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「よーい、ドン!から始まる何か」

※本編で出る描写はR-15程度になります。

※BL表現は心理描写がメインになります。

003.


 制服支給の日。

 その響きだけで、どこか浮き足立つような空気が寮中に広がっていた。



 朝の内務点呼が終わると、訓練生たちはぞろぞろと各階のホールに集合し、各々の部屋番号を呼ばれるのを待っていた。



 制服は、訓練棟の倉庫で一括支給されていた。受け取りが済むと、枯草色の布袋を肩に提げた訓練生たちが、宝物を抱えるみたいに小走りで戻っていく。

 


「E-07、ショウ・アヴェリン、トラフィム・マルカヴィッチ!」



 名を呼ばれ、俺たちは返事をして立ち上がる。


 階段を下りながら隣を見やると、トラフィムは相変わらずの仏頂面で、しかしどこか耳が赤いように見えた。



「……ちょっとは、わくわくするとか、ないのか?」


「……別に。服なんかで浮かれる気はしない」


「そっか。俺は、ちょっと嬉しいけどな」



 素直に言ったら、チラリとこちらを見て、ふいと顔をそらされた。


 そういうところが妙に面白くて、俺はひとつ小さく笑った。





 布袋の中から制服一式を取り出し、俺たちは共用スペースのラグの上にそれを広げた。



 深い枯草色の上着は、軍服としてはやや軽量。

 布地はしっかりとした張りがあり、裾や肩口には補強縫製が施されている。


 同色の迷彩柄パンツはやや薄手だが、膝部分にだけは内側に緩衝材が入っていた。



「……けっこう、本格的なんだな」


「当たり前だろ。訓練用とはいえ、戦闘対応だ」



 黒のインナーシャツは2種、ハイネックとローネック。

 白の靴下、柔らかめの黒いフィンガーレスグローブ。

 そして、俺たち狙撃志望の訓練生にだけ支給された、手の甲にチェインメイルを仕込んだ特殊グローブが最下段に入っていた。

 


「お、これ狙撃手用だな。……けっこう重いな」


「……チェインメイル入りだ」


「まじで?」


「ほら、触ってみろ」



 渡された手袋をはめると、手の甲の部分がわずかに硬い。

 中に細かな金属の網――チェインメイルが仕込まれている。



「防護目的ってことか」


「腕さえ動けば、撃てるからな」



 トラフィムの口調は、やけに淡々としていた。その“当然”を、俺はまだ実感できないでいた。



「おまえ……あんま躊躇ねぇんだな」


「……別に、そういう仕事だろ。嫌ならここにはいない」


 


 言葉に重さがあった。

 彼がここに来た理由――それを、改めて突きつけられた気がして、俺は何も返せなかった。


 



 


 制服に着替えた俺たちは、ラグの前で小さく向き合うように立った。

 まだ少し布地が硬いせいか、動きづらい。それでも背筋は自然と伸びる。


 


 俺が手袋の留め具を直していると、トラフィムがじっと見ていた。

 


「……似合ってる?」


「……まあ、悪くねぇんじゃね」


「素直に褒めてもいいんだぞ」


「……ムカつくくらい似合ってんだよ」


「お? さんきゅー」


 


 彼がこんなふうに言葉をくれるのは珍しくて、思わずにやけてしまった。

 顔をそらされると、なんだか余計に笑えてくる。


 


「おまえは? 制服を着た感想は?」


「……知らん。興味もない」


「じゃ、俺が言っといてやるよ。ちゃんと似合ってる」


「……うるせぇ」



 ぽつり、呟かれた文句にも、トゲはなかった。


 



 



 十一月の風は、肌を刺すように冷たかった。


 養成所の外構には、朝方の雪がまだ溶けきらずに残っていて、制服の裾を揺らすたび、かすかに湿った音がする。


 ブーツの革は擦れて白くなり、最初に手渡されたときの黒光りは、もうどこにもなかった。



 初めて制服に袖を通した日から、一年が経った。


 


 あれからの月日で、ショウ・アヴェリンは、ようやく「養成所生らしくなった」と言える程度には形になってきた。


 支給されたばかりの頃は肩がこってしかたなかった制服も、今では自然と馴染んでいる。


 


 二年目に入ってから、専門課程として狙撃を選んだ。


 その道を選んだのは、ほとんど必然だった。ヴィタリー教官にも言われていた通り、適性も成績も、それを裏づけていた。


 


 そして、同じく狙撃専攻の訓練生――トラフィム・マルカヴィッチとは、相変わらず“相棒”という肩書きのまま、並んで訓練を続けている。


 ……と、思っているのは、もしかすると自分だけかもしれない。


 


 そう断言しきれないのには、いくつか理由があった。


 その大半は、成績によるものだ。


 


 ショウは、生まれも育ちも、山の猟師の家だった。


 古くてくたびれた猟銃を片手に、獣を仕留めて糧とする生活が日常だった。


 だから、幼い頃から自然と銃に触れていた。


 


