第20話 テンプレイベントごと、まとめて強制終了
第20話です。
王都編、クライマックスです。
王都イベント管理装置の中枢にたどり着いたリリィ。
そこに保存されていたのは、婚約破棄、悪役令嬢断罪、聖女自己犠牲、勇者遅参、民衆掌返しなど、テンプレイベントの詰め合わせでした。
でも、リリィが否定するのは「物語」そのものではありません。
誰かに役割を押し付け、本人の意思を無視して強制することです。
王都に張り巡らされたクソイベント、まとめて強制終了します。
王都全域に、ひび割れるような音が響いた。
それは石畳が割れる音ではなかった。
城壁が崩れる音でもない。
大聖堂の鐘でもない。
魔導騎士の鎧が砕ける音でもない。
もっと深いところ。
王都ルミナリアという巨大な街の裏側に張り巡らされていた、見えない筋書きが割れる音だった。
【強制終了コマンド実行中】
【対象:王都イベントシステム不正改造領域】
【緊急統制モード:停止処理中】
【全域役割強制:解除処理中】
【自由意志抑制:低下中】
地下の魔力中枢室が、紫と赤の光に包まれる。
中央の巨大なイベント管理装置は、悲鳴みたいな駆動音を上げていた。
歯車が逆回転し、魔法陣が乱れ、水晶の中に赤いノイズが走る。
私は中枢コードへ手を突っ込んだまま、奥歯を噛みしめた。
「重っ……!」
想像以上に重い。
王都全域のイベントを止めるということは、ただ一つの処理を終了させるだけではない。
市場で震える民衆。
兵舎で命令に従おうとする兵士。
貴族街で傍観者にされる貴族。
大聖堂前で犠牲を求める祈り。
中央広場で悪役を探す視線。
その全部に絡みついた赤い糸を、一本ずつではなく、根元から断ち切る作業だった。
【王都イベント本体:展開】
【保存テンプレート一覧を読み込み中】
私の視界いっぱいに、膨大な項目が表示される。
【婚約破棄】
【悪役令嬢断罪】
【聖女自己犠牲】
【王子覚醒】
【勇者遅参】
【民衆掌返し】
【貴族陰謀】
【処刑直前救済】
【追放後ざまぁ】
【偽聖女告発】
【身分差恋愛強制】
【舞踏会暴露】
【真実の愛宣言】
【断罪後国外追放】
【無実発覚】
【泣き崩れる令嬢】
【高笑いする悪役】
【都合よく現れる証拠品】
【民衆一斉改心】
「……多っ」
私は半目になった。
「テンプレ詰め合わせセットじゃん。福袋にしてもハズレ多すぎ」
しかも、まだ続く。
【魔王討伐前夜】
【勇者覚醒演説】
【聖剣選定】
【裏切り者発覚】
【国王病床】
【宰相暗躍】
【古代兵器起動】
【世界の真実開示】
「宰相暗躍までテンプレに入ってるの、自己紹介?」
私はグレインを見た。
宰相グレインは、いつもの薄い笑みを失っていた。
中央装置の前に立ち、青ざめた顔でこちらを睨んでいる。
「やめろ……」
初めて、彼の声に焦りが混ざった。
「それを止めれば、王都は混乱する」
「もう聞いた」
「物語がなければ、民は迷う!」
グレインは叫んだ。
「役割がなければ、国はまとまらない! 王子は王子らしく、聖女は聖女らしく、貴族は貴族らしく、民は民らしくあるからこそ、王国は形を保てるのだ!」
「役割がないと人を見られないなら」
私は中枢コードを掴んだまま、グレインを睨んだ。
「国を運営する資格ないよ」
グレインの顔が歪む。
「小娘が……!」
「そういうとこ」
私は鼻で笑った。
「相手を役割でしか見てない。小娘、王子、聖女、悪役令嬢、勇者、民衆。便利なラベル貼って、中身を見ない」
紫色の光が、さらに中枢へ食い込む。
「人間って、もっと面倒で、ぐちゃぐちゃで、勝手に悩んで、勝手に間違えて、勝手に選ぶものでしょ」
グレインは歯を食いしばった。
「その勝手さが国を壊す!」
「じゃあ壊れたところを直せばいい」
「理想論だ!」
「人の記憶燃やして美談にするよりはマシ」
私は管理画面を操作する。
【テンプレート強制実行処理】
【状態:有効】
【対象:王都全域】
【役割固定:有効】
【本人同意確認:省略】
【記憶補正:有効】
【感情誘導:有効】
