第2話:チョークポイントの局地戦
冴えるミリア王女と魔導騎士カーク
「キリア王国が動いた。だが、これは本気の侵略ではないわ。我が国の過剰防衛を誘い、開戦事由を作るための、卑劣な威力偵察よ」
王宮の作戦会議室。緊迫した空気の中、ミリアは地図上の「竜の顎」と呼ばれる断崖絶壁の峡谷を指さした。パルミアンとキリア王国を繋ぐ、唯一の細い街道だ。
地政学において、このような地理的要衝を「チョークポイント(関門)」と呼ぶ。ここを押さえれば、少数の兵力で大軍を阻止できる。パルミアンが30万の人口で独立を保てる最大の理由が、この天然の要害にあった。
「カーク・マクタリアン中隊長。あなたの第二中隊五十名に、即座の出撃を命じます」
国王ダミアスの御前で、ミリアは表情を一切変えずに言い放った。その声は、愛する男を死地に送り出すものとは思えないほど冷酷だった。
カークは迷わず膝をつき、王女を真っ直ぐに見据えた。
「ハッ。我が魔導剣士の武をもって、国境を侵す不届き者を一兵残らず殲滅してご覧にいれます。父マークの誇りに懸けて」
「いいえ、カーク。殲滅は厳禁です。敵を一人でも多く生かし、追い払いなさい」
ミリアの言葉に、兄のリアス王子が激昂した。
「何を言うかミリア! 我が国の威信を示すためにも、侵略者は根絶やしにすべきだ! 舐められてたまるか!」
「お兄様、歴史の教科書を閉じて眠っていたのですか?」
ミリアは冷笑した。
「過去の多くの悲劇は、国境の些細な衝突を『大義名分』として大国が軍を動かすことで始まっています。もしカークたちがキリア軍を『殲滅』すれば、キリア王国は『パルミアンが我が国の兵士を虐殺した。これは不法な宣戦布告である』と国際社会に叫ぶでしょう。そうなれば、彼らは二千万の国力を背景にした本隊を動かす正当性を得てしまう」
カークはミリアの意図を察し、その底知れない知性に魂が震えるのを感じた。
「……つまり、敵を殺し尽くすのではなく、彼らが『条約違反の侵略者』である証拠を掴み、政治的に追い詰めろと?」
「その通りよ、カーク。『月光』の首領キースが情報網を精査したところ、今回の敵の背後には『ロジスティクス(兵站)』の計算が見えないわ。彼らは本格的な食糧を運んでいない。つまり、我が国に『過剰防衛』をさせて、戦争の口実を作りたいだけ。だから、あなたは敵の指揮官を生け捕りにし、国際法に基づいて拘束しなさい。戦争とは、単なる武力のぶつかり合いではなく、政治の延長なのです。行って」
「御意。この命に代えても」
カークは立ち上がり、ミリアに一礼して部屋を去った。その背中を見送りながら、ミリアは椅子の手すりを爪が割れるほど強く握りしめていた。胸の中で、悲鳴が渦巻いていた。
(嘘よ。命令なんてしたくない。行かないで、カーク……! もしあなたに何かあったら、私は何のために心を殺してこの机に向かっているの!? お父様のように、あなたまで私を置いていかないで……!)
数時間後、「竜の顎」峡谷。
キリア王国の偽装兵三千が、狭い一本道を進んでいた。そこに、カーク率いるわずか五十名の魔導剣士が立ち塞がる。
「大剣に魔導を込める! 陣形は『盾』! 一歩も退くな、だが深追いもするな!」
カークの号令とともに、五十人の騎士から放たれた魔導の障壁が、峡谷を完全に封鎖した。五年前、後方支援で何もできなかった少年は、いまや部下の命を預かる信頼厚き指揮官だ。
「化け物め! 前騎士団長マークの息子か! 構うな、数で押し潰せ!」
驚愕する敵陣に向け、カークは電光のごとき速度で突撃した。彼の振るう大剣は、敵の武器だけを正確に破壊していく。
「お前たちの狙いは分かっている! 我が国に『最初の血』を流させ、開戦の口実にするつもりだろう! だが、俺の主君の盤面は、お前たちの浅知恵などすべてお見通しだ!」
カークは敵の指揮官の懐に飛び込み、その首根っこを掴んで地面に叩きつけた。
「指揮官は確保した! 敵の退路を開け! 逃げる者は追うな!」
戦闘はわずか数十分で終結した。パルミアン側の死者はゼロ。武力による圧倒、しかしそれは、ミリアが『月光』の情報から導き出した「地政学的制約」を、カークが完璧に守った上での極めて政治的な勝利だった。
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