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「そんな素敵な男性に、跪いて愛を告げられたら、結婚してもいいかも。あっ、そうだ、強いことも条件かな! なにがあっても私を守ってくれるの」
そんな男性がいるものか、いたとしてもお前なんて好きにならないぞと、ツッコミ満載だ。
「ジェラールごときでは、まだ足りないか……」
腕を組み、椅子に寄りかかるエディアルドに私はあわてる。
「ジェラール様はジェラール様で立派だわ」
「でも、ダメなんでしょう?」
どうしてさっきからジェラールを引き合いに出すのだろう。会話がループしている。ならば――。
「ジェラール様は一般的に素敵な方だと思うけど、私の好みではないわ」
もしかして私とジェラールをくっつけようとしているの?
それならば、こうまではっきり言えばいいのか。ここまで伝えたら納得してくれる?
エディアルドは軽く目を見開くと、頬杖をつく。
「そっか」
ふわりと微笑んだ顔にドキッとしてしまう。とても美しい物を見た気がして。
でも、ようやく納得してくれたようで嬉しい。ホッとしてカップを口につけた。
「待ってて。今、紅茶を用意させる」
椅子から立ち上がろうとするエディアルドを慌てて引き止める。
「いえ、もう帰るから。薬、ありがとう。帰ってゆっくり休むわ」
紅茶なんて出されたら、長居してしまう。私は一刻も早く帰りたいのだ。
残念そうに目を伏せたエディアルドに少しだけ胸がチクリと痛んだが、そんなことを言っていられない。
「じゃあ、また次回だね」
えっ、次があるの?
期待に満ちた顔をするエディアルドに返答をどうするか迷ってしまう。
「私、ちょっと用事があって別荘に来ていて――」
忙しいのだと暗に伝えてみるが、これで伝わるだろうか。
「ああ。シアナでしょ? 君の妹。体が弱いんだって?」
シアナの名前がエディアルドの口から出てきた時、ゾッとした。
エディアルドにだけは存在を知られたくなかったのに――。
もしや私に近づいたのも妹が目当てなの?
「大丈夫なの? 妹の容体は」
「えっ……」
意外にも気遣う言葉が聞こえてきたので、最初は耳を疑った。
「そんなに悪いの?」
おずおずと聞いてくる様子は、本心から心配しているように見えた。
この子……。
本当にあのエディアルドなのかしら。少なくとも、私の目には小説の中の描写はなりを潜めていた。
本来なら妹と出会うのは二年後。この二年の間にエディアルドの中でなにか変化があるのだろうか。
それに声も高いし、魔法で成長を止めているとはいえ、到底男性には見えないほどの可愛らしさだ。並んだら、引き立て役になる自信があるわ、私。
「ええ、妹は今のところは落ち着いているわ。でも、なるべく側にいたいの。妹もその方が安心するみたいで」
本心を告げるとエディアルドはジッと私を見た。
「光を持つ人間に惹かれるのは、自然の摂理だ」
「えっ……」
「リゼットと過ごすと居心地が良いのだろう、妹も。体が弱っているのなら、なおさら。――それに知っている?」
エディアルドはテーブルの上でそっと手を伸ばす。
「闇を持つ人間なら、なおのこと光に恋焦がれるってこと」
私に触れ、ギュッと握りしめる手は、冷たかった。
魅力的な大きな目を細めて見せる笑顔はどこか感傷的に見え、気になった。
「エディア!」
その時、勢いよく扉が開き、姿を現したのはジェラールだった。彼は私を視界に入れると、たいそう驚いた顔をしている。
「なに? ノックもしないで、ジェラール。失礼なんだけど」
対するエディアルドはちょっと怒った声を出す。
「姿が見えないから、どこへ行ったかと思って」
「あ~はい、はい。また抜け出したかと思って心配していたわけ? 過保護すぎ」
会話を聞いていると、エディアルドが抜け出すのは、わりと日常茶飯事なのかと思ってしまった。
「困るんだよ、目立つことをされると!」
「うるさいな」
言い争いが始まりそうな雰囲気なので、今がチャンスだ。
「私は帰りますね。今日はありがとうございました」
私はそっと席を立つと、そのまま踵を返した。
「待って!!」
背後からエディアルドの声が響く。
「また会える!?」
切実に訴えるような声に聞こえ、私は困って顔を曇らせる。
「ごめんなさい。妹の側についていたいの」
はっきりと断った方がいいと判断し、深々と頭を下げる。
「お誘いいただきありがとうございました」
私はそのまま後ろを振り返ることなく、退室した。