16
「まあまあ、そう焦らないで必ず帰れるんだし。まずは紅茶を飲んで、美味しいお菓子でも食べようよ!」
ティースタンドから焼き菓子を選び、ポイポイと皿に乗せて、私に食べるように勧める。もう、こうなれば自棄だわ。一口、口に含んだナッツのお菓子はサクッとして、とても美味しかった。
「美味しい」
「本当? 良かった。それ、街のロレーヌのお菓子。リゼット、この前店に行っただろう? だから好きかと思って、買い占めたんだ」
ゴフッと喉に詰まりそうになった。そんなことまで調べているの、この子……!
私にばかり勧め、自分は口にせず、一生懸命私をもてなそうとしている姿を見て、ふと思う。
もしかして私――。妹の代わりにルートに入ってしまった!?
ルンルンと気分よく、鼻歌さえ口ずさみそうなエディアルドを見て焦る。
「ずっとこうやってリゼットとお茶会をしたかったんだ」
無邪気に微笑むエディアルドだが、やはり小説の中のエディアルドとは違う。
つまり、私のことは、単純に遊び相手、もしくは暇つぶしとして連れてきたのだろう。
それなら――。
もしかしたら、逆にこれがチャンスなんじゃない?
ここで仲良くなったら、殺されないかもしれない。なんせ、小説では帰りたがる妹の、帰る理由をなくすためだけに、あっさり私を抹殺したからね!
幸い、エディアルドの残虐性はまだ目覚めていない時期と思えるし、ここで恩を売っておけば、情もわくだろう。そしたら最悪な結末は回避できるかもしれない。
気づいたらゴクリと喉が鳴る。――やるわ、私。
皆の結末を変えるため、立派な遊び相手になって見せるから!
友情を築き上げて帰るわ。
「あっそうだ、リゼット」
「えっ?」
名を呼ばれて顔を上げると、エディアルドがすぐ側に立っていた。
首元からチェーンを出して外すと、両手で私の左手をつかむ。
「これでよし」
エディアルドが手を離すと、私の左手の薬指には綺麗に彫刻された銀色の指輪が輝いている。
「えっ、これって……」
「身に着けていて。これがあれば屋敷内は出歩いても大丈夫だから」
左手を上げ、身に着けた指輪をまじまじと見つめる。
「綺麗でしょ。それ、お母さまの形見なんだ」
ひぇっ、そんなに大事な指輪を私に? これは、返したほうがいいんじゃないんだろうか。
「言い忘れていたけど、逃げようと思っても無駄だから。でも、その指輪を身に着けている以上は、敷地内なら出歩いても大丈夫。敷地の外に出ようとすると――」
「すると――?」
緊迫した空気に喉をごくりと鳴らす。
「見張っている精霊から私にすぐに連絡がくる。水の精霊ならまだしも、闇は気性が激しいから、飲み込まれちゃうかも!」
やっぱり、ここにいる以上、指輪は借りておくしかない。飲み込まれるのだけはごめんだ。
にこにこと話すエディアルドだが、大丈夫なのか、これ。
それにここはどこなのかしら。ハモンド家の一室かな。
「ちょっと確認させて」
私は椅子から立ち上がり、窓辺に近づき、カーテンをサッと開ける。
眼下に広がる景色に思わず目を疑う。
芝が敷き詰められた広い庭園、噴水を中心に花々が咲き誇る。
敷地でこれだけ広いのなら、どれだけの規模の屋敷かは、聞かないでもわかる気がした。門が見えないのだから。
こ、この豪華さは一体――。
「言い忘れていたけど、ここはカーライル公爵家だよ」
「えっ……」
「言ってなかったけど、カーライル公爵家が本来の居場所であって、ハモンドは仮の名前だから」
それは重大な秘密事項じゃなかったの? カーライル公爵閣下が死に物狂いで、王妃から孫を隠すための!
なぜこうもあっさり、私に秘密を漏らすのだろう。
「もっと秘密があるけど、今より親しくなったら教えてあげる」
うっ、それはもしかしなくても、アレのことだろうか。性別の……。
だが、本人の口から聞いてしまったら、戻れなくなりそうだ。だから、このまま知らずに別れたい。
人差し指を口に当て、微笑む姿はどこから見ても、美少女だ。仕草すら可愛らしい。あくまでも少女として接しよう。
そうよ、私は友人を目指すわ。仲良く遊び、ここから穏便に帰るの。
目指せ友達、築け友情よ!!