第3話 後輩系魔法少女の憂鬱
サブリーダーの高校生アーチャーっ子のお話です。
スクルの下僕も1人、新登場します。
「今週の『少年ガッツ』見たかよ?」
「ああ、『殺し屋忍者』が面白ぇ。」
「あん? そこは『破壊神ドラちゃん』だろ。」
「えー、お前あれ推しなん?」
ここは、万間市立万間高校。
2年1組の教室。今日も今日とて男子どもが大きな声で騒がしい。
漫画を読むな、雑誌を学校に持って来るな、とまでは言わないが、そろそろ注意をするべきだろう。
「じゃあお前は何が好きなんだよー。」
「俺か? 俺は…『マジカルリタ』…。」
──!!
「はあ! お前あんなん見てんの!?」
「プ○キュアのパクりじゃん。」
「バッカお前、ちゃんと少年マンガしてて面白いんだぞ! 特に今週はライバルとの決戦──」
「貴方たち。」
会話に割り込んだ私に一斉に視線が飛ぶ。
「な、なんだよ委員長…。」
「少し声が大きいわ。静かに雑談してくれる?」
「お、おう…。」
「ちっ、女が偉そうに。」
「おい、止めろ。」
「文句が有るなら男らしく正々堂々と口にしたら?」
文句を言った彼はサッと目を逸らす。
暴力に訴えるなら私も暴力で返すつもりだったが、そこまでの度胸は無い様だ。謙虚でよろしい。
「あと、巣木君。」
「あ? 俺?」何だよ…
「作品の最新情報を不特定多数が聞いている教室で話すのは感心しないわね。」
「いや委員長には分かんないかもしれないけど、この作品マジで──」
「──私、単行本派なの。」
「「「…は?」」」
宇宙人の言葉を聞いた、そんな風に固まる男子達。
「だから。『マジカルリタ』は私も愛読してるの。ネタバレは止めてくれる?」
「はああ!?マジかよ!」「冗談だろ!」「え?これ夢?」
再び騒がしくなった彼らを視線で黙らし、私は席へと戻った。
──────────
「求道先輩! お疲れ様です!」
「お疲れ様。」
放課後、アーチェリー部の練習場に顔を出すと1年生の後輩が嬉しそうに駆け寄ってきた。
「今日は練習していかれるんですか!?」
「ごめんなさい。この後は用事が有って。」
「あ、クラス委員ですか?」
「いえ、プライベートの方でちょっとね。」
「そうですか…。」
明らかにしょんぼりする彼女に申し訳ない気持ちが湧きおこる。
「だから少しの時間だけど、皆の練習を見ておこうかと思って。」
「ほんとですか! なら、私の弓射姿勢を見てもらっても!?」
「ええ、どれほど上達したか見せてちょうだい。」
──────────
「──あ、ユミ先輩。」
「ごめんなさい、遅くなったわ。」
「いや、大丈夫っす。」
「ジチュー♪」うまうまですわー!
指導に思わず熱が入って約束の時間に少し遅れてしまった。
店の中には今日の会う相手、魔法少女カシュウ──本名、火野朱雀──さんと、相棒の妖魔ナッツさんが既に食事をしていた。
きちんと席の周りに遮音・隠蔽の魔法は展開してるみたいね。いくらファンシーな見た目とは言え、ナッツさんは飲食店には御法度だもの。
魔法少女の後輩も成長しているようで喜ばしい。
「私も注文してくるわね。」
「うぃっす。」
「ジチュー♪」コーラぐびぐびうまーっ…
席に着く以上は私も何か頼まないと。
コーヒーとコールスローサラダとポテトを注文して受け取り、ポテトは彼女達に渡す。
「え? いいの?」
「ええ、ほんのお詫びよ。まだ食べるでしょう?」
「もちろん!」
「チュー♪♪」やりましたわー!
トレイの上には、バーガーの包みが3つにナゲットの空箱まで有るのだけど、まあ暴食の力を持っている彼女達には必要なことだろう。きっと…。
「それで。折り入って話したいことって?」
「う、うん…。」
本題に切り込むと、火野さんの表情が途端に陰った。
色々と想定はしていたけれど、やっぱり悪魔との戦いが嫌になったとか、魔法少女を辞めたい、とか──
「ほ、ほら、あのスクル?っての? 銀の髪の幻悪魔のこと──」
「ストップ。」
「え、うん。」
ほんのり紅潮していた彼女が、目を白黒させている。
「火野さん。」
「な、何。」
私は強く諭す様に、ゆっくりと語りかける。
「──あの悪魔を好きになるのは止めなさい。」
「バッ!?」
私の言葉に火野さんの全身が勢いよく跳ねる。
「す、す、すきとか! そんなんじゃねぇし!! あ、あれ、そうあれだ! オレイマイリしたいからなんか弱点を──」
「ごめんなさい。」フォンッ──ぶすり!
