異世界転移した先がガチのダークファンタジーで、ラノベで読んだのと全然違った~倫理が機能してないんですが、どうしたら良いですか~
マサトは掌の汗をズボンで拭うと、冒険者ギルドの扉を叩いた。いきなり異世界召喚された時はビックリしたが、魔王を倒せる冒険者になる為の第一歩を今から踏み出すんだと、そう思うと胸が高鳴る。日本では一介の社畜に過ぎなかったマサトからすれば、夢が叶ったも同然なのだ。懸念材料があるとすれば、ギルドの建物がマサトの思い描いていたそれとはかけ離れている事。
扉が開くのを待っている間、マサトはついつい看板に目をやってしまう。胡散臭さい男が巨大なジョッキをそれぞれ握り締めた両腕を、今にも服から胸がこぼれそうな女二人の腰に回している。金歯が眩しい満面の笑みである。所々ペンキが剥げていて、女たちの顔が良く分からないが、男が楽しそうにしているのは十分に伝わってくる。マサトはそんな看板を場末の酒場の物だろうと思い、通行人に教えられるまでに三回は目の前を通りすぎてしまった。
いくら待っても誰も出てこないので、マサトがゆっくりと扉を押してみると、それは蝶番を軋ませながら意外なほどあっさりと内側に開いた。外から差し込む光の中を塵が舞っている。マサトが目を凝らして薄暗い中の様子をうかがっていると奥の方からしゃがれた声が飛んできた。
「おい! 入るか閉めるか、さっさとしろ! 眩しいんだよ!」
マサトが慌てて中に飛び込み、扉を閉めると彼の鼻を異臭が襲った。一週間は風呂に入らず、汗だけをかき続けた人間特有の香りだ。思わず鼻をつまんで塞いだマサトが可笑しいのか、部屋の奥で先ほどの声の持ち主が笑っている。
「カカカ、こういう場所は初めてか、坊主? 依頼は何だ? 愛しいあの子を追う恋敵を締め上げれば良いのかい? なんてな、カカカ! 良いからこっちに来なよ、食ったりしねぇからよ」
手招きされたマサトは赤面しながら慌てて手を鼻から離すと、できるだけ口で呼吸するようにしながら呼ばれた方に歩いていった。部屋の奥には上に続く階段があり、その手前では空の酒ツボが乱雑に積まれたテーブルに足を投げ出し、短剣で自分の爪を弄る小柄な男が座っている。近くに窓はなく、壁にかけられたランタンの火だけが僅かな明かりを提供している。近づくにつれて汗に酒気が混じり、いよいよマサトの目がシパシパし始めたが、必死に涙をこらえた。
「そこいらに椅子があるはずだ、座りなよ。客はいつでも大歓迎なんだが、悪いな。おもてなしの一杯がきれちまってる。もっとも、お客さんが出すってんなら買ってこさせるぜ?」
見ての通りだとでも言わんばかりに、男は短剣でマサトの横辺りとテーブルの酒ツボを指すと両腕を広げて肩をすくめて見せた。
「あ、はい、大丈夫です」
横倒しで転がっていた三角椅子を机の傍に置いたマサトはゆっくりとそれに腰を下ろした。見た目はぼろくても頑丈に出来ているようでびくともしない。
「そうかい、そいつは残念だ。で、依頼内容は?」
「あ、いえ、そう言うのじゃなくて……」
言い淀むマサトの前で男の顔がみるみる曇っていく。
「依頼じゃない? じゃぁ、なんだ? 何しに来た?」
「あの、僕は冒険者になりたくて、それでこのギルドに、ってここは冒険者ギルドですよね?」
完全にマサトに興味が失せた男は再び短剣で左手の爪を弄り始めた。
「ここは確かに冒険者ギルドだが、人員は間に合っている。帰れ。扉を閉めるのも忘れずにな」
まさか帰れなんて言われるとは思ってもみなかったマサトが言葉に詰まっていると、男は左小指をまじまじと眺めながら短剣で出口を指し示す。
「回れ右して帰るんだよ。自分の足で歩きたくないなら放り出すだけだ」
