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「体力測定と意地の張り合い」

※本編で出る描写はR-15程度になります。

※BL表現は心理描写がメインになります。

002.


大ホールでのペア発覚事件(俺にとってはそうとしか言いようがない)から一夜明け、俺たち訓練生は朝早くから集合をかけられていた。


 紙に印刷された予定表の通り、この日は身体測定と基礎体力測定が行われるという。

 俺とトラフィムは、それぞれの部屋から出て合流し、養成所内の多目的ホールへと並んで歩いていた。


 


「しっかし……おまえ、表情に出ねぇのな。昨日あれだけ荒れたのに」


「……なにが」


「いや、ペアの話だよ。三年間固定って、普通もうちょっとキレるもんじゃない?」


「怒ったって変わんねぇだろ。時間の無駄」


「……冷静だなあ、おまえ」


 


 肩を並べて歩くにはちょうどいい距離。だけど、言葉のやりとりはまだぎこちない。

 昨日よりはほんの少しマシになった気もするけど、それは俺が勝手にそう思ってるだけかもしれない。


 


 多目的ホールに入ると、すでに十数名の訓練生が整列していた。

 壁際には簡易的な測定器具――身長計、体重計、握力計、ストップウォッチなどが並び、それぞれの担当官が立っている。


 


「なんだ、意外と普通だな……」


 


 用紙を確認すると、測定項目は6つあった。

・身長/体重

・胸囲/腹囲

・握力

・腕立て回数

・反復横跳び

・長距離走(5000m)


 


「なあ、これ全部やんのか……結構多くね?」


「普通だろ。田舎で山走ってただけのおまえは知らないかもしれないけど」


「すぐ田舎差別する……」


 


 くだらない言い合いをしながら、身体測定の列へと並ぶ。


 測定は想像していたよりもあっさりしたものだった。

 身長、体重、胸囲は服を着たまま。胸ポケットの荷物を一旦預けるように言われただけで、特別な採寸はない。


 


「はい、178.0。体重は――69.4。次の人、どうぞー」


 


 測定係の女性が手際よく記録をつける間に、俺は横目でトラフィムを見た。

 ややムスッとした表情で計測台に乗った彼は、数値を聞いた瞬間、あからさまに不機嫌な顔になった。


 


「169.2。……はい、次」


 


 軽く舌打ちする音が聞こえてくる。


 


「……気にすることないって。まだ伸びる年齢なんだから」


「うるせぇ、くたばれ」


「アハ、そう怒るなって」


 


 俺の笑いに、明らかに不服そうな顔をするトラフィム。

 けれど、それがいちいち面白くて、つい口角が上がってしまう。


 


 身体測定を終えた訓練生たちは順に屋外グラウンドへ誘導されていく。

 訓練用のジャージに着替えた俺たちは、すでに冷たい風が吹き始めている広い砂地のトラックへと足を踏み出した。


 


 いよいよ、ここからが本番――体力測定である。


 



「こういうのって、勝ち負けつけるやつ出てくるよな」


「……」


「……で、まさかとは思うけど、トラフィム。 おまえも燃えてたりする?」


 


 少しからかい気味に聞いたら、トラフィムはじろっとこちらを見て、皮肉げに笑った。


 


「当たり前だろ。おまえには……絶対に負けたくねぇし」


「そっか……じゃあ、こっちも本気でやるわ」


 


 握力、腕立て、持久走――どれも、力と根性のぶつかり合いだ。

 2人の記録測定は、ちょっとした勝負の場へと変わろうとしていた。


 

 ――2人は並んで最初の測定器の前へと足を進めた。

 





 最初の競技は握力測定だった。


 


「はーい、次ー! 機械に利き手をセットしてー」


 


 並んだ順で、トラフィムが先に計測することになった。


 指示通り、機械に右手をかける。細身な見た目に反して、骨ばった指先がレバーをぎゅっと握りしめる様は、まるで張りつめた獣のようだ。


 


「……うぅっ……!」


 


