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「パンと弾けた、知らない気持ち」

※本編で出る描写はR-15程度になります。

※BL表現は心理描写がメインになります。

004.


  正式な狙撃成績試験の日。朝の訓練場は、張り詰めた静けさに包まれていた。


 地面には夜のうちに降った雪がうっすらと残っており、凍った土の上で足音だけが乾いた音を立てていた。


 


 ショウ・アヴェリンは、支給された制服の襟を正しながら、深く息を吸った。


 


 冬の空気が肺にしみる。けれど、それすら心地よく感じられる程度には、彼は落ち着いていた。


 ここまで来た。そう思えるだけの準備を、してきたのだ。


 


 そして、今日――彼の相棒である少年もまた、変わろうとしていた。


 


 


 訓練棟の狙撃場には、すでに数人の訓練生が並んでいた。


 全員、張りつめた表情をしている。いつもの雑談や無駄口など、今日ばかりはどこにもなかった。


 


 銃の点検。呼吸の調整。姿勢の確認。


 静かな、だが確かに濃い時間が、そこにあった。


 


 その中に、赤茶の髪がひとつ。


 


 トラフィム・マルカヴィッチ。


 


 ここまで毎晩、誰よりも遅くまで狙撃場に残り、ただ黙々と練習を重ねてきた少年だった。


 


「……よう」


 


 その声に、彼は振り返った。 ショウが、すぐ近くまで来ていた。


 


「……今日は、やる気あるみたいだな」


「いつもある。バカにすんな」


「はいはい。いいから深呼吸しろよ。おまえ、緊張すると肩が上がるから」


 


 その言葉に、トラフィムは一瞬ムッとした表情を見せたが、素直に深呼吸をひとつする。


 それだけで、肩のラインがほんのわずか、自然な位置へ戻った。


 


  その姿に、ショウは口元をゆるめた。


 


やがて、教官の合図が飛んだ。

 「開始五秒前、準備!」


 


 場内に、乾いた緊張が走る。


 


 トラフィムが銃を構えた。

 ショウが横目でそれを見る。


 フォームは完璧とは言えない。けれど、確実にこの数週間で安定してきた。


 


 「四、三、二、一――始め!」


 


 標的距離、500メートル。

 微風、温度マイナス一度。

 着弾の瞬間まで、わずか数秒の“試される静寂”。


 


 トラフィムの呼吸が止まる。

 指先が、引き金にかかる。


 


 ――パン!


 


 乾いた一発。


 その刹那、空気が揺れた。


 煙の向こう、揺れる標的の中心に、ひとつの穴が穿たれていた。


 


 ……脳天と心臓、中央ライン。


 ギリギリではあるが、致命点をしっかりと捉えていた。


 


 わずかに遅れて、場内の数名が息を呑む音。


 その空気を切り裂くように、隣から手のひらが差し出される。


 


 ショウの笑顔は、誇らしげで――何より嬉しそうだった。


 


 トラフィムも、少しだけ唇の端を上げてその手を叩く。


 


 ぱちん。


 その一音が、試験場の空気を切り裂き、変えた。


 


 ざわめきが生まれる。驚きと、戸惑い、そして、嫉妬まじりの視線。


 


 「……やるじゃん、天才坊や」


 「いや、あれ、まじで当たってる……?」


 「最近、ちょっと変わったよな……あいつ」


 


 そうした声に、トラフィムは反応を見せない。


 ただ、黙って照準器を外す。そして、ライフルをそっと置いた。


 


続いては、ショウの番だった。


 軽く呼吸を整えると、何の迷いもなく銃を持ち上げる。


 射線を合わせるまで、実に滑らかだった。


 


 教官のカウントに合わせて、ショウが撃つ。


 


 ――パン!


 


 同じように、風を裂く一撃。


 


 的の中心に、今度は完璧な軌道で弾が貫通した。

 中心点と、さらにその内側。まさに“芯”を撃ち抜いた。


 


 結果は、僅差でショウの勝ち。


 けれど、どちらも誇れる成績だった。


 


 試験場を出るころ、トラフィムの頬には珍しくほんのりと赤みが差していた。


 それは冷気のせいではないと、なんとなくショウは気づいていた。




「いやあ、いい勝負だったな。おまえ、本当に上手くなったよ」


 


 その言葉に、トラフィムは何か言いかけて――ふいと顔を背けた。


 耳が、うっすらと赤い。


 その様子がなんだか可愛らしくて手を伸ばす。

 一年の間に、随分と距離の縮まった頭に、ぽんと乗せる。 そのまま、褒めるように優しく撫でた。



「っ……だからって、撫でんな!」


「悪い悪い。つい嬉しくて」


「……バ、バカじゃねえの、ほんと……」



 くしゃくしゃと頭を撫でられながら、彼はそれ以上、文句を言わなかった。


 



 


 試験が終わった夕方、二人並んで歩く帰り道。


 白くなりかけた空の下、静かに息を吐く。


 


 長い廊下の向こう、まだ騒がしい声が響いていたが――彼らの間には、いつになく穏やかな時間が流れていた。


 


「なあ」


「……ん?」


 


 横を歩くトラフィムが、ふと足を緩めて振り返る。


 


 赤みを帯びた睫毛が、夕日の光を拾って微かにきらめいていた。


 


「……ありがと」


 


 ぽつり、呟くような声。


 


 そのあと、ほんの少しの沈黙ののち――


 


「……ショウ」


 


 名前を呼ばれた瞬間。


 まるで心臓が飛び跳ねるような感覚に、ショウは思わず言葉を失った。


 


「っ……!」


「……な、なに顔赤くしてんだよ……!」


「お、おまえが急に名前とか呼ぶからだろっ……!」


 