「痛っ!?」
彼女の手の甲に、魔法生成した「矢」の先を掠めさせた。
「な、何すんだ──!?」
「火野さん、これは『破魔矢』。邪悪な『魔』を打ち祓う力が有るの。あの悪魔の力を完全には削げないけど、少しは影響を与えられるはず。
どう? 何か洗脳とか認識に揺らぎはない? 真剣に、考えて。」
「………、無ぇよ。んなもん…。」
「ジチュー…。」シュラバってやつですわー…?
「そう…。」
となると、火野さん本人の意思であの悪魔に惹かれてるってことか…。なんかご家庭のゴタゴタをあの悪魔が洗脳で解決したとか言ってたし、その辺りで心を許したか。
不味い。これは非常に不味い。
「──火野さん。
あの男だけは。本当に、危険で──」
「もういい。帰る…。」
「ジチュ!?」ぽてとが残ってますわ…!?
「あ、待って…!?」
しまった、性急過ぎたか…!?
で、でもここでみすみす帰したら火野さんまでアレの毒牙の餌食に…!
し、仕方ないわ、ここは…!
「た、『貴音さん』! 居る!? 居たら出てきてほしいのだけど!」
「…?」今度は何…?
「あの悪魔の下ぼ──ええと、部下の悪魔が近くに居るはずなの。その人を紹介するから少し待ってくれないかしら…!」
「…、」あいつの、部下…?
相田先輩に纏わり付くあの最低悪魔は、先輩を「恋人」呼ばわりしておきながら何人もの女性を性的に支配している下衆野郎だ。そんな半悪魔を見れば、火野さんも奴の本性に気づいてくれるかもしれない。
しかし、店内にそっと呼び掛ける私の声に何も反応を返さない。
おかしいわね、うっすらとあの悪魔の魔力を感じるんだけど…。あの悪魔本人なら私に感知されずに隠蔽しきるはず…。
いつも私のところに来るのは、鳥人間の貴音さんで…、
「もしかして、『姫華莉さん』? 貴女でも良いから少し手助けを──」
「──ざ~~んねんっ!!♪
居たのは『私』でした~!!♪♪」ズアッ──!!
床から突如噴き上がる、黒い煙と紅い火の粉。
そこから飛び出たのは、銀の髪の幼女だ。
「な、な!? なんで、『あなた』がここ、に…!?」
「え~? そりゃ魔法少女の監視任務だけど~?♪」
爬虫類の様な縦に裂けた瞳孔の紅い瞳を、にんまりと悪魔的に細め、綺麗な西洋人形の様な幼女は笑って答えた。2本の黒い角がキラリと冷たく光る。
「え…? 何この『子ども悪魔』…?」
「」丸まって息殺し…
「…、」ちらり…
──不味い。
火野さんが口を付けていなかったポテトをひっ掴み、床に体を投げうって「彼女」に向かい捧げ持つ。
「大変失礼しました。こちら、差し上げます。お口に合うなら追加で買ってきます。
ですので、お引き取りを──」
──バクンッ!!
「ん~、揚げじゃが美味し~。」冷めててもイケるね~!♪
ポテトが一瞬で消えた。赤色の紙容器の半分と共に。
手に残った部分は、巨大な歯に噛み千切られた様な状態で。それを遅れて認識し、冷や汗が垂れる。
「で? 私の顔を見たくないって話だっけ?」
「ち、違います。あなたの手を煩わせる訳にいかない──」
「えー、面倒臭いから帰れって~? 『エリちゃん』傷付く~♪」
「私に嘘は通じないよ~♪」と朗らかに、これ以上ないほど凶悪に笑う悪魔少女。
ど、どうする…!? どうすれば事態を治められる…!?
「私はねぇ、そっちの赤ガキちゃんに興味が有るだけなんだ~。
──引っ込んでてくれる?」見開き眼圧…!
「わ、分かりました…。」
──────────
「改めて。私は『エリザベート』。あなたが恋に落ちちゃった色欲悪魔スクルの。『妹』、だよ~!♪」ピースピース!
