ」

 ゆったりと首を動かし、獅子はまたこちらに照準を合わせる。

 先程の攻撃は実に単純なものだ。ただ突進する、それだけだ。

 だが、あの巨体で、あの速度で突進されるだけで、そこに発生する運動力は計り知れない。掠っただけで、腕がなくなってしまうのだ。

 当吾は傷を押さえる。それだけで心臓が飛び出るような痛みを感じたが、死ぬよりはマシだ。まだショック死にならないだけ精神が持っている証拠である。

 金色の閃光が弾ける。

 当吾は痛みに喘ぐ脳を叱咤し、魔力を脚部に集め即座に横に飛んだ。

 耳が風切り音を一瞬後で感知したが、何とか被害はなかった。

 また大木にぶつかり、ゆっくりと角を抜く獅子はこちらを見て、笑っていた。

 動物が笑うというのは知っていたが、ここまではっきりと分かりやすい笑顔を作るとは思わなかった。個人的には笑うというよりは嘲笑という感じだったが。

「いいぞ、人間。まだ諦めぬか」

 獅子はまた角をこちらに向ける。

「いつまで持つか見物だな」

 ぴちゃ、と赤い液体が腕から落ちる。回避運動の所為で血液が流れていく。

 __ここで死んでしまうのか。当吾は現在の状況を冷静に分析する。

 あの突進が直線的で回避しやすいと言っても、今の自分は手負いで際限なく血が流れている。回避するほどこちらの命は削れていくのだ。まして体力も精神力も魔力も戦闘で使い果たしていると言ってもいい。魔力が少なくなっている感覚が手に取るように感じ取れるし、それによる脳の警戒も感じ取れる。

 つまり、万事休す、袋小路だ。

 視界が滲む。先程から流れる涙の所為か、あるいは失血による目眩か。

 当吾は頭を振る。当吾は死にたくないのだ。

 なんの因果か、この世界にきて、何も成さずに死ぬなど。不条理でしかない。

 __死にたくない。

 呪詛のように心の中で唱える。

 __死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。

 死ぬときは老衰と子供の頃から決めている。

 だから、今は生きなければならない。しかし、道がない。

 回避運動も数度目、体が覚束なくなってきた。

「だが、限界のようだな。楽しかったぞ、人間」

 何を根拠に。と反論したかったが、声もでない。

 金色の体が発射される。一直線に当吾に向かっている。

 当吾は横に回避しようと足に力を入れるが、動かない。どうやら気力より先に体力が尽きたようだ。

 これで終わりか。

 太い角が当吾の顔面に迫っていた。頭蓋骨はどんな構造なのだろうか、とくだらないことを考えてしまった。

 その角が横に逸れた。角だけじゃない。その体も大きく曲がり、吹き飛んでいった。

 獅子はすぐさま立ち上がり、その横槍を入れた人物を見据える。

「何者だ?」

 そこに立っていたのは褐色の戦士。剣を肩にかけ、蹴りを突き出したままの男。

「間に合ったようだな、青年」

「……アシュレイ」

 物語の主役が遅れてやってくるのは本当のようだ、と当吾は霞みゆく思考の中で実感した。


アクセス数やらお気に入り件数が跳ね上がっていました。

おかげで夜も眠れません。


まだ戦闘描写は続きます。矛盾点なども生じることがあるかもしれませんが、そこは生ぬるい目で見守ってください。看過できない場合は感想や意見でお願いします。よほどの矛盾だと修正します。


最後に、こんな駄文を読んでくださる皆様に感謝の念を送りします。

ありがとうございます。

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