 測定器の針がぴくりと跳ね上がる。


「右、41.8。はい次、左手ー」


「くっ……ちっ」


 


 どうやら納得いかない数値だったらしい。

 左手はやや落ちて38.6。それでも標準よりは十分上なのだが、トラフィムの顔は険しいままだ。


 


 次は俺の番だった。


 


「はい、セットー」


「うし、やるか」


 


 力を込めて握ると、測定器がきゅっと軋むような音を立てた。


 


「右、44.1。左、42.5。はい、いいよー!」


 


「っし!」


「……ぐっ……」


 


 俺の記録を見たトラフィムが、目を細める。

 睨まれている――いや、見据えられているのかもしれない。


 にやりと笑って返すと、案の定むくれた顔をして背を向けた。


 


「ちょっと強いくらいで調子乗んな」


「調子には……うん、乗ってるかも」


「……っ!」


 


 からかえばからかうほど、反応してくれる。なんだか少しずつ、距離が縮まってる気がして、俺は内心けっこう楽しかった。


 



 


 握力測定が終わると、次は筋力測定――腕立て伏せと腹筋運動だ。



 どちらも「2分間で何回できるか」が記録対象となる。

 つまり、根性とペース配分の勝負だ。


 


「先やるか?」


「……おまえがやれ。目標ある方がやる気出る」


 


 あくまで気怠げな態度でそう言いながら、トラフィムは地面にしゃがんでこちらを見上げた。

 でも、その目つきはさっきからずっと獲物を睨む猛獣みたいで、気を抜いたら丸かじりにされそうだ。


 


 俺は呼吸を整えて、地面に手をつく。


 


「用意、始め!」


 


 上体を落とし、ゆっくり押し上げる。最初の30回は余裕があった。


 けれど、40、50と超えるにつれて、二の腕の内側がじわじわと熱を持ち始める。


 


「……53、54……あと30秒!」


 


 隣でトラフィムが正確に数えてくれている。

 少し息が荒くなっているのを見られていると思うと、なぜか変な意地が湧いてきた。


 


「――60、61、はい、そこまで!」


 


「っはぁ……!」


 


 地面に倒れ込み、汗をぬぐう。腕がぷるぷると震えていた。


 


「おお、61。なかなかいいな」


「うるせ……おまえ、60超えたらすげぇんだぞ……」


 


 トラフィムは何も言わずに交代し、すっと構える。

 地面に手をついたその姿勢は、さっきよりほんの少し、きっちり整って見えた。


 


「始め!」


 


 1回、2回……最初は機械的に、ほとんど無駄のない動作で数を稼いでいく。


 30回を過ぎても表情はほぼ変わらない。40、50……だんだん顔が強張ってきた。呼吸も荒くなる。


 


「……59、60……あと10秒!」


 


 最後の一押しに全力をかけ、彼は地面を押し上げた――


 


「61……62、……63! はい、終了!」


 


「ッッ……!」


 


 トラフィムは荒く息をつきながら、膝をついて手を振った。

 手のひらは真っ赤に染まっていたが、目だけはにやりと笑っていた。


 


「勝った」


「ちょ、まじかよ……自信あったのに」


「ふふん」


 


 続いて腹筋も、同じく2分間での計測。


 寝転んで足を押さえ合いながら、今度は俺がトラフィムの番を見守る。

 肩甲骨が地面を離れ、肘が膝に触れるたび、勢い良く呼吸が吐き出される。


 


「43、44、45……あと30秒!」


 


 こっちもまた、地味にキツい。


 トラフィムは息を切らしながらも手を止めず、ギリギリまで体を起こし続けた。


 


「……61、62、終了ー!」


「ふぅ……!」


 


「なあ、もしかして……おまえ、腕立ても腹筋も、俺より強くね?」


「そりゃそうだろ。おまえ、ひょろ長いだけだし」


「ぐ……!」


 


 俺も挑発に乗ってしまって、続けて腹筋をこなす。結果は59回。


 ギリギリでトラフィムに届かなかった。けれど、数字以上に、何かが悔しかった。


 


