13
帰路につく馬車の中、座席に座るとドッと疲れが出た。
ああ、これで義理は果たした。もうエディアルドと関わることはないと思いたい。
でも、普通に友人を求める十代の女の子、といった印象だ。恋話をしたがったり、好きなタイプを聞きたがったり。
だが、小説の描写より、大人しそうに見えてもエディアルドはエディアルド。
現にすでに私のことを調べているあたり、執着する片鱗を見せているじゃないか。
一回出会っただけの私でさえこうなのだから、本格的に気に入られたら、どうなってしまうのだろう。恐ろしくもあり、想像したくない。
思うに、カーライル公爵はエディアルドを大事にするあまり、過保護にしすぎたのかもしれない。屋敷に閉じ込めてばかりでは、考える時間が多すぎるだろうに。
やはり、人は外の光に当たらないとダメなのだろう。
まあ、カーライル公爵が残された孫を思う気持ちは、理解できなくもないが……。
揺れる馬車の中、とりあえず一仕事が終わったことで、ほっと一息ついた。
「お姉さま、おかえりなさい。早かったのね」
出迎えにきたシアナを見ると、心がなごむ。
「ええ、派手な場は疲れちゃうから、挨拶をしてすぐに帰ったわ」
シアナはふんわりと微笑む。
私が守りたいのは、この笑顔だ。エディアルドに会わせるわけにはいかない、絶対に。
「お姉さま……?」
いきなり抱きしめた私にいぶかしむ声を出すシアナの腰に力を込めた。
「ああ、疲れたから、シアナを補給するわ」
「ええっ、なにそれ。お姉さまったら」
耳元で笑う声がくすぐったくもあり、幸せを感じた。
***
「じゃあ、行ってきます。ちゃんと薬飲むのよ」
「行ってらっしゃい」
私は日課となっている森へ行く。薬草の採取や芽の成長具合の確認など、なかなか忙しい。
腰を折り、薬草を採取する。
午前に薬草を採取してから午後に調合し、あとはのんびりとした時間を過ごすルーティンだ。
ここでの暮らしはすごく気に入っている。シアナにもあっているらしく、今のところ発作も出ることがない。このまま完治してくれるといいのだけど。
祈りをこめつつ、薬草を摘んだ。
別荘に戻ると、使用人から一通の封書を差し出された。
紋章の入った深紅の封蝋印が血のように見え、私は固まる。
この紋章は――。
嫌な予感がし、そのまま部屋に持ち帰るも、なかなか封を開ける気にならなかった。
夜になりようやく勇気を出し、封書を開ける。
そこに書かれていたのは、ハモンド家から来週のお茶会への誘いだった。
読み終えると、深いため息をつく。
もう会わないと伝えて去ったつもりが、ちゃんと伝わらなかったのだろうか。
手紙を前に、ため息が止まらない。
無視するわけにもいかないので、断りの返事を出すことにした。
先日の舞踏会でのお礼と、せっかくのお誘いだけど、来週は用事があるから、お茶会へは参加できないと言葉を選びながら綴った。
これで納得してくれるといいのだけど――。
願いつつも返事を書き終えた。
***
「えっ、また!?」
私がハモンド家へ断りの返事をした三日後、またもやお茶会のお誘いの封書が届く。頭を抱え、断りの返事を考える。
一度目は用事があると断り、では次は……?
ええい、こうなったら、また用事があると言って断ろう!
だいたい、一度断られた時点で察して欲しい。もう会う気はないと。
嫌な断り方だけど、相手も空気を読むだろう、きっと。
そして私は二度目になる断りの返事を出した。
数日後、いつものように森へ行く。
やはりここは薬草の質が良く、成長も早い。煎じて飲んでいるシアナの顔色もすこぶる良くなり、咳も出なくなってきた。この調子なら、早く良くなるかもしれない。
このままエディアルドを回避できたら――。
ふと突然、強い風が吹き、被っていたフードが落ちる。
「わわっ」
フードから出た髪を抑えつつ顔を上げると、木々の間から人影が見えた。
顔は見えないが、人が立っている。だって、足が見えるもの。
なぜか背筋がゾクッとした。
こんな森の奥、目的がなければ現れない場所だ。
嫌な予感がした私はカゴを手にすると、一目散に駆け出した。
背後から視線を感じながらも、怖いので振り返らなかった。