「待ってください! 僕は魔王を倒さないといけないんです!」
このままでは本当に追い出されてしまうのを悟って、マサトが慌ててまくし立てる。
「……は?」
「僕は勇者なんです! だから冒険者になって、強くなって、パーティを集めないといけないんです!」
口をあんぐりと開けてマサトの話を聞いていた男が目を細めた。
「……ちょっと待て。勇者だと? それなら、紹介状を持っていたりしないか?」
「はい! これです!」
肩に吊るしていたバッグからマサトが急いで一本の巻物を取り出して男に渡した。短剣で縛っていた紐を切り、男が素早く中身に目を通し終わると、マサトに視線を移して無言で見つめる。マサトも何を言ったらよいか分からず、ただ相手の言葉を待っていたら、男がため息交じりに巻物を机に投げ出した。
「なるほど。ところで、お前はこれの中身を知っているか?」
「はい! 僕を召喚した大魔導士の方がこれを冒険者ギルドに持っていけば冒険者にしてくれる、って。そうすればいずれ魔王を倒せる強さも身に付けられると仰っていました! それで僕……」
男が顔をしかめながら手を振ってマサトを遮ると、急に酒ツボを一つ掴んで壁の方にぶん投げた。壁に寄りかかるようにして積み上げられている布の塊に当たったツボが割れると、突然その山がのそのそと動き出す。
「起きろ! 仕事だ、≪チビ≫!」
布の塊は丸太のような手足を生やしながらどんどん膨らみ、気が付くと頭が天井に届きそうな大男に変わっていた。マサトがこれまでに見た事もないような、大柄な筋肉の塊には毛むくじゃらの頭部がのっかっており、突然それが上下に割れだしたかと思ったら、唸り声と共に凄まじい悪臭がマサトを襲う。
「ふうぅぁー……ムニャムニャ」
あくびをする大男に向かって更なる酒ツボが飛んでいき、額に当たって割れると、欠片がマサトにまで跳ね返ってきた。
「痛えっスよ、なんスか、もう」
「仕事だっつってんだろ、寝ぼけてんじゃねぇ。二階に≪イケメン≫が居るから呼んで来い。依頼だ。高額のな」
「嫌っスよ、絶対アイツ≪聖女≫と一緒っスよ。邪魔しち……」
「さっさと行かねぇか!」
三度酒ツボを投げつけられた大男は額をさすりながら「人使い荒えっスよ」などとブツブツ呟きつつもギシギシ鳴る階段を昇って行った。後姿が見えなくなったのを確認してから短剣の男はテーブルから足を下すとマサトに真剣な眼差しを向けた。
「いいか、坊主。≪チビ≫が≪イケメン≫を連れてくるまでにここから消えたら、俺はお前の事を忘れてやる。巻物は置いていってもらうがな。お前は来なかったし、俺はたまたま巻物を手にした、それだけだ。双方にとって良い話だ」
「え? でも、僕はここで冒険者になるって思ってたんですけど? 呼びに行ってる人たちが試験とかして、パーティーを組むとか、そんな感じかと思って。僕は勇者なんだし。困りますよ、そんな事」
困惑するマサトをまじまじと見つめる短剣の男の表情からは何を考えているのか読み取れない。何故出て行くように言われているのかさっぱり分からないし、思っていた冒険者像と全然違ったが、マサトは必死に訴え続けた。自分は異世界から召喚された勇者であり、この世界を脅かす魔王を討伐する義務があること。冒険者になって経験を積み、仲間を集める必要がある事。ここに来るように言われた事。
自分を召喚した大魔導士の話をし始めた時に短剣の男はため息をついてマサトを遮る。
「分かったよ。坊主は本当に≪勇者≫なんだな。魔王もね、うん。倒さないといけないもんな。これも坊主の運だ。俺は二度言わない主義だからさっきの提案は終わり。これからの話をしてやる」
