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「引けなかった引き金」

※本編で出る描写はR-15程度になります。

※BL表現は心理描写がメインになります。

※アクション多めでお送りします。

007.


午後のディスカッションを終えた訓練生たちが、ぽつぽつと控室へ戻ってくる。


 見学組のうち、現場へ赴かなかった者たちだった。


 パネルディスカッションと施設案内の後は軽い質疑応答があり、それで全行程は終了。後は帰寮の時間を待つばかりだという。


 


「……なあ、現場行ったやつら、今頃どうしてんだろうな」


 


 控室の壁際でジャケットを脱ぎながら、ひとりの訓練生がぽつりと呟いた。


 


「第二捜査隊って言ってたよな? あの二人も行ったんだろ、アヴェリンと……マルカヴィッチだっけ」


「うわ、やっぱか。あの赤髪の奴、朝からピリついてたもんな」


「うーん……やっぱ、現場は怖いよ。俺は正直、行かなくて正解だったかもしれん」


 


 どこか緊張を拭えぬ様子で言い合いながら、訓練生たちはロッカーの前で身支度を整えていく。


 そんな彼らの姿が、窓の外の夕暮れに溶けていったところで――場面は切り替わる。


 



 


 ――現場派遣組、第二捜査隊同行班。


 


 構内の武装保管室にて、ショウ・アヴェリンは黒革のホルスターを腰に巻き直していた。


 正式な配属ではないとはいえ、現場に出る以上は装備を整える必要がある。指定された制服の上に軽装甲のベスト。腿には予備弾倉。右腰には拳銃。そして、背中には狙撃銃を抱えていた。


 


 緊張は――否、興奮と表現すべきかもしれない。


 呼吸は浅くならぬよう意識し、視線は落ち着いていても、指先には微かな汗が滲んでいる。


 


「アヴェリン、固定甘い。バンドをもう一段締めろ」


 


 隣で装備を整えていた隊員の男が、慣れた手つきでショウのホルスターをひとつ締め直す。


 


「あ、すみません」


 


「いや、いい動きしてる。おまえらの中じゃ上等だ。名前、覚えとくよ」


 


 気さくな声色に少し安堵しかけたその時、別の場所で金属音が響いた。


 


 顔を向ければ、トラフィム・マルカヴィッチが無言で銃を手にしていた。


 既に装備は終えていたようだが、その眼差しはまるで獲物を前にした獣のように鋭かった。


 


 彼の視線の先にいたのは、先ほど同班と告げられた二人――ヴィタリーとラチェスタ。


 ともに狙撃志望の訓練生で、顔は知っていたが話したことはない。


 彼らもまた、こちらをちらりと見て、礼儀正しく頭を下げてきた。


 


「よろしくな、アヴェリン、マルカヴィッチ」


「……よろしく」


 


 ショウが軽く会釈し、トラフィムも小さく頷いた。


 


 合流した現場の隊員が声をかける。


 


「四人一組で第二捜査隊に同行する。現場は郊外の廃工業区だ。少し前に逃亡犯の目撃があってな、今は周辺住民の避難誘導と区域の封鎖が主な任務だ。……ただし、接触の可能性もゼロじゃない。肝に銘じておけ」


 


 全員の表情が引き締まる。


 


「出発は十七時三十分。十分後だ。車輌に乗る前にもう一度装備を確認しろ」


 


 その号令に応え、隊員たちが動き出す。


 訓練では何度も経験してきた動きだ。けれど、それが「実地」であるというだけで、空気の濃度が違った。


 


 出発直前、ふと視線を感じて振り向くと、トラフィムが無言でこちらを見ていた。


 何かを言うでもなく、ただ、見ていた。


 


 ショウは静かに頷いた。


 それだけで、十分だった。


 


 相棒として、隣を任せられる。それを確かめ合うように、ふたりは並んで車輌へと乗り込んだ。


 


 夕刻の光が、薄く差し込んでいた。


 


 この日の体験が、ふたりにとって――ただの「見学」ではなくなることなど、この時はまだ、誰も知らなかった。


 



 


 旧工業区の一角。



 戦前から放置され続けている廃工場跡に、ひときわ冷え込んだ風が吹きつけていた。


 建物の窓ガラスは半分以上割れ、鉄骨は黒ずみ、地面には無数のヒビと瓦礫が散乱している。


 


 その隙間を踏みしめながら、ショウ・アヴェリンは息を吐いた。


 


 銃を携え、防護服をまとい、足元にはわずかに錆の匂い。


 いつもの訓練とは違う、何かが肌にまとわりつく。


 


「ここか……第二の担当区域」


 


 同行している現役隊員がひとり、前方を確認するように呟いた。


 


 この日、任務に帯同する形で選ばれたのは候補生四名――ショウ、トラフィム、ヴィタリー、ラチェスタ。


 それぞれペアを組んだ彼らは、現役部隊員二名と共に、四人一組として現場に出ていた。


 


 足元を確認する隊員のひとりが、無線機に何かを告げる。


 


「中はまだ不明だ。外周の監視カメラが一昨日から断線してる。何かあれば、即時報告」


「了解」


 