「本人同意確認、省略」
私はその一文を睨んだ。
「ほんと最悪。なんで一番大事なところ省略してんの」
アルトが魔導騎士の槍を弾きながら叫ぶ。
「リリィ、止められるか!」
「止める!」
クラリスが端末の前で声を上げる。
「貴族記録の公開処理、通りました! 王都中の貴族家に、改ざんログと不正記録を送っています!」
「ナイス!」
セラフィナは負傷した兵士に安全な回復魔法をかけ終え、息を整えていた。
「記憶消費はありません!」
「よし!」
レオンハルトは王族認証を中枢へ流し続けている。
「王家権限を、民の支配ではなく、封印解除に使う!」
【王族権限:中枢補助】
【貴族認証:証拠公開】
【聖女魔法式:安全経路確立】
【勇者防衛:継続】
【自由意志係数:上昇】
いける。
みんなの抵抗が、中枢コードに隙間を作っている。
でも、ここで迷った。
目の前には大量のイベントテンプレートがある。
婚約破棄。
悪役令嬢断罪。
聖女自己犠牲。
勇者遅参。
民衆掌返し。
正直、見ているだけで腹が立つ。
全部消したい。
こんなものがあるから、人が役割に押し込められる。
こんなものがあるから、クラリスは悪役にされた。
セラフィナは悲劇の聖女にされた。
レオンハルトは愚かな王子にされた。
アルトは十年も待たされた。
「……」
でも。
私は指を止めた。
イベントそのものが悪いのか?
婚約を破棄すること自体が悪いわけじゃない。
誰かが聖女として人を助けること自体が悪いわけじゃない。
勇者が遅れて現れても、本人が選んだなら別にいい。
貴族の陰謀だって、実際に陰謀してるなら調べればいい。
悪いのは、それを強制することだ。
誰かに悪役を押しつけること。
誰かに犠牲を押しつけること。
誰かの人生を、テンプレに合わせて曲げること。
私は管理画面に新しい処理を組む。
【処理方針を選択してください】
1. 全イベントテンプレート完全削除
2. 強制実行処理のみ削除
3. イベント管理装置を全停止
4. テンプレートを選択可能な記録として再保存
「四番」
アルトがこちらを見る。
「消さないのか?」
「消さない」
私は言った。
「物語があること自体は悪くない。悪いのは、勝手に配役されること」
クラリスが静かに頷く。
「誰かが悪役になると決められる世界ではなく」
セラフィナが続ける。
「誰かが自分で選べる世界に」
レオンハルトが、噛みしめるように言う。
「役割ではなく、意思で」
「そういうこと」
私は笑った。
「テンプレは資料室行き。強制実行は禁止。使うなら本人同意必須。記憶補正と感情誘導は削除。悪役認識フィルターは廃棄」
管理画面が更新される。
【修正内容】
・全テンプレートの自動実行を停止
・役割固定処理を削除
・本人同意確認を必須化
・記憶補正処理を削除
・感情誘導処理を削除
・悪役認識フィルターを削除
・聖女自己犠牲美化処理を削除
・王族/貴族/民衆への役割強制を解除
・テンプレート群を「選択可能な記録」として再保存
・都市補助機能を本来用途へ復旧
【実行しますか?】
グレインが叫んだ。
「やめろ!」
彼は装置へ手を叩きつける。
【宰相権限:強制上書き】
【緊急統制モード再起動】
【反抗者を悪役化】
【リリィ・デバッグハートを災厄認定】
赤い光が私へ向かって伸びる。
私の頭上に、新しい役割が押し付けられようとする。
【リリィ・デバッグハート】
【割当役割:世界を乱す災厄】
【民衆認識:恐怖対象】
【排除対象:最優先】
「災厄?」
私は笑った。
「異物の次は災厄? 語彙強くしてもやってること同じなんだけど」
赤い光が私の体に絡みつく。
重い。
視界が揺れる。
頭の奥に、声が響く。
お前は混乱を招く。
お前は秩序を壊す。
お前は王国の敵。
お前は災厄。
私は奥歯を噛んだ。
「……うるさい」
確かに、私は秩序を壊しているのかもしれない。
王国上層部にとって都合のいい秩序を。
誰かを悪役にして保つ平穏を。
誰かの記憶を燃やして飾る美談を。
だったら。
「壊して正解」
私は赤い光を掴んだ。