(ああ、こいつ……ちゃんと強い)


 


 気がつけば、彼をライバルとして認めている自分がいた。





 三種目目は反復横跳び。機敏性とバランス感覚を測る競技だ。


 


 トラフィムが先にスタートラインに立つ。


「始めッ!」


 


 ぴっ、ぴっ、と鳴るリズムに合わせて、左、右、左、右。


 細身の体を巧みに操って、地面を蹴る音が響く。


 


「記録……57回! おっ、これは上位だな」


「……よしっ」


 


 上々の出来に、本人も満足そうだ。


 


 俺も続けて測定に入るが、敏捷系はどうしても苦手意識がある。


 


「記録……52回!」


 


 合格ラインは超えているけど、トラフィムとの差はしっかりある。


「くっそ、こういうのはやっぱ苦手だ……」


「おまえ、でかいくせに動きは鈍いよな」


「くそー、勝ち誇りやがって……」


 



 


最後の測定は長距離走――5000メートル。

 トラックを10周。距離にして5キロ。見た目以上に精神力を削る競技だ。


 

 トラックに並ぶと、トラフィムが横目でこちらを見た。


 


「……絶対、負けねぇからな」


「こっちもだ。覚悟しとけよ」


 


 スタートの笛が鳴った瞬間、トラフィムはまるで弾かれたように飛び出した。

 軽いフォームで先頭集団を抜け出し、そのままトップを走り続ける。


 俺は少しだけペースを落とし、後ろから様子を伺いながら距離を詰めていく。


 


 ――四周目。呼吸が荒くなってきた頃、俺は彼の背中を捉えた。


 すれ違う瞬間、ほんの一瞬だけ、トラフィムが俺を見た。


 


 目が合う。その目は、今にも爆発しそうなくらい、強い感情を宿していた。


 


「……やっぱ、負けず嫌いだな、おまえ」


「うるっせ……走れ……!」


 


 六周目で追いつき、七周目で並び、八周目でわずかに前へ出る。


 


 ――ラストスパート。


 


 残り数十メートル、俺たちは並んで走っていた。


 もう互いに言葉を交わす余裕なんてない。ただ、ゴールだけを見て、必死に足を動かす。


 


 ――そして、同時に駆け抜けた。


 


 ざわっと周囲が騒ぎ始め、ストップウォッチを見た隊員が眉をひそめながら首をひねった。


 


「……同着。15分26秒。すげぇな、二人とも……」


 


 へたり込んだ俺の横で、トラフィムもゼェゼェと肩で息をしている。


 お互い、まったく言葉にならない。けれど、視線だけは交わして、同時にふっと笑った。

 どっちが勝ったかなんて、もはやどうでもよかった。

 


「……ったく、あんた、なんなんだよ……」


「おまえこそな……」


 

 言葉は荒い。でも、笑っていた。

 自然と、俺も笑いがこみ上げてくる。

 体力も、気力も、もう限界だ。


 けど――この勝負は、きっとまだ、始まったばかりなんだと思った。


 



 


「はい、タイム記録はこっちー。名前確認してー! はい提出!」


 


 グラウンド脇に設けられた提出所で、それぞれの結果票を回収してもらう。


 隣でトラフィムが、自分の票を出しながら、ふとこちらを振り向いた。


 


「……次は」


「ん?」


「……もっと上狙ってやる」


「……おう、俺も負けねぇよ」


 


 交わす言葉は少ないが、その中に詰まった想いは重い。


 きっと、この先もこの調子で、俺たちは競い合っていくんだと思う。


 



 


 帰り道。


 肌寒い風がジャージの裾をはためかせた。

 空は高く、夕陽が低く差し込んでいた。


 


「なあ、シャワー浴びたら、メシ食わねえ?」


「……おまえ、よくそんな余裕あるな」


「だって、腹減っただろ? 今日、いつもより動いたし」


「……俺は、休みたい」


 