「だ誰がここ鯉コイこ──って、妹…?」
「そ! スクルお兄ちゃんの、『妹』~♪ ほら、髪の色も同じでしょ?」
「ほ、ほんとだ…。」
何故か始まってしまった地獄の様な女子会。
彼女の真意は分からないが、ここは大人しく流れに身を任せるしかない…。
「私、あなたのこと『面白い』なって思って、最近ずっと監視してたんだ~。だからお兄ちゃんのことをあなたがどんな風に恋してるかはぜ~んぶ、知ってる──」
「だ、だからそんなんじゃねぇって!」バンッ!!
「…、」
言葉を遮られたエリザベートさんが、途端に無表情に変わる…!
「私、お兄ちゃんと同じで人間の心が読めるんだ~。だから嘘が分かる。で。私は嘘が嫌い。だから、正直に、話せ?」ズズズ…!!
彼女から凶悪な赤黒い魔力が漏れ、空間を侵食していく。
隠蔽術式が悲鳴を上げ、周囲のお客さんも不安そうに首を傾げる人が出始めた…。
「ひっ…、ご、ごめんなさい…。」
「うんうん。訳が分からなくてもとりあえず謝る。人間の『愚行』だよね~!♪」バッカみたい♪
火野さんが謝ったことでエリザベートさんの機嫌はひとまず戻ったらしい。な、なんとかセーフかしら…。
「でもでも、お兄ちゃんは素直な子が好きだし、けっこう好印象かもよ?」
「え、そなの…?」無意識食いつき…
「うん♪ 特に負けん気が強くて調子に乗ってて、実力で負けて心が折れて『この人に支配された~い♥️』ってなる女の子とか、だ~~い好物だよ~!♪」
「…、」怯えつつも嫌悪の睨み…!
火野さん…! 駄目、堪えて…!! お願い…!
「あ~、でもあなた、リタお姉ちゃんのことバカにしてたんだっけ? お兄ちゃん、お姉ちゃんのこと大・大・大好きだからな~。
まずはそこを何とかしないとダメかな~?」
「あ、あのことはちゃんと謝っただろ!」
「違うよ~。お兄ちゃんに認められないと、ってこと~。」
「どうしたらいっかな~? ん~…。」と足をぶらぶらさせて悩む素振りをする悪魔幼女は、やがて火野さんの胸元を指差した。
「それ、くれたら作戦考えてあげてもいいよ?」
「『それ』…? え、オレの服…?」
「違う違う。その胸ポケットの中でじーーっとしてる、妖魔ハムスターちゃん♪」
「ジチュー!!ジチュー!!」いやぁー!!いやああ!!(泣)
ずっと息を殺していたナッツさんが、魔眼を向けられたことで半狂乱に陥る。
「や、やらねぇ!! ナッツは自分のものだ!!」ガシッ!
「えー? お小遣いをどんどん消費するだけの『邪魔な居候』って思ってるくせに~♪」ひっど~い~♪
「な、なん…!?」なんで知って…!?
「良いじゃん、その子が居なくなったら気兼ねなくお兄ちゃんとデートできるでしょ? あ、そだ代わりに私が魔力供給してあげても──」
「エリザベートさん、そこまでにしてください。」
彼女が伸ばした腕を横からガシッと掴み止める。
「やーん、カッコいい~。流石、頼れる皆のユミパイセン~。」
「茶化さないで、ください。」
「…、んじゃ、真面目に。
邪魔だから、その手を離せ?」ズズズ…!!
「…っ、彼女、にとって、あの妖魔は大切な存在なんです…。それを害するのは、止めてあげてください。」
「…、ふ~~ん?」
冷や汗が止まらない。心臓はバクバク激しく音を立てている。
だが、引く訳にはいかない。ここで逃げたら、私は魔法少女で居られなくなる…!
「──ほんと、気持ち悪い生き物だよね『魔法少女』って。自己犠牲で社会に奉仕するとか頭おかしいんじゃない?」
「そうです、ね。そうでもしないと、頭のおかしい悪魔から、人々を守れませんから。」
「──クヒッ。本当に、面白いね。あなた。」
本心を吐露したが、彼女の好みの展開だったらしい。言葉とは裏腹に剣呑な雰囲気が消え、笑顔になった。
「ま、これ以上はお兄ちゃんに怒られそうだし~…。今日のところは勘弁しておいてあげよっかな♪」
「…、助かります…。本当にお呼びたてしてすみま──」
「あ、でもこのまま解散ってのも味気ないよね~。
そーだ♪ 魔法高校生ちゃん、私に本気の殺意ちょーだいよ♪」
また、おかしなことを言い始めた。
本当に、こいつらは愉快犯だな…!!