 簡潔なやり取りの後、指示が飛ぶ。


 


「安全確認、二班に分かれて進行する。ヴィタリー、ラチェスタは右手。アヴェリン、マルカヴィッチは左からつけ」


 


 ショウは一歩後ろに下がってトラフィムの様子をうかがった。


 だが、彼の横顔は酷く無表情で、むしろいつもよりも静かに見えた。


 


 目の奥に、何かを押し殺したような重さがある。


 


「……」


 


 言葉はかけず、ただ黙って隣につく。


 そして、その瞬間だった。


 


 


 ――パン。


 


 突如、建物の陰から響いた銃声が、空気を裂いた。


 


「……!」


 


 先行していた部隊員のひとりが、短い呻き声をあげて崩れ落ちる。


 腹を押さえ、膝を突いた彼の手元から、じわりと血が滲んでいた。


 


 その一瞬で、場の空気が一変した。


 


「応戦態勢ッ! 目標、南東方向!」


 


 もうひとりの部隊員が即座に叫ぶ。


 


「え、えっ……!」


「だ、誰!? 敵っ……!?」


 


 叫びながら、ヴィタリーとラチェスタが悲鳴のような声を上げる。


 だが、ショウは動じなかった。既に銃を構え、目を鋭く細めて前を見据えていた。


 


 そして、隣にいるはずのトラフィムが――ぴたりと動きを止めているのに気づいた。


 


 


「……?」


 


 不自然なほどの静止。


 呼吸音も、気配も、すべてが止まったように。


 


 そして、彼の目線の先。


 


 ショウが視線を追ったその先に――


 


 見たことのない“男”が立っていた。


 


 煤けた工場の壁を背に、すらりとした長身。


 淡い赤毛に、長くゆるいウェーブ。


 闇に浮かぶ金の瞳が、ひどく冷たい光を宿していた。


 


 その美貌は一見して無害に見えたが、手には煙を上げる銃。


 口元には――笑み。


 


「……!」


 


 トラフィムの顔が、見る間に強張る。


 かすかに震えた指が、トリガーにかかる。


 だが――撃てない。


 固まったまま、一歩も動けなかった。


 


 


「トラフィム!」


 


 ショウが短く呼びかけた。


 


 反応はない。


 それでもショウは、ほんの一瞬だけ彼の背に目をやり――その代わりに自分が動いた。


 


 銃を構え、狙う。


 


 逃げる気配を見せたその“男”に向けて、ためらいなくトリガーを引いた。


 


 パンッ――。


 


 乾いた発砲音が、工場の影を揺らした。


 


 標的の足元、ふくらはぎに銃弾が正確に命中する。


 逃走を試みていた男が苦悶の声を上げ、身体をよろめかせた――が、そのまま闇の奥へと滑り込むように姿を消す。


 


 ショウは素早く構えを解き、音の方向を追ったが、すでに視界には何も映っていなかった。


 


「くそ……」


 


 わずかに吐き捨て、すぐに振り返る。


 


 倒れた部隊員のもとに、ヴィタリーとラチェスタが駆け寄っている。




「通信班へ。現場にて負傷者確認、現在応急手当中。バックアップを要請する!」


 


 無線が鳴る中、倒れた隊員が呻きながらも声を張った。


 


「候補生四名のうち……アヴェリン、マルカヴィッチ、追撃に出ろ!」


 


 残されたヴィタリーとラチェスタが反射的に叫ぶ。


 


「俺たちも追えます! 戦えます!」


「このままじゃ……!」


 


 言い募る二人を、部隊員が腹を押さえたまま静かに制する。


 


「……駄目だ。判断が甘すぎる。ここで終わってたのはおまえらかもしれねえ」


 


 痛みを堪えるその声は、決して怒りではなかった。


 それでも、決して譲らぬ強さを含んでいた。


 


「動ける奴だけだ」




 その言葉に、ショウは即座にトラフィムを見る。


 


 その答えを聞いたショウは、ためらわずに一歩、彼のそばへと踏み込んだ。


 そして無言のまま、手を伸ばす。


 固く強張っていたトラフィムの頭に、ぐしゃ、と手のひらを押し当てるようにして、髪を乱す。


 


 それは優しさではなかった。


 頭を冷やせ、とでも言うように。


 ――感情を押し戻し、戦場に立つ顔へ引き戻すための、無言の合図だった。


 


 トラフィムの肩から、ほんの僅かに力が抜ける。


 


 表情が、ゆるくほころんだ。


 次の瞬間には、いつもの勝ち気な笑みが浮かんでいた。


 


「……ありがと」


 


 かすれた声で、それだけ告げた彼に、ショウは目を伏せるように小さく頷いた。




 二人は駆けだした。


 血と煙のにおいが、風に溶ける廃工業区の夜。


 闇の奥に消えた“何か”を追って、ふたりの足音が小さく遠ざかっていった。

最後まで読んでくださりありがとうございました。

なろうサイトに不慣れなので、もしタグ付けや、文章について至らないところがありましたらぜひ教えてくれたらと思います。


また読んでくれたら嬉しいです。よろしくお願いします。

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