 ぶつくさ言いつつも、俺の歩調に合わせて帰ってくれるあたり、トラフィムはなんだかんだ優しいやつだ。


 





寮舎に戻る頃には、日もすっかり落ちていた。

 グラウンドを走ったときはまだ明るかった空が、今では藍色に染まり始めている。


 部屋に入るなり、俺たちはほぼ同時にソファに倒れ込んだ。

 柔らかいはずもないマットレスが、今だけは天国のように感じる。



「……筋肉が死ぬ」


「死んでんのはおまえの反復横跳びのリズム感じゃね?」


「うるせぇな、おまえも腹筋のとき顔死んでたぞ」


「はァ?」


「ふふっ」


 


 思い出し笑いをこぼすショウに、トラフィムは体を起こしてラグの端に腰を落とす。

 顔の端にはかすかに笑みが浮かんでいた。


「……とりあえず風呂」


「行くか……湯船入って筋肉ほぐさねぇと、明日歩けねぇな」


 




 

共同浴場は、寮の一階にある。

 鉄製の脱衣ロッカーと、タイル張りの床が無機質な空間を作っているが、室内に満ちた湯気と微かな石鹸の匂いが、どこか安心感を与えてくれる。


 


 ザブンと湯船に沈み、肩まで浸かって深く息を吐いた。


 


「……ふぁあ~~~……」


「おっさんかよ」


「年寄りの気持ち、今なら分かるわ……全身にくるもん」


「おまえ、走り終わった後もへばってたもんな」


「おまえもだろ。膝笑ってたぞ?」


「してねーし」


 


 素っ気ないやりとりの中に、さっきまで競い合ってた名残が残る。

 けれど、どこか穏やかで、初めの頃のぎすぎすした空気はもうなかった。


 湯の中で腕を回しながら、ぽつりと声が落ちる。



「……初めてだった」


「なにが?」


「誰かと本気で競ったの」


 


 ぼそっと、湯気に紛れるような声だった。

 けれど、それが妙に真っ直ぐで、胸の奥に響いた。


 


「そっか」


「……うん。なんか、悪くないなって思った」


 


 それきりトラフィムは黙ってしまった。

 でも、その横顔がほんの少しだけ柔らかく見えて、俺はふっと目を細めた。


 

「なら、次も手ぇ抜かないでくれよ」


「当たり前だろ。今度は負けない」



 そう言って、バシャっと湯を跳ねさせてくる。

 俺も負けじと応戦しながら、少しだけ笑ってしまった。





 


 風呂上がり、火照った体を冷ましながら部屋に戻る。


 トラフィムはいつものパーカーを着て、タオルで髪を拭いていた。

 俺は支給されたばかりの柔らかいジャージに袖を通し、冷たい水を一口飲む。


 


「……さっぱりしたら腹減ったなー…… 食堂行くか?」


「用意してある。……あんたの分も、ある」


「えっ、マジ?」


「今朝の残りのスープ。余ってるし、食堂行きたくねぇから」


「……おまえ、マジで助かる……」


 


 トラフィムは「礼は明日でいい」とでも言いたげに、ひらひらと手を振った。


 小さな鍋を卓上コンロにかける音。カチャリと器を出す音。

 無言の中に、妙な落ち着きがある。



「出てくるまで出るまで起きてられっかな……」


「運動後こそ食わないとだろ。ちゃんと食って寝な」


「親かよ……」


 

 文句を言いながらも、俺は苦笑した。

 なんだかんだで、気を許してるんだろう。


 最初のころは、まさかこんな風に笑ってすごせるとは思わなかった。



 これから配属希望を出したり、制服を着たり、もっと“ミリツィア”の現実が迫ってくる。

 でも今だけは――温かいスープと、少しだけ丸くなったトラフィムの横顔を、ただ眺めていた。

最後まで読んでくださりありがとうございました。

なろうサイトに不慣れなので、もしタグ付けや、文章について至らないところがありましたらぜひ教えてくれたらと思います。


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