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鳥の鳴き声が聞こえる――。
薄っすらと目を開けると、なじみのない天井が視界に入る。
どこだ、ここは。
むくりと起き上がり周囲を見渡せば、見たことのない高級そうな家具や調度品に囲まれていた。
えっ、ここはどこよ!?
寝心地のよいベッドから跳ね起きると、壁に備え付けられた鏡をのぞき込んだ。
「な、なんでぇ……!!」
そして絶叫した。
頭をかきむしりながら、鏡に映る自分を見つめる。新緑色の大きな瞳に背中まであるストレートの茶色の髪。
これは――私ではない。私は黒髪黒目だったもの!
誰よ、これ!!
それにこの美人、どこかで見覚えがある――。
ハッとして気づき、震える手で鏡を指さす。
「まさか……まさか……リゼット・グリフ!?」
名前を口にし、視線をさまよわせる私に、テーブルに置いてある一冊の本が視界に入る。その本の裏表紙には持ち主の名前らしきものが書かれていることに気づく。急いで手に取り裏に書いてある文字を読もうと、目を凝らした。
リゼット・グリフ
……あ、終わったわ、これ。
私の思い描いた人物と、脳内でカチッとはまったピースに、気が遠くなった。
***
「執着の檻」
それは私が前世で愛読していた小説のタイトルだ。内容は恋愛要素ありのダークファンタジー。
エディアルド・カーライル。彼が物語の核となる人物だ。
彼に目をつけられたら終わる――。
世界観は精霊の加護というものが存在するロバール国が舞台となる。
この国では精霊が存在し、特定の人物に力を貸し守護や恩恵を与える。それは精霊の加護持ちとよばれ、優遇されていた。
精霊の加護の属性は火水土風闇光と六属性。一つでも加護を持っていれば、褒め称えられる世界なのに、まれに複数の加護を持つ人間が存在する。
それがエディアルド・カーライル。国王の隠し子として、公爵家で生を受ける。
まさに火水土風闇の五大属性を持ち、能力はまさに無敵、チート系。
だが、性格はぶっ飛んでいかれたサイコパス野郎だった。
公爵家の一人娘と国王の婚外子として生を受け、嫉妬に狂った王妃に狙いをつけられた。
命の危険を感じたカーライル公爵は孫を守ろうと、世間には死産だったと発表した。悲しいことにエディアルドの母親は彼を出産後、たった半年でこの世を去った。
エディアルドの祖父であるカーライル公爵はたいそう嘆き悲しんだ。
愛娘の忘れ形見であるエディアルドは権力争いに巻き込まれることなく、平穏な日々を送って欲しいと願い、表舞台から隠すように育てることを決意。
傘下であるハモンド家としての身分を与え、万が一を考えて、彼を女として育てた。
だが――それが良くなかった。
人とあまり接することなく成長したエディアルドは、さびしさゆえに、性格が破綻していた。人としの感情がどこか欠陥していた、まさにサイコパス。
そんなサイコパス野郎の犠牲となったのがシアナ・グリフ。私の大事な妹だ。
シアナはエディアルドに目をつけられ、カーライル家に誘拐されてしまう。
シアナは体が弱く、投薬をかかせなかった。
屋敷という檻の中に閉じ込め、自分だけを頼るしかない状況に、エディアルドは徐々に快感を覚えていく。
そして最後はエディアルドによって洗脳され、バットエンドを迎える。
そこまで読んだら、本を壁に叩きつけたくなった。
あまりにも胸糞エンドすぎて。
しかも、しかもよ!? 私は誰に転生したと思ったら、ヒロインのシアナの姉であるリゼットだよ!?
行方不明になったシアナを探しに行った森で、エディアルドにあっさり殺される運命だ。
監禁された当初、シアナが姉を気にかけたという、ただそれだけの理由で。
姉がいなくなれば、家へ帰りたいと言わなくなるだろうという、独占欲だけで。
なにそれ、サイコパスすぎるだろう。
登場してたった数ページで退場した私の気持ち、誰か代弁してみて。
挿絵だけはあったのが救いだとか、そういうことじゃないし。
そもそも私は、なぜ執着の檻の世界にいるのだろう?
深く考え込む私の脳裏に浮かんだのは、部屋の大掃除をしていた姿。
大きな本棚、大好きな小説がたっぷり並んだ本棚を掃除していたら、急に本棚が倒れ込んできて――。
頭に強い衝撃を受け、その後に目覚めたら、ここ。
もしやあれか。小説で定番の転生しちゃった、という系か。
でも、なんで私の持っている小説の中でも一番、胸糞展開だった「執着の檻」なの! せめて他の小説だったら良かったのに! 「悪役令嬢を回避しようとしたら、王子の溺愛始まりました」とか「婚約破棄されたら王太子に求婚されました」とかさ!
そっちの小説の方がまだ平和なのに! 誰も死なないのに! ラノベ界のベストセラーなのに!!
とにかく――物語通りに進むわけにはいかない。
鏡に映る自身の頬をぴしゃりと叩く。
今の状況はどうなっているのか。把握する必要がある。
落ち着いて、冷静に策を練るのよ。
大人しくエディアルドにやられてなるものですか。
小説を読んだからこそ知っている私が、運命を回避してやるわ。