 気まずさと照れ隠しで、ふたりして顔を真っ赤にしながら、言葉をぶつけ合う。


 


「っくそ、……もう、しらねぇ!」


 


 トラフィムがすたすたと歩いていく。


 


「ま、待てって、トラフィム!」


 


 追いかけるショウ。


 その背から、もう一度、声が返ってきた。






「……早くしろよ、ショウ」


 


 


 名前を呼ばれることの意味が、少しずつ、胸に染み込んでくる。


 たった一言が、こんなにも嬉しいなんて。


 


 ショウは、頬の熱を隠そうともせず、ただまっすぐに相棒の後ろ姿を追いかけた。


 風の冷たさも、雪解けのにおいも、もう気にならなかった。





**









 試験の終わった帰り道、白くなりかけた空の下を歩きながら、トラフィム・マルカヴィッチは、そっと足を緩めた。


 


 横を歩くショウの顔をちらりと見やる。


 額にかかった前髪の下、いつも通りの柔らかな笑み。


 


 ……なんでだろうな、と、ふと思う。


 


 悔しくて、惨めだった。ずっと。


 






 


 あの日、初めて隣の射撃台で奴の銃声を聞いたとき。


 耳栓越しでも分かった。迷いのない引き金の音だった。


 ゴーグルのせいで目元は見えなかったが、それでも分かった。


 あの姿勢、呼吸、全てに迷いがなくて――




 ただ、悔しかった。






 周囲はずっと言い続けてきた。




 「ショウ・アヴェリンは別格だ」


 「トラフィム? 頭はいいけど、あれは所詮コネだろ」




 的を外した俺の後ろで、そういう声が平然と交わされる。


 それを耳にしても、俺は一度も振り返らなかった。




 振り返ったら、負けな気がした。


 だから、見返すしかなかった。






 それからというもの、俺は毎日狙撃場に通い詰めた。


 誰もいない夜遅くまで、ひたすらに撃ち続けた。




 感覚は鈍く、腕は痛み、肩は痺れた。


 それでもやめなかった。


 やめたら、もう何も残らない気がしたから。






 そんな俺のもとに、決まって現れる奴がいた。




 ショウ・アヴェリン。


 毎晩のように、無言で狙撃場まで迎えに来ては、「もう七時過ぎてるぞ」とだけ言う。




 余計なお世話だと思っていた。


 けれど、何度も繰り返されるうちに、その声が胸に引っかかるようになった。




 冷たく乾いた銃身を外すたび、あの優しい声が頭の奥に残る。




 そして――




 あの夜、俺はとうとう、口にしてしまった。






「……教えてほしい、んだ。銃の扱い。……あんたに」






 その瞬間、自分で自分の言葉に驚いた。




 誰にも頼らず、誰にも頭を下げず、そうやってここまで来たつもりだったのに。


 なのに、その夜だけは、なぜか。




 ……言ってしまった。






 あいつは笑った。


 嬉しそうに、俺のことをからかうでもなく、ただ穏やかに笑った。




 それがまた、妙に癪で。


 なのに、ホッとしている自分がいた。







 最初の自主練習の日。




 あいつは黙って俺の隣に立ち、銃を構える姿を見せた。


 いつもは遠くからしか見たことのなかったその姿勢を、至近距離で見た。




 肩の角度、腰の落とし方、頬に銃床を当てる静かな動き。




 どれも無駄がなかった。


 まるで、呼吸と一体化しているようだった。






 ゴーグル越しに見た、その眼差しは――




 いつも見せている笑顔なんかじゃなかった。


 まっすぐに、ただ的だけを見据えている。




 鋭く、でも冷たくはない。




 なぜだか、息が詰まった。


 胸が、どくりと脈を打った。






 それから、あいつは俺の立ち姿を直すたび、何度も近づいてきた。


 「肩、少し下げて」


 「肘、こっちの角度。そう、そこ」



 そう言いながら、指先で俺の肩に触れたり、背中を支えたりする。



 そのたび、心臓が変なふうに跳ねた。


 ……距離が近すぎる。

 それだけなのに、やけに緊張してしまう。




 こんなにも人に近づかれるのが苦手だったなんて、自分でも知らなかった。




 ましてや、耳元でささやくようにアドバイスされると、くすぐったいのか、照れているのか、よく分からない感覚で頭が熱くなる。




 けれど――

 嫌じゃなかった。



 むしろ、少しずつ……。

 俺のなかで何かが、やわらかく変わっていくのがわかった。




 知らなかった感情が、ほんの少しずつ、形になっていくようで。






 ……なんなんだ、これ。






 ずっと孤独だった。


 ずっと、怒りと悔しさだけを原動力に生きてきた。




 なのに、今は。




 ほんの少しでも、こうして笑っていられる時間があるなら――




 それを、もう少しだけ、信じてもいいと思えた。











 「……ありがとな」




 言った自分の声が、やけに小さくて。


 照れ隠しに一歩だけ離れようとしたのに、気づけば、名前を口にしていた。






「……ショウ」






 呼んだ瞬間、向こうも赤くなっていた。




 そんな顔を見て、俺もひどく恥ずかしくなって、逃げるように歩き出した。






 でも。




 俺を追いかける足音と一緒に、今度はちゃんと声が返ってきた。




「……早くしろよ、ショウ」






 何度も聞いた名前のくせに、呼ぶのは、今日が初めてだった。




 こんなにも温かいなんて、知らなかった。




最後まで読んでくださりありがとうございました。

なろうサイトに不慣れなので、もしタグ付けや、文章について至らないところがありましたらぜひ教えてくれたらと思います。


本当はもう少し後になる予定だったBL展開が耐えられなかったので前倒しになりました。 もう原型が残ってねぇ!

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