短剣で机の上に転がってる巻物を指すと男は言葉を続けた。
「これは紹介状であり、依頼でもある。坊主には今からこの冒険者ギルドの一員として依頼をこなしてもらう。一緒に行く人間はこちらで用意する。坊主は駆け出しとしての参加だから分け前は一だ。パーティーのリーダーが十、副リーダーが五。これが基本的な分け方だ。分け前の計算は出来るな?」
報酬を分け合ったことの無いマサトが良く分からないと言うと、男は説明してくれた。報酬をパーティー全員合わせた分け前の数で割った後、それぞれの分け前分だけ割り振られる。単純な計算だ。
「ギルド登録だのなんだのはこっちでやっておく。坊主はとりあえず、そうだな、荷物持ちでもしてもらう事になるだろう。早くても一週間はかかるだろうし、食料は多めに持って出てもらう。缶詰は知ってるな?」
逆にこの世界にも缶詰がある事にマサトはビックリしたが、少し考えてみると、人を異世界から呼び出せる魔法があるなら、缶詰くらいあっても不思議は無いと一人で納得した。缶詰の事は知っているし、荷物持ちでも最初は構わないと、そう男に返事をしたところで階段を下りる足音が聞こえてきた。≪チビ≫が人を連れて戻ってきたのだ。
ランタンの明かりに照らし出された三人目の男の顔を見て、マサトはちょっとした寒気を覚える。一見すると何のことは無い、ただの不細工だ。ぷっくりとした頬に埋まりそうな豚鼻。薄くて血の気の無い唇と半端に伸びた無精髭。眉毛を隠す長さの脂ぎった前髪。ただ、小さな黒い目は言いようのない悪意をたたえ、絶え間なくマサトや短剣の男、≪チビ≫と呼ばれた大男に交互に視線を投げている。
「呼んだか、≪カメ≫? ≪チビ≫が仕事だって言ってたが、俺はしばらく出られないって言っただろ。何だその巻物は? ちょっと見せろよ」
大きめの体に似つかわしくない甲高い声でまくし立てながら、巻物に手を伸ばす男の動きがピタリと止まった。≪カメ≫と呼ばれた男がいつの間にか彼の横に立ち、首筋に短剣の刃を押し当てている。
「自分の立場を忘れんじゃねぇよ、≪イケメン≫。テメェが転がり込んできた時の条件だよ。俺が仕事に出ろと言ったら出るんだ。分かったか?」
マサトの肝が冷える静かな声でそう問いかけられた≪イケメン≫は、ゴクリと唾を飲み込んで細かく頭を上下に振った。
「あ、ああ、悪かったよ。出るよ、出るからそれを下してくれないか?」
解放された≪イケメン≫が後ずさって首を撫でるのを見ながら、マサトは酷く不安な気持ちになっていた。何かが変だと、そう感じざるを得ない。呼び合う名前も変だし、口も見た目も態度も悪いし、暴力的だ。本当にこんな人達が冒険者なのだろうかと疑問が湧き始めたマサトをよそに、男たちの話は進んでいく。
「では、仕事の内容だ。心配するな、テメェ好みのヤマだ。紋章が見えるだろ? フォーマ導師からの依頼だ。つぼみを可能な限り納品せよ、ってな。なるべく急ぎで」
「つぼみの納品だと? どういう意味だ?」
「馬鹿か、テメェは? 魔導士が求める《《つぼみ》》ってアレしか無いだろうが。肩の上に乗っけてるそれは何だ、目と口をくりぬいたカボチャか? 少しは考えろ」
最初は何の事だか分からなさそうにしていた≪イケメン≫がハッとなって目の色を変えてきた。
「そうか、《《つぼみ》》だな? 金も良いんだろ? ヤバい橋を渡るんだ、色は付けてくれねぇと」
「金貨で十枚。《《つぼみ》》の数に応じてな。ただし、《《つぼみ》》のままのやつに限る。道中の味見はそれだけ報酬を減らすことになるのを覚えておけ」
≪イケメン≫は舌なめずりし、瞳の奥に欲の炎が灯る。