「そんな秩序、こっちから願い下げ」
アルトが私の前に立つ。
「彼女は災厄ではない」
クラリスが続く。
「彼女は、私を悪役令嬢という役割から解放しました」
セラフィナが言う。
「私に、自分の記憶を守ってよいと教えてくれました」
レオンハルトが言う。
「俺に、愚かな王子という役割から逃げず、自分で責任を選べと告げた」
王都の映像の中からも、声が上がる。
「城門を直してくれた子だ!」
「聖女様を止めてくれた!」
「クラリス様の真実を見せてくれた!」
「悪役なんかじゃない!」
「災厄じゃない!」
【災厄認識フィルター:不成立】
【民衆認識補正:失敗】
【宰相権限:低下】
【自由意志係数:臨界】
赤い光が砕けた。
私は息を吸う。
そして、管理画面の【実行】を押した。
【実行】
紫色の光が、王都イベント管理装置の中枢を貫いた。
【全テンプレート強制実行:停止】
【婚約破棄:自動実行停止】
【悪役令嬢断罪:自動実行停止】
【聖女自己犠牲:自動実行停止】
【王子覚醒:自動実行停止】
【勇者遅参:自動実行停止】
【民衆掌返し:自動実行停止】
【貴族陰謀:自動実行停止】
【処刑直前救済:自動実行停止】
【役割固定処理:削除】
【記憶補正処理:削除】
【感情誘導処理:削除】
【悪役認識フィルター:削除】
【聖女自己犠牲美化:削除】
【テンプレート群を選択可能な記録として再保存】
【都市補助機能を本来用途へ復旧】
【王都イベントシステム:正常化】
王都全域に広がっていた赤い糸が、次々と切れていく。
市場で震えていた商人が、自分の荷物を見下ろした。
「……俺は、何を怖がっていたんだ?」
兵舎で剣を構えていた兵士たちが、命令書を下ろした。
「誰を捕まえろと……?」
「いや、まず状況確認だ」
貴族街で冷笑していた貴族たちが、互いに顔を見合わせる。
「我々は、傍観している場合ではないのでは?」
「記録を確認しろ。王国上層部の改ざんが事実なら、大問題だ」
大聖堂前では、民衆が膝をつくのをやめた。
「聖女様に犠牲を求めるのは……違う」
「我々にもできることを探そう」
中央広場では、悪役にされかけていた青年が、へたり込んで泣いていた。
周囲の人々が、ぎこちなく彼に手を差し伸べる。
「すまない」
「何もしていない君を、疑った」
王都が、ゆっくりと正気に戻っていく。
混乱はある。
ざわめきもある。
怒りも、後悔も、戸惑いもある。
でも、それは作られた歓声ではなかった。
台本通りの罵声でもなかった。
人間が、自分の頭で状況を理解しようとしている音だった。
◇
地下の魔力中枢室では、イベント管理装置の赤い光が消えていた。
代わりに、青白い安定した光が中央の水晶に戻っている。
【王都イベント管理装置】
【状態:正常化】
【本来用途:都市補助】
【祭礼支援:有効】
【災害避難誘導:有効】
【人間役割固定:無効】
【本人同意なしイベント実行:禁止】
「よし」
私は大きく息を吐いた。
「とりあえず、王都ごと舞台装置化は止めた」
その瞬間、膝から力が抜けかけた。
アルトが慌てて支えてくれる。
「リリィ!」
「大丈夫。ちょっと処理が重かっただけ」
「大丈夫に見えない」
「じゃあまあまあ大丈夫」
「それは大丈夫なのか?」
「知らない」
アルトは困った顔をしながらも、私をそっと座らせた。
セラフィナが近づいてくる。
「リリィ様、回復を――」
「記憶燃やすやつは禁止」
「安全経路で、少しだけです」
「……なら許可」
セラフィナの手に、柔らかい白い光が灯る。
私の額に触れる。
少しだけ頭痛が和らいだ。
【聖癒魔法式:安全モード】
【記憶消費:0%】
「よし。ちゃんとゼロ」
セラフィナは嬉しそうに微笑んだ。
「はい。忘れていません」
「それ大事」
クラリスは端末の前に立ち、公開された記録を確認している。
「王都中に証拠が送られました。貴族院、王城、騎士団、大聖堂。隠蔽はもう難しいでしょう」
レオンハルトが頷く。
「俺が責任を持って、正式な調査を始める」
彼はグレインを見る。
