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着替えて階下に行き、食堂に足を向ける。扉を開けると、席に座る両親が微笑む。
「おはよう、リゼット」
「おはようございます、お父さま、お母さま」
グリフ家の両親は、子供思いでとても優しい。物語ではシアナが居なくなり、毎日手がかりを探しているところに、長女であるリゼットの亡骸が森で見つかり、不幸のどん底に落ちた。
号泣する両親の描写を思い出すと、今でも胸が痛む。
それを私はこれから実際に経験するの?
そっと椅子を引き腰かけ、ドキドキしながら口を開く。
「――今日、シアナは?」
頼む、元気で屋敷にいてくれ。
まだエディアルドに連れ去られていないわよね?
「あの子ったら、朝から微熱があってね。今日は部屋でゆっくりさせるわ」
良かった、まだシアナは屋敷にいた!
優しい母の言葉を聞き、胸をなでおろした
「そうですか。では、あとで様子を見に行ってみますわ」
私が微笑むと両親は嬉しそうに笑う。
「そうしてくれ。リゼットの顔を見るとシアナも喜ぶだろう」
「本当に。仲のいい姉妹なんだから」
そう、私たちは仲良しで、たった二人の姉妹だ。
体の弱いシアナを見守り、静かに暮らしていたのに、鬼畜エディアルドに目をつけられたことで、グリフ家は破滅へと向かう。
だけど、そんなことはさせやしないから。絶対に。
ひょんなことからこの世界に転生してしまったけれど、今の私にはリゼットとしての想いが強い。家族が大事だというこの気持ちを大事にし、エディアルドからシアナを守る。絶対に成し遂げてみせる。
自分に誓いをたて、ギュッと唇を引き締めた。
***
「どうぞ」
ノックすると可愛らしい声が響いたので、そっと扉を開けた。
「お姉さま」
横になっていたベッドから身を起こそうとするのはシアナ・グリフ。私の大事なたった一人の妹――。
私と同じ新緑色の瞳に、茶色の髪。ただ、私はストレートで妹は細くてふわっとした、柔らかい髪質だ。
「具合はどう? 消化に良さそうなリゾット持ってきた」
「うん、ありがとう」
シアナが優しく微笑むと、胸がしめつけられるような感覚に陥る。
こんなに可愛いらしくて、体が弱い妹をさらって監禁しようとする奴がいるなんて――許せない。
「お姉さま?」
シアナに顔をのぞき込まれ、我に返る。
「どうしたの、怖い顔して。びっくりしちゃった」
「ああ、ごめんね」
シアナはフフフと笑うが、顔色は良くない。
「ううん。ちょっと考え事よ。それよりも体調はどう?」
ベッドの端に腰かけ、シアナの頬に手を添えると、嬉しそうに微笑んだ。
「うん、朝はちょっと咳がたくさん出て、胸が苦しかったんだけど、今は少し良くなった」
きっとシアナは私に心配かけまいとして、本当のことを言わないのだろう。
顔色を見ると、本調子とは言えない様子だった。
「無理しないで。温かくして、食べたら休むのよ」
「うん、ありがとう」
私の手に頬をスリスリとすり寄せ、甘えてくる仕草がとても可愛い。
この子を守ることができるのは、私だけだ。
原作を知る私に与えられた重要な使命に思えた。
部屋に戻り、私は机に向かう。
今の状況を落ち着いて紙に書きだそう。現時点で私は十七歳でシアナは十六歳だとわかった。
幸い、今はエディアルドとは出会っていない。これがなによりの救いだ。
シアナは十八歳でエディアルドに目をつけられたのだから。
この出会いを回避すればいい。
シアナは体調が悪い時は寝たきりになるが、それ以外は比較的、普段通り過ごしている。時折、発作のように咳が出たり胸が苦しくなるのが、悩みの種だ。
そうして、体調の良い時に出席した舞踏会。そこで出会ったのがエディアルドだった。
シアナは同世代の女の子だと思って会話が弾み、一緒に遊んだ。
それが運の尽きだった。そこで執着され、エディアルドはシアナを手に入れるため、策を張り巡らせた。
攫って、大きな屋敷の豪華な一室に閉じ込めて。
屋敷に張り巡らされた結界のせいで、何度脱出を試みても、失敗に終わった。
『姉に会いたい? へえ、彼女がいなければ、帰る理由なんてないよね』
『君の体調に効く、この薬がなければ、もう生きられないだろう』
『君は俺だけを見ていればいい』
狂執着されて、日に日に精神を蝕んでいく物語。
エディアルド以外、誰も幸せにならない結末。むしろ、エディアルドも最高級にヤンデレな結末で、良かったのだろうか? 自分で作り上げた檻を出て、外の世界に目を向ける、ハッピーエンドもあっただろうに。本当に愛する人を見つけて結ばれてさ。
だが、そこでハッとする。
私は私の家族の幸せを最優先に考えるべきで、エディアルドのことなんて、知ったことじゃない。
そうよ、今はどうやってエディアルドとの出会いを避けるべきか、考えた。
しばらく机に向かって考えてみたが、これといっていい案が浮かばない。
今後、すべての行事にシアナに参加するな、とも言いにくい。シアナだって、いつも屋敷にいるのだから、体調のいい時は外にだって出たいだろう。あまり制約ばかりかけるのも、かわいそうだ。
かといって、外に出てエディアルドに目をつけられたらと思うと、ゾッとする。
ああ、なにかいい案はないかしら――。
悩みすぎたので眉間に皺が寄って、疲れてしまった。ソファに身を投げ、天を仰いだ。