 家にあった銃は、どれも性能がいいとは言いがたかった。照準も甘く、撃ち出しも荒い。


 それでも、狙ったものを仕留めるのが仕事だった。


 そういう家で育ったから、感覚だけはずっと養われていたのだろう。


 


 養成所で支給された拳銃や、狙撃専攻生用の高性能ライフルは、それに比べれば遥かに扱いやすかった。


 おまけに、入隊試験では元軍人や現役の競技者が混じる中で、トップの成績を取った。


 いつの間にか、周囲からは「数十年に一人の逸材」などと呼ばれるようになっていた。


 


 そういう“肩書き”がつくと、当然ながら周囲の目も厳しくなる。


 妬みや陰口は、日常茶飯事だ。


 だが、一年間でそれにも慣れてしまった。


 心が図太くなったというよりは、そういうことに構っている暇がなくなったのかもしれない。


 


 そんなショウと、ある意味では似た立場にあるのが、トラフィムだった。


 


 最年少での入隊。


 あの年齢で、あの成績――入隊当初は「天才少年」として一躍有名人になった。


 


 年が若いだけ、などと言わせないくらい、トラフィムは優秀だった。


 体力も学力も抜けている。


 


 そしてこの一年で、目に見えて背が伸びた。


 もともと整っていた顔立ちは、さらに大人びて、今や女性訓練生たちの間ではちょっとした人気者になっている。


 ……当の本人にその気がまるでないのが、また癪だが。


 


 外見でも、頭脳でも、実力でも目立つ二人。


 本来なら、似たような立場としてもっと仲良くなれそうなものだと思う。


 だが、そう簡単にはいかなかった。


 


 天才少年――トラフィム・マルカヴィッチには、ひとつだけ致命的な苦手があった。


 


 それが、狙撃。


 


 ショウにとっては最も得意な分野であり、彼がこの養成所で評価される理由そのものだった。


 だが、トラフィムにとっては違った。


 まるで真逆。


 


 人には向き不向きがある、ということを、ショウは身をもって知っている。


 けれど、トラフィムは、そうは思っていないらしかった。


 


 毎晩、決まった時間まで狙撃場に籠もり、誰にも何も言わず、ただ黙々と銃を構え続ける姿。


 そうして夜遅くまで訓練を重ねる彼に、ショウはいつも少しばかり心配していた。


 


 努力が足りないわけじゃない。


 才能がないとも思わない。


 


 ただ――彼の中にある「負けたくない」という意地が、時折あまりにも痛々しく見えるのだった。



 手袋の縫い目を指先でなぞりながら、ゆるゆると廊下を歩く。


ブーツの足音が、薄い石床に低く響き、支給されたばかりの頃は、やけに白く光っていたこの革靴も、今では泥や擦れでくすんでいた。



(……また、やってんだろうな)



そう思いながら向かったのは、訓練棟の一角――狙撃場。

硬く閉じたドアの向こうから、小さく火薬の音が漏れている。たったひとつの発砲音。ショウはため息をひとつ、落とした。




「トラフィム」



 中からは一発、乾いた発砲音がしたあと、素早く銃を外す金属音が返ってきた。


 射撃台の奥、ゴーグルを頭にあげたトラフィム・マルカヴィッチがこちらを振り返る。


 赤茶の髪が、照明の白にきらりと揺れた。


 


「……なに」


「もう七時過ぎてるぞ。そろそろ戻らないと、寮長に怒られる」


 


 時計を指さしながらそう言えば、トラフィムはちっと舌を打ち、手際よく銃を分解しはじめた。


 口では文句を言いながらも、ちゃんと言うことは聞くのが、彼らしかった。


 


「……別に、待ってなんて言ってないけど」


「はいはい、でも俺は待つよ。相棒だからな」


 


 そう返すと、案の定ふいと顔を背けられる。


 頬が、うっすら赤かったのを、見逃さなかった。







 荷物をまとめ、ふたり並んで廊下を歩く。


 外よりはましなはずの屋内の空気も、今夜はどこか冷えびえとしていた。


 


「……なあ」


「ん?」


「こんな毎日やってて、腕痛めねえか心配になるんだけど」


 


 ぽつりとこぼした言葉に、トラフィムはすぐさま噛みついてきた。


 


「別に、あんたに関係ねえだろ」


「いや、あるんだよ。俺たち、チームなんだから」


 


 そう言えば、横からぐっと睨まれた。いつものトラフィム・マルカヴィッチだ。


 けれど、睨みつけたまま、ふと顔をそらして呟く。


 


「……別に、好きで相棒になったわけじゃねえし」


「俺は、おまえで良かったけどな」


「おれは全然うれしくない」


「そっかー、それは残念」


 

 ショウは肩をすくめながら、ふっと笑う。


 その笑い方が、どこまでも優しいのが、トラフィムにはまた癪だった。


 


