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思ったより、順調にことが終わったな~!
私は気が抜けて、安心しきり、きらびやかな回廊を一人で歩く。もちろん、帰宅するためだ。
華やかな回廊はシャンデリアが輝き、何本もの大理石の円柱が立っているが、さすがハモンド家といったところだ。我が家より格段にお金持ちだ。
人の姿は見えないが、始まって早々に帰ろうとしているのは、私以外いないだろう。夜だというのに、華やかなシャンデリアの輝きがこうこうと照らす空間を歩く。
不意に背後で人の気配がした。同時にヒールが床に触れる、コツンとした音が響く。
「もう、帰っちゃうの?」
え、私に聞いている?
反射的に振り返ると、円柱に寄りかかり、顔をのぞかせる姿があった。
――エディアルドだ。
まさか油断していた、こんなところでばったり会うなんて!
エディアルドはゆっくりと近づいてくる。
長い金の髪をなびかせ、微笑みながら近づいてくる姿は、やはり今日も妖精のような可愛らしさだ。薄いピンクのドレスがよりいっそう際立たせる。
だが、私は身構えた。
「もう、帰ってしまうの?」
再度同じ質問をされ、顔をのぞき込まれた。
「ええ。本日はご招待、ありがとうございました、エディア様」
「ふふっ。堅苦しい言葉使い、真面目なんだね、リゼットは」
逆に馴れ馴れしい口を効くエディアルドに私は警戒を強める。
「――どうして私の名前を知ったのです?」
疑問に思ったら、つい口からポロッと出た。
エディアルドは肩と口の端を上げて笑う。
「調べたんだ。気になると知らないと気が済まないから」
調べあげられている――。
喉の奥からヒッと声が出そうになるが、なんとかこらえた。
エディアルドはにっこりと微笑んだ。
「改めて自己紹介、私はエディア・ハモンド。ジェラールは遠縁なんだ。どうか堅苦しい言葉使いはやめて、気楽に接して」
「わ、わかったわ」
私は距離感に戸惑いつつも、平静を装おう。
「街では助けてくれてありがとう。助かったよ」
エディアルドの言葉は本心からのように思えた。
「リゼットが来てくれなかったら、あの場が血だまりになっていたかも!」
えっ……。
無邪気に笑うエディアルドにフリーズする。
そうだ、エディアルドは精霊の加護持ち。それも五つも。
私が助けに入らずとも、自分でどうにかできただろう。だが、平和な街に血の雨が降っていたかもしれない……。本当にお礼を言われるのはエディアルドからじゃなく、あのゴロツキ三人からのような気がした。あの程度で済んだのだから。
「冗談だよ?」
固まってしまった私の顔をのぞき込むエディアルドだが、冗談なのか本気なのか区別がつかず、乾いた笑いが出る。
「それで、もう帰るの?」
「ええ、ちょっと頭が痛くて」
こめかみ部分をそっと手で押さえ、痛むアピールをする。だから早く、私をこの場から解放してくれ。
「じゃあ、ちょっと来て」
「えっ」
腕をグイッと引っ張られた衝撃で倒れそうになったが、なんとか耐えた。
「頭痛とか関節が痛む時によく効く薬持っているから、あげるよ」
いつの間にか腕を絡められ、離さないようにぎゅっと寄り添っている。
「ついて来て!」
私の意見を聞く前に歩き出した。まいった、腕が絡まり、抜けそうにない。
ここは大人しく従うしかない。
***
やがてエディアルドは一室に案内した。
「ここが私の部屋」
扉を開けると、可愛らしい小物に囲まれた女の子の部屋、といった感じだった。
「可愛い」
ぽつりとつぶやくとエディアルドはフフフと笑う。
「ジェラールの母、ハモンド夫人の趣味なんだ。女の子が欲しかったんだって」
なるほど、少女趣味でレースが好きみたいだと納得しながら、部屋を見まわした。
「座って、リゼット。今、準備するから」
テーブルに案内され、椅子をそっと引かれる。広い部屋に輝くシャンデリア、上質な革張りのソファ、細工が刻まれた椅子とテーブル。別荘でこんなに豪華なら、本宅はすごいことになっているだろうな。
エディアルドはチェストの引き出しをあさり、しばらくすると箱を手にして戻ってきた。
「ほら、これだよ。痛みがひくと思う!」
エディアルドは箱の中からオブラートに包まれた粉薬を手渡した。