「あなたに、攻撃しろ、と?」
「そ♪ ここで私を消滅させるくらいの本気の一射を。お前が。」
「…、」
ごちゃごちゃ考えるのは止めよう。
お望み通りにしてやる。
「──『変身』。」ホワァンッ!!
呪文を唱え、私の魔法少女衣装『戦闘弓兵』を着装する。
と同時に矢を番え弓を引き絞り、ダンッと踏み込み。鏃の先が悪魔の右目に触れるギリギリに陣取る。
「あはっ♪ 良いねぇ!本気の殺意! さ、早くちょーだい?♪」両手を広げて無抵抗~♪
「」ギリギリギリギリッ!!
奴の真後ろには人は居ない。貫通したとしてもどうにかなる…!
矢に魔毒を付与し、真っ直ぐ瞳を見据え、
スッと手を離す──、
食らいなさい!
──『六毒燐涅』!!
ガァンッッッ!!!!!
「ヒィ…ッ!?」
火野さんの小さな悲鳴が聞こえた。
右目から矢を生やした悪魔少女が、海老の様に派手に仰け反っている。
──ガツッカギッギガッ!
「ウギッ、ガガ、ギグッッ。どドド怒ド毒、ドクくく苦九、レレれ練れレベルッ、すっごガぁッ!」びくびくびく…!!
「い、生きてる…!?」
ぐぐぐっと起き上がった悪魔の右目は、「口」になっていた。
おかしな位置に出現した闇色の牙が私の毒矢を咀嚼し、頭内部へと飲み込んでいく。
「ギャハッ♪ ググゥッ…! ゲハァ~!♪♪」モギッ!ゴリッ!バキッ!!
黒い口の周囲には、紫や赤、青色と言った私の毒の魔力閃光が罅割れの如くビキッビキッと走り、その度に彼女の体が雷に撃たれた様に跳ねる。
「はあ亜あア~…。美味し火った打ぁ…ァッ…。」クヒッ!
なんであれで死なないんだクソ悪魔がっ!
私の魔矢の影響を完全に呑み込み、目を元に戻したエリザベートが妖艶に笑う。
「腕を上げたね、キュードウちゃん♪ 麻痺毒と神経毒と壊死毒の塩梅、最高だったよ~!♪ 今まで食べてきた中で最高の死激だった~♪♪ 魔力分解能力まで付いてて、これならお兄ちゃんも殺せるかもね♪」
「お褒めいただき、光栄ですっ…!」
「クヒッ♪ それは負け惜しみとして、嘘判定はしないでおいたげる♪」
赤黒い噴煙を纏い、その姿が地面に沈んでいった。
「じゃ~ね~♪ 御馳~♪」ズズン…
声が遠退き、気配も完全に離れていく。
どう、やら、本当に帰ってくれたらしい…。
「はふぅ…!」ホシュンッ…
つ、疲れ、た…。もう、今日は何もする気になれない…。
「ユミ、先輩…。大丈夫…? あ、ありがとう…?」呆然感謝…
「ジチュチュチュチュー!!」救いの女神ですわぁ~~!(感涙)
「い、いい、のよ。私も、頭ごなしに、ふぅー…、声を荒げたり、して、ごめんなさい…。」元はと言えば…
「え、あ、うん…。」なんで先輩が謝ってるの???
それもこれも…、全てはあの悪魔のせいだ…。
あの男だけはっ! 絶対に、何が何でもっ!! いツか必ず!! 滅ぼォスッ!!!
スクルの下僕3人衆の1人、通称「エリザベート」。
本名:■■■ ■■
元小◯◯。日本人。もちろん人間。両親が◯◯で◯◯、父親に◯◯◯◯されていた。1○年前のある日◯◯崩壊し、憤怒の悪魔が取り憑いたことで人外変異。魔法少女に──成らず。
取り憑いた悪魔を概念的に喰い殺し、主導権を握ったまま完全悪魔化。父親を◯◯し母親を◯◯し□□を◯◯した。
そのまま自然災害レベルの破壊活動を行い、駆け付けた魔法少女・魔法騎士達を一蹴。表社会に甚大な被害をもたらす。
協力要請に応えやって来たスクルによって、なんとか人格を保てるレベルに洗脳封印して停止。以後、「暖かい家族が欲しかった」と言う一欠片の願望に沿う形で「妹」としてスクルに付き従う。
ちなみに人として生きていれば、理多と同世代。
「『色欲』とか最悪だけど~…、ま♪ お兄ちゃん、格好良くて好みだし♪ 『憎悪』を封印できてるうちは、下僕になってあげよっかな~♪」的な。