「いいねぇ。アンタの所に戻って正解だったぜ、≪カメ≫よ。早めに出たいところだが、先に納品場所を聞いておきたい。壁の外のあそこか? それと、《《つぼみ》》の獲れそうな場所の当たりもあれば教えてくれ。数年ぶりの故郷だ、無くなった村も一つ二つあるだろ。時間を無駄にしたくはねぇ」
「納品場所は北のあそこで良い。合図も分け前もいつも通りだ。もっとも、ギルドに通常の倍を収めたら次もテメェに振るかもな。そこは判断しろ。で、テメェがリーダーだ。サブは自分で決めろ。場所だが、隣のベルトラン公爵領が良いだろう。あそこはゲーマ子爵の反乱が鎮火しそうにないから足が付きにくい。それと、ここに居るこの坊主、コイツを連れていけ」
「……あ?」
≪イケメン≫はマサトを頭のてっぺんからつま先まで値踏みするように視線を走らせて首を傾げる。
「そう言えば、コイツは誰だ? 見るからに俺たちの稼業には向いて無さそうだぜ。なんで連れて行かなきゃならない?」
「こいつは≪勇者≫だ。連れて行く理由は、俺が連れて行けと言ってるからだ。≪仏頂面≫と≪聖女≫も一緒にな。使い方は任せる。荷物持ちでも何でも、好きにしろ」
「へぇ……好きにして良いんだな?」
念を押す≪イケメン≫に向かって≪カメ≫は無言で肩をすくめて見せると元の場所に戻り、またテーブルの上に足を投げ出した。上着の内側から布を取り出し、短剣の刃を磨き始める。
「俺に二言はねぇよ。ベルトラン領に入るにはスァンズの森を抜けるのが良いだろう。≪仏頂面≫なら得意なコースだし、≪聖女≫が《《つぼみ》》の管理に使う草も手に入る。テメェら三人衆のためにあるようなヤマだ。分かったら連中集めて、≪勇者≫に持たせる食料か何かを用意しとけ。狩りしてる余裕なんて無いだろうからな、帰りは。まぁ、その辺りはテメェが良く知ってるだろ」
それを聞いた≪イケメン≫が感心したように口笛を吹き、さっきとはまた違う目でマサトを見た。そんなマサトは自分が完全に置いてかれていると感じていた。
「あの、すみません。僕はこの人と、聖女とかと一緒に採取クエストに出るって事ですか? すみません、知らない地名とか人とか、話が良く分からなくて」
「なんだお前、≪聖女≫の奴を知ってるのか?」
驚いた≪イケメン≫に戸惑いながらも、マサトは自分が特定の聖女を知っている訳ではないが、聖女と言えば癒しを得意とする事で有名だと答えると爆笑が起きた。
「げひゃひゃひゃ! 癒し! おい、≪カメ≫、アンタどこでこいつを拾って来たんだよ? 癒しで有名って! あーひゃひゃひゃ!」
耳障りな声で笑う≪イケメン≫が涙を拭いながらマサトの肩を叩いてきた。
「いやぁ、参ったね。面白過ぎだよ、お前。確かにアイツは癒しで有名だわな。特に長距離航海から上陸したばかりの船乗りを癒すのが得意だぜ。お前もその面白さなら十分に癒してもらえるだろうよ。でも、寝不足で足を引っ張るのだけは無しだぜ?」
ますます混乱していくマサトの肩に手を回して、≪イケメン≫が出口の方へと押し始める。
「行こうぜ、≪勇者≫。≪聖女≫はまだ寝てるからよ、先に≪仏頂面≫を紹介してやる。あ、俺は≪イケメン≫で通ってる、ってもう分かってるよな? こう言うのは初めてだろ? 見ればわかるぜ。心配すんな、俺に任せておけ。そうさ、採取クエストさ。≪カメ≫、《《美味しい》》話をありがとよ。しっかり稼いでくっから、期待しててくれ」
最後に手を振りながらマサトを連れた≪イケメン≫が外に出ると、部屋には静けさが戻った。それまで短剣の刃を念入りに拭いていた≪カメ≫は床に唾を吐き捨て、磨き布を上着の中に戻す。
「……あばよ、くそ野郎」
≪カメ≫の声を聞いて、それまで何も言わずじっと壁に寄りかかっていた≪チビ≫が身じろぎした。