宰相グレインは、魔導騎士たちに囲まれていた。
さっきまで彼の命令で動いていた鎧兵たちは、管理装置の正常化によって自動制御を解除され、今は王族権限に従っている。
「宰相グレイン」
レオンハルトの声は冷たかった。
「王都イベント管理装置の不正改造、王族行動への干渉、クラリスへの悪役固定、セラフィナの記憶損傷の隠蔽、民衆操作。すべて調査の上、裁きを受けてもらう」
グレインは、しばらく黙っていた。
そして、小さく笑った。
「裁き、ですか」
「何がおかしい」
「殿下は、まだわかっておられない」
グレインは顔を上げた。
その目には、敗北の色はあった。
でも、諦めではなかった。
「この国だけではない……世界は、役割なしには保てない」
地下室に冷たい沈黙が落ちる。
「勇者は魔王を倒す。聖女は民を救う。王は国を治める。貴族は秩序を支える。魔王は世界の敵として存在する」
グレインは私を見た。
「あなたが役割を壊し続ければ、世界そのものが揺らぐ」
「脅し?」
「警告です」
「悪役っぽい最後の台詞どうも」
私は半目で返した。
でも、心のどこかに引っかかった。
世界は役割なしには保てない。
この男のやり方は最低だ。
人の人生を勝手に操作していい理由にはならない。
けれど。
この世界そのものが、勇者、聖女、魔王、王国という役割で動いているのだとしたら。
その根本まで壊れていたら。
「……面倒な伏線置いてくなぁ」
私は小さく呟いた。
グレインは魔導騎士に拘束され、地下室の外へ連れて行かれた。
◇
その後の王都は、大混乱だった。
当然だ。
百四十八回も繰り返されていた婚約破棄イベント。
隠されていた王国上層部の不正。
聖女の記憶損傷。
民衆感情の操作。
王子の行動固定。
全部が一気に明るみに出たのだから、静かに収まるはずがない。
でも、それは必要な混乱だった。
レオンハルトは王城の広間で、正式に民衆と貴族へ謝罪した。
クラリスに対しても、公の場で頭を下げた。
クラリスはその謝罪を受け取った。
ただし、許したわけではない。
「これからの行動を見ます」
彼女はそう言った。
強かった。
その言葉を聞いたレオンハルトは、逃げずに頷いた。
クラリスは悪役令嬢ではなく、王国の政務と改革を支えてきた有能な令嬢として、少しずつ評価を取り戻していった。
もちろん、すべてがすぐ元通りになるわけではない。
彼女を悪女と呼んだ者たちが、急に全員味方になるわけでもない。
でも、彼女はもう泣き崩れる役ではなかった。
自分の言葉で、自分の立場を取り戻そうとしていた。
セラフィナは、大聖堂で宣言した。
「私は、記憶を失う回復魔法を使いません」
その言葉に驚く者もいた。
困惑する者もいた。
失望する者さえいた。
でも、セラフィナは震えながらも続けた。
「私は人を助けたいです。ですが、私自身を失うことを当然にはしません」
彼女は、安全な魔力経路を使う回復魔法を学び直すことになった。
大聖堂の魔力中枢も修正され、聖癒魔法への供給が復旧した。
【聖癒魔法式】
【外部魔力供給:復旧】
【記憶燃料変換:無効化】
【残存記憶率:41%】
【復元可能断片:保護中】
失われた記憶は、すぐには戻らない。
でも、ログは残っている。
これから少しずつ、復元できるかもしれない。
アルトは、王都で勇者として大きく称賛された。
王都イベント暴走を止めるために戦った勇者。
王国を救った若き英雄。
そんな呼び名が、あちこちから聞こえた。
けれど彼は、少し困った顔で私に言った。
「僕は、勇者としてここに残るべきなのだろうか」
「残りたいの?」
「わからない」
「じゃあ、勇者としてじゃなくて、アルトとして考えれば?」
アルトはしばらく黙った。
そして、ゆっくり頷いた。
「僕は、リリィと行きたい」
「私?」
「ああ」
彼は少しだけ笑った。
「君と一緒にいると、世界の壊れた場所が見える。そして、それを直す手伝いができる」
「楽じゃないよ」
「知っている」
「たぶん次も面倒だよ」
「それも知っている」
「私、口悪いよ」