「……」


 


 歩調が自然と合っていることに気づいて、ふたりは言葉を交わさずにそのまま進む。


 無言の時間は長かったが、悪い空気ではなかった。


 そんななか、不意に。


 


「あのさ」


 


 ぽつりと、小さな声が落ちた。


 


「うん?」


 


 ショウが応えると、トラフィムは言い淀んだまま、なかなか続きを言わない。


 言おうとして、飲み込んで。


 その繰り返しのあと、ふと、目をそらしたまま呟いた。


 


「……その……銃のこと、なんだけど」


「うん」


「……あの、俺、あんま、うまく、なくて……わかってんだけど」


 


 苦しそうにしながら、なんとか言葉を継ごうとするトラフィムを、ショウはじっと見守った。


 


「……」


 


 長い沈黙ののち、トラフィムはぎゅっと拳を握りしめて、ようやく吐き出すように口を開いた。


 


「……教えてほしい、んだ。銃の扱い。……あんたに」


 


 その一言が、夜の静けさを切り裂くように響いた。


 


「……」


 


 ショウは驚いたように目を見開いたあと、ふっと笑った。


 


「……そう言ってもらえるの、うれしいな」


 


 笑顔は、からかいではなく、ただ純粋に喜びを浮かべていた。


 それがまた癪で、トラフィムは顔をそむける。


 


「……やっぱいい、やっぱり、頼むんじゃなかった」


 


「いや、いや、ちょっと待てって!」


 


 慌てて止めに入るショウの声が、笑い混じりになる。


 トラフィムはそれを聞いて、ぎり、と奥歯を噛んだ。


 


「ほんと、ムカつく顔してんぞ、あんた」


「ははっ。まあ、慣れろ」


 


 柔らかい笑みを浮かべて、ショウは言った。




「もちろん教えるよ。喜んで、な」







 それから数週間。



 放課後や夜の時間を使って、ふたりはほぼ毎日、狙撃場に通った。


 照明の落ちた棟内は冷たく、吐いた息が白く浮かぶ。けれど、そこに立つふたりの額には、うっすらと汗がにじんでいた。


 


 ショウはトラフィムの立ち姿を横から見ながら、銃の角度を微調整する。


 


「肩、もう少し引いて。……そう、そう。ほら、そこがぶれてる」


 


 射撃姿勢は、ほんの数センチのズレが命取りになる。


 トラフィムの骨格はまだ若干細く、肩や腕の動きに無駄が出やすかった。


 しかしその分、吸収も早かった。


 


「ん……こう、か?」


「オーケー、完璧!」


 


 即座に反応が返る。


 トラフィムはふっと息を吐き、眉間のしわをほぐすように小さく頷いた。


 


「……っし」


 


 そんな姿を見るたびに、ショウは思う。


 


(腕はある。ただ、“誰かの型”に合わせるのが苦手なだけだ)


 


 教官たちの指導は、あくまで平均を基準としたものだ。


 “正しい構え”“標準の射角”“教本通りの操作”――それをなぞれる者は伸びやすい。


 だが、トラフィムにはその“型”そのものが、どうにも馴染まなかった。


 


 それでも、彼は一言も弱音を吐かなかった。


 


 ただ黙々と繰り返し、失敗のたびに歯を食いしばり、それでも諦めることなく立ち上がる。


 


 最初はうまくできなかった姿勢維持も、少しずつ安定してきた。


 照準にかかる時間も短くなった。


 呼吸の調整すら、わずかにだが“戦えるレベル”になってきている。


 


「トラフィム」


「……ん?」


「引き金に触れるまでの“間”、意識できてるか?」


「……できてる。たぶん」


 


 返ってきた声に、ほんの少しだけ自信が混じっていた。


 それが嬉しくて、ショウは小さく笑う。


 


「うん。いい顔してる。たぶん、おまえ、もう教官より上手いかもな」


「……何それ、冗談きつい」


「冗談じゃないって。少なくとも、あの酔っぱらい教官よりはな」


 


 トラフィムはふっと吹き出し、肩の力を抜いた。


 それだけで、狙撃姿勢はさらに安定した。


 


「ほら、今のいい。そこのタイミングで撃てれば、絶対当たる」


「……わかった」


 


 口数は少ないが、確実に彼のなかで“手応え”が芽生えていた。


 


 トラフィム・マルカヴィッチは、天才なんかじゃない。


 けれど、誰よりもまっすぐに努力し、誰よりも悔しさを知っている。


 そして、誰よりも――誇りを守るために、自分を研ぎ澄まそうとしていた。


 


 そんな彼を“相棒”と呼べることを、ショウは心の底から誇らしく思っていた。




最後まで読んでくださりありがとうございました。

なろうサイトに不慣れなので、もしタグ付けや、文章について至らないところがありましたらぜひ教えてくれたらと思います。


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