「いいんスか、マジで行かせて? 《《つぼみ》》って、アレっスよね?」
そう聞かれた≪カメ≫は短剣の刃にランタンの火を反射させて曇りが無いのを確認すると≪チビ≫に近くに来るよう手招きする。
「声を上げたくねぇ。あの依頼な、嘘だ」
「え? マジっスか? どういう事っスか? てか、本当は誰なんスか、あの≪勇者≫ってガキは?」
声を潜める≪チビ≫に向かって頷くと≪カメ≫は巻物を細かく刻み始めた。
「ああ、嘘だ。処女を拉致ってこいなんて依頼は受けてねぇ。本当はな、フォーマ導師が召喚の副産物を押し付けてきやがった。あの≪勇者≫はたまに間違って召喚される異世界の人間だ。頭がお花畑なもんでな、導師には処分をするように言われている。ギルドのシノギに目をつぶってやる代わりにな。居もしねぇ魔王がどうとか、自分から冒険者になりてぇとか、聞いてるこっちがおかしくなる。少し考えれば分かるだろうがよ。なぁ、≪チビ≫、お前は好きで冒険者をやってんのか?」
「好きでやる訳ねぇっスよ。昔の喧嘩で相手、殺しちまったから仕方なく流れ着いただけっスよ、知ってるでしょ?」
「そうだろ? まともな神経の持ち主はこんな場所の一員になりたいなんて思わねぇよ」
それは間違いないと≪チビ≫が頷きかけたが、また気になる事を思い出したのか、頭の後ろをかき始める。
「じゃぁ、何で≪イケメン≫にあんな事を言ったんスか? 女を連れてきても誰も金貨なんて払わないっスよね?」
巻物を刻み終えた≪カメ≫は壁からランタンを取ってくると、小さくなった破片を一枚ずつ燃やし始めた。
「≪イケメン≫は戻ってこねぇよ。スァンズの森を通れって俺が言ったろ? あそこはつい先日、ゴブリンの森林遊撃隊が現れたらしい。取り返すチャンスだって見てるんだろうよ、ベルトラン領が燃え始めたからな。帰って来たばかりの国境警備隊隊長、確かな筋からの情報だ。まぁ、例え無事に領に入れても、帰り道で確実にゴブリンどもに捕まる。≪勇者≫の坊主に恨みはねぇが、踵を返さなかったアイツが悪い。俺は導師の紋章入りの紹介状を利用させてもらっただけよ。頭痛の種も片付ける、またとないチャンスだからな」
「……マジっすか。何だって≪イケメン≫をはめたんスか?」
≪カメ≫の紙切れを燃やす手が止まる。ランタンの炎を見つめながら、マサトの肝を冷やしたあの静かな声で彼は理由を語り始めた。
「あのくそ野郎はやり過ぎた。奴がここに逃げ込んだ理由はな、前の町で守備隊長ともめてな、彼の八歳の娘をヤッちまってんだよ。野犬の群れに襲われたように見えたらしいぜ、≪イケメン≫が遊んだ後の遺体がよ。八歳だぞ? そんな野郎をこっちは匿うしかねぇ。ギルドからは売れねぇからよ。かと言って置いておいてもまたヤルぜ。≪仏頂面≫と≪聖女≫もだ。あの毒使いの売女は歩く疫病だ。港に停泊してる船の船乗りは半分くらいがもう梅毒になってるだろうよ。≪仏頂面≫は≪イケメン≫と同じモルゲス鉱山の脱獄囚で、やつらは脱走の時に缶詰を連れてったらしい。知ってるか、≪チビ≫? 脱獄する時にな、余分に一人連れて行くんだよ。歩く缶詰ってな。食料が尽きた時用に」
無言で大きく息を吸い込み、人の頭ほどもある拳を握った≪チビ≫が扉の方に向かおうとするのを≪カメ≫が一喝して止める。
「待て! これで良い。直接俺らが手を下すわけにも行かねぇ。だが、依頼に出て下手を打った。そういう状況なら俺も義理を果たした事にできる」
≪カメ≫に呼び止められた≪チビ≫が不服そうに入り口の扉から手を離し、しぶしぶテーブルの方に戻ってくる。
「そうっスけど、八歳はやべぇっスよ。缶詰の話だって、知ってたらとっくにへし折ってるっスよ、奴の首」
