第4話:インテリジェンス・ゲームの夜
王国内工作でクーデター勃発寸前
外交の場で論破された大国たちは、今度は「裏の手段」に出た。地政学におけるもう1つの戦い─「インテリジェンス(情報戦)」と「内政干渉」である。
ある夜、王都パルマの市民の間で、奇妙な噂が流布され始めた。
「王女ミリアは、大国からの求婚を蹴って我が国を孤立させている。このままでは帝国に滅ぼされるぞ」
「第一王子リアス様こそ、軍を率いて帝国に立ち向かうべき英雄だ!」
市民を煽動し、国内の世論を割る。これは大国が小国を転覆させる際によく用いる「ハイブリッド戦」の手法だった。特に、主戦派であるリアス王子を担ぎ上げることで、パルミアンの「平和協調路線」を内側から破壊しようとする帝国の罠だった。
「お兄様が、帝国のスパイに利用されているわ」
深夜の王宮の書庫で、ミリアは一人、膨大な報告書を前に頭を痛めていた。
『月光』の首領キースのもたらした報告によれば、リアス王子は、自分が祖国を救う英雄になれると信じ込み、極秘裏に帝国の工作員と接触し軍の動員計画を進めているという。
「……誰!?」
暗闇に向かってミリアが声をかけると、窓から一人の影が滑り込んできた。カークだった。
「カーク? 護衛の任務外のはずよ」
「王女殿下、民間の様子がおかしい。影が動いている。そして、リアス王子の私兵たちが、明朝、帝国の工作員の手引きで王宮を占拠し、国王陛下を軟禁するという情報を掴みました」
カークの報告に、ミリアは小さく息を吐いた。驚きはなかった。 すでにセリカを通じて『月光』から同じ報せを受けていたからだ。
「お兄様は、帝国と同盟を結べばパルミアンが対等なパートナーになれると信じているのね。愚かな歴史の繰り返し。過去のどの小国も、そうやって帝国の『甘い罠』に引っかかり、内紛を起こして自滅していったわ。 お父様が守ろうとしたこの国のバランスが崩れる」
ミリアは立ち上がり、カークの目の前に歩み寄った。二人の距離が、数年ぶりに急接近する。
「カーク。私は狡猾な女よ。お兄様を排除することも、政治的には可能。だけど、私はこの国の血を流したくない。何より……あなたを、そんな醜い内乱で死なせたくないの。五年前に、あなたのお父様、マーク様が行方不明になったとき、私は誓った。二度と、私の大切な人を歴史の闇に消させはしないと」
ミリアの瞳に、初めて政治家ではない、十六歳の少女としての涙が溢れ出た。
カークはハッとして、思わず彼女の細い肩を強く掴んだ。その手の熱さに、ミリアの身体が跳ねる。
「ミリア……お前はいつも、国のことばかり、全体のバランスばかり考えている。お前自身の心はどこにあるんだ? 俺は、お前が誰かの政略結婚の道具になるくらいなら、この剣で世界を敵に回したって構わない! 五年前はただの後方支援しかできなかった。でも、今の俺はお前を、お前の涙を護るための力を持っているんだ!」
「カーク……」
ミリアの頬が熱く染まる。その真っ直ぐな言葉が、彼女の頑な心をどれほど救ったか。しかし、彼女は優しくカークの手を外した。
「だめよ、カーク。私たちが感情に流されれば、それこそ大国の思う壺。私を信じて。明朝のクーデター、あなたの第ニ中隊五十名だけで、一人の死者も出さずに制圧しなさい。お兄様を被害者として救い出すのよ。それが、帝国に対する最大の反撃になるわ」
カークは彼女の琥珀色の瞳の奥にある、深い信頼と、自分への不器用な愛を読み取った。
「……了解した。お前のチェス盤の通りに、俺の剣を動かそう。必ず、誰も死なさずに解決してみせる」
翌朝、夜明けとともにリアス王子の私兵と帝国の工作員が王宮の門を突破した。しかし、彼らを待ち受けていたのは、完璧に配置されたカークの第2中隊だった。
「身内同士で血を流すな! 敵は王子をそそのかした帝国のスパイだ!」
カークの咆哮とともに、魔導剣士たちが電撃的な速さで帝国の工作員たちだけを無力化していく。リアス王子が剣を抜く暇さえ与えず、カークはその剣を叩き落とした。
「王子、目を覚ましてください! あなたが結ぼうとしていたのは同盟ではない、我が国を内側から腐らせる毒条約だ! 五年前、俺の父マークが命を懸けて守ったこの国を、そんな欺瞞で売るな!」
帝国の工作員たちが捕縛され、クーデターは完全な不発に終わった。リアス王子は自らの無知と、妹が敷いた完璧な防衛網、そしてカークの圧倒的な強さの前に、ただ膝を屈するしかなかった。それを見届けたキース・ブランは、物陰で小さく呟いた。
「マーク、お前の息子は立派に育っているぞ。この国のインテリジェンスは、まだ死んではいない」
最後まで読んでいただき、ありがとうございました! いよいよ1部最終話です。ミリア王女の知略で危機を脱します。