「それは最初から知っている」
「ならいいか」
私は肩をすくめた。
アルトは勇者としてではなく、私の仲間として王都を出ることを選んだ。
役割ではなく、自分の意思で。
◇
数日後。
私は王城の端末室にいた。
レオンハルトから、王都イベント管理装置に関する残存ログの確認を頼まれたのだ。
本当は休みたかった。
めちゃくちゃ休みたかった。
王都編、労働密度が高すぎる。
だが、放置するとまた変なものが出てきそうで怖い。
「保守担当、休暇申請したい」
私はぶつぶつ言いながら端末を操作する。
隣ではアルトが真面目に立っていた。
「休暇とは何日くらい必要なのだ?」
「最低三日。理想は一週間。神様の財布で甘味食べ放題」
通信窓にノアが出る。
『わしの財布という概念はないのじゃが……』
「じゃあ作って」
『神に財布を作らせるのか……』
「世界作るより簡単でしょ」
『たぶんのう……』
私は端末の古いログを開く。
王都イベント管理装置の奥に残された、さらに古い世界ログ。
王国上層部が改ざんする前から存在していた記録だ。
【古代イベント管理ログ】
【対象:勇者魔王戦争イベント】
【状態:未完了】
【関連:世界魔力循環】
【警告:長期停止】
「ん?」
私は目を細めた。
さらに開く。
【魔王行動処理停止】
【停止時間:300年】
【勇者魔王戦争イベント:未完了】
【世界魔力循環:低下中】
【魔王城周辺:時間停滞】
【魔族領イベント:未処理多数】
【推奨:現地確認】
「……」
私は無言になった。
アルトが覗き込む。
「どうした?」
「……魔王、三百年止まってる?」
「魔王が?」
「うん」
私はログをもう一度見る。
【魔王行動処理停止】
【停止時間:300年】
見間違いではない。
魔王が、三百年止まっている。
勇者魔王戦争イベントも未完了。
世界魔力循環は低下中。
魔王城周辺は時間停滞。
嫌な予感しかしない。
ノアが通信窓の向こうで目を逸らした。
「神様」
『……はい』
「心当たり」
『……少し』
「ざぁこ神」
『まだ何も言っておらぬのに!』
「顔でだいたいわかる」
私は深いため息をついた。
王都は片付いた。
クラリスは立ち上がった。
セラフィナは記憶を守る魔法を取り戻した。
レオンハルトは改革を始めた。
アルトは自分の意思で旅を選んだ。
でも、世界のバグはまだ終わらない。
今度は魔王。
三百年停止中の魔王。
何それ。
置物?
長期フリーズ?
それとも、もっと面倒な何か?
私は椅子にもたれ、天井を見上げた。
「次は魔王城かぁ」
アルトが静かに言う。
「行くのか?」
「行くしかないでしょ。三百年止まってる魔王とか、放置したら絶対あとで爆発するやつ」
「僕も行く」
「勇者だから?」
アルトは首を横に振った。
「アルトとして」
私は少しだけ笑った。
「よし」
そして、端末に表示された赤い警告を見て、もう一度ため息をつく。
【魔王城:現地対応推奨】
【優先度:重大】
「ほんとこの世界、休ませる気ないじゃん」
私は立ち上がり、管理画面を閉じた。
王都編、対応完了。
次の障害対応先。
魔王城。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
王都イベント管理装置、ようやく停止です。
婚約破棄、悪役令嬢断罪、聖女自己犠牲、愚かな王子、遅れて現れる勇者。
いかにも物語らしいテンプレが、人の人生を縛るために使われていました。
リリィはテンプレそのものを完全削除するのではなく、「強制実行」を止めました。
物語があること自体が悪いのではなく、本人の意思を無視して役割を押し付けることが悪い。
王都編では、その部分を描きたかった回です。
クラリス、セラフィナ、レオンハルト、アルトも、それぞれ自分の人生を少しずつ取り戻し始めました。
ただし、世界のバグはまだまだ終わりません。
次に見つかったのは、三百年停止している魔王。
次回から、魔王編へ入ります。
第21話。
魔王、三百年フリーズしてるんだけど。