≪チビ≫が不満げに漏らし、どんな風にへし折るのかを実演でもしてるのか、両手で何かを掴んでねじる動きを繰り返す。
「それだから今まで言ってねぇだろうがよ。確かに俺ら冒険者は、はした金で命を賭けたりするし、人に言えねぇ依頼だって盗賊ギルド並みにやったりする。それでもな、俺がこのギルドを立ち上げたのはよ、人間を辞めるためじゃねぇ。稼ぐためだ」
「……そうっスね。ボスの言う通りっス。処分対象のガキはちょっと可哀そうっスけど」
「それも奴の運だ。≪イケメン≫達に殺されるか、ゴブリンどもの拷問を受けるか、公爵と子爵の兵たちに見つかっても吊るし首だろうな。それを全部生き延びたなら、おつむの中もスッキリすんだろ。あのままじゃどうせ長生きは出来ねぇよ。俺らが処分しなくてもな。処分系のシノギは好きじゃねぇし、ったく。自分が勇者で、魔王一人倒せば万事解決ってか? おとぎ話じゃねぇんだからよ……愚者ってんだよ、そんな考えで生きてる奴は」
「なるほど、だからあいつを≪勇者≫って呼んでたんスね」
話している内に巻物を燃やし終わった『夜鷹』冒険者ギルドのマスター、≪カメ≫こと『疾風迅雷』のアルヴェン・フォール・シュテウスは、感心する≪チビ≫こと『不動巨人』のグレイス・マーデルにまだ割れていない酒ツボを持たせると、中身を買ってくるように言い渡した。今日はもう店仕舞いして、≪イケメン≫ことバルフェイ・ローズダンとおさらばできるお祝いをする事で二人は合意し、そのまま酒宴が始まった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
マサトは泣いていた。ただの採取クエストのはずだったのに。勇者としての第一歩となる冒険。確かに仲間は危なそうな人たちだった。≪聖女≫は顔を包帯でグルグル巻き、≪仏頂面≫はこめかみから顎にかけての傷に引っ張られて、常にニヤリと笑っているような顔立ち。荷物を全部マサトに押し付けて、聞こえていないと思えば何故か彼を馬鹿にする話題で盛り上がる連中。
森に入ってからは違和感が少しずつ恐れに変わり始めていった。依頼品の蕾が話に出る度に、彼らはまるで植物じゃない何かを話題にしているかのようだったし、態度も横柄になり、マサトへのあたりが強まっていった。何だか怖い人たちだから、帰ったらギルドマスターに違うパーティを組みたいと、絶対にそう言うんだとマサトは決意を固めながろも、とりあえずは逆らわなかった。色々おかしいと思いつつ、マサトは魔王を倒して世界を救う勇者として気丈にふるまい続けた。言われた通りに薪を拾ったり、鍋を葉っぱでごしごし拭いたり。採取ポイントに着いたら、自分が一番大量に蕾を集めて、みんなに認められる。そんな妄想を抱きながら毛布にくるまって寝ようとしたある晩、頭に衝撃を受けて意識を飛ばさせられた。
そんな彼の後ろで縛られた手は既に感覚を失っており、雑に転がされた地面からの冷気が頬をゆっくりと登っていく。周りに充満する血と糞尿と人肉の焦げる匂いに鼻が適応してしまったのか、もうあまり気にもならなくなっていた。だが耳はそうもいかず、目の前でずっと拷問を受け続けている≪仏頂面≫の声が執拗に入ってくる。声と言っても、それは言葉などではなく、潰れた喉から押し出される枯れたうめき声だった。あまりに異様な光景にマサトはただ恐怖し、目を離せずにいた。
視界の中で淡々と解体されていく≪仏頂面≫。それをつまらなさそうに眺めていたゴブリンがくわえていた爪楊枝をペッと吐き出して立ち上がり、ゆっくりと近づくと、靴の先でマサトの顔を上に向けさせる。
「見た、これ? 分かる?」
何とも形容しがたい訛りはあるものの、ハッキリと理解できる言葉だ。ゴブリンなんて、デカい耳と鼻を持つ、醜悪で小柄な怪物だとずっと思っていたマサトは現実の光景に未だに理解が追いついていなかった。目の前に居るのソレは確かに《《ゴブリンらしい》》特徴を備えながらも迷彩服のような物を着て、腰から短剣をぶら下げ、頭には斜めにベレー帽を被っている。周りでは同じような格好のゴブリンたちが野営の準備をしており、さながら昔映画で見た特殊部隊のようだ。短い掛け声、ほとんど音を立てず、無駄のない動きはマサトのイメージする軍そのもの。
問いかけに対する沈黙が気に入らなかったようで、ゴブリンはしゃがみ込むとマサトの髪を掴んで頭を持ち上げた。
「一匹目は見せる、それだけ。喋る、大丈夫。黙る、こうなる。分かる?」
どうやら≪仏頂面≫は見せしめのためだけに拷問されていて、自分が質問に答えないと同じ目にあう事を理解しても、マサトにはただ涙を流し続ける事しか出来なかった。
ゴブリンの言葉を聞いて、マサトの横に転がっていた≪イケメン≫が突如叫び始めた。
「あんた! なぁ、助けてくれよ! 何でも喋るよ! 全部知ってる、俺に聞いてくれ、頼むよ!」
ゴブリンがマサトの髪を離して≪イケメン≫の横に移動すると、彼はさらに矢継ぎ早にまくし立てた。自分は役に立つこと。王都への出入りもできる事。後でいくらでも金も払えること。マサトから見ても出来そうにない事まで、≪イケメン≫は命乞いに込めていく。
二週目に入り始めた≪イケメン≫の言葉をゴブリンが遮り、マサトに向き直る。
「仲間、こう言ってる。どうする? 必要、一人。メス、毒で死んだ。頭良い」
そんな奴の話は聞かなくて良いと、そう喚き散らす≪イケメン≫の腹に蹴りを入れて黙らせたゴブリンの目は冷たく、値踏みするようにマサトをじっと見つめている。
「あ、あの……僕は勇者なんです。魔王を倒して世界を救うんです。ゴブリン……さんですか? あなた達も全部救ってあげますから、どうか命だけは……」
震える声で絞り出す言葉がマサトの全てだった。突如、目の前のゴブリンがしゃくりあげるような声を出し始め、それを聞きつけた他の奴らもチラチラとこちらを見始める。ゴブリンはマサトを指さしては何かを言い、またしゃくりあげる。その声が笑い声だと理解したマサトの中で何かが折れた。
「ホァ、ホァ、ホァ! 勇者! なにそれ? ホァ、ホァ、ホァ!」
「そうです、勇者です! この危ない人より役に立ってみせますから! ちゃんと魔王を倒して、みんなを救いますから!」
絶望に意識を持って行かれそうになりながらも、マサトは訴えかける。顔は涙と泥に塗れ、縛られたままの状態で芋虫みたいに体を捩りながらゴブリンの元へ這って行こうとする。言葉が通じるんだ、きっと話せば分かる。こんなところで冒険が終わるはずなんて無いんだと、そう自分に言い聞かせる。生まれて初めて感じる生への切望が言葉となって溢れ出る。
「ホァ、ホァ、ホァ! 面白い。魔王、なにそれ? そんなモノ、ない。 おとぎ話、聞きすぎる。我らを救う? 簡単。我ら戦争、勝つ。領土、取り返す。これだけ。人間、死滅。気が変わった。おまえ、バカ。バカは危険。要らない。うるさいオス、要らない。バカの仲間。信じる、危険」
それだけ言うとゴブリンは慣れた手つきで≪イケメン≫の首を掻っ切った。赤い液体が噴き出し、マサトの顔に掛る。口に入ったそれは生暖かく、鉄の味がした。痙攣する≪イケメン≫を背後に、ゆっくりと近づいてくるゴブリンの姿が視界を埋め尽くした時、マサトの精神は恐怖に砕かれ、自分の喉を引き裂く刃の感覚と共に彼の意識は深い闇に落ちていった。




