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「はじめまして」

※本編で出る描写はR-15程度になります。

※BL表現は心理描写がメインになります。

001.


 俺の生まれは、中央からずいぶん離れた山村――ディスリンという名の村だった。

 森に囲まれた寒村で、猟師の家に生まれた俺は、小さなころから銃を握って育った。


 父も祖父も、もっと言えば曽祖父の代から、狩猟で生きてきた家系だ。

 鹿や熊を仕留め、その毛皮や肉を街に売る。生きるための銃だった。

 そして、いつしか俺は小さな猟銃で鳥やうさぎを仕留めるようになっていた。


 動くものを正確に狙い、撃ち抜く――

 その感覚が、たまらなく好きだった。

 このまま、この村で父や祖父のように生きていくのだろうと思っていた。


  けれど――俺にはひとつ、気になっていることがあった。

 この腕を、ただ生活のためだけに使っていていいのか、という疑問。

 「この腕を、誰かのために使えないか」

 そんなことを思い始めたのは、学校で“シュコーラ”と呼ばれる中等課程を終えようとしていた頃だった。


 ある日、担任の先生が言った。


 ――「だったら、ミリツィアを目指してみたらどうだ」


 最初はよくわからなかったけど、先生は丁寧に説明してくれた。

 犯罪を防ぎ、人を守る仕事。銃を手にしても、“正義”のために撃てる場所。

 その言葉に、胸の奥がぐっと熱くなった。


「これしかない」――そう思った。


 家に帰って両親に話すと、ふたりとも「仕方ないな」と優しく頭を撫でてくれた。

 ただ、言われたのはひとつ。


「うちは貧しいから、“特待入隊”を狙ってくれ」


 “特待”――入隊試験で成績上位十名に入れば、入隊料・訓練費・寮費すべてが免除される。

 俺はもともと、それを目標にしていたから、逆に燃えた。


 残りのすべてを勉強と準備に注ぎ込み、俺は本気で狙いにいった。


 



 


 そして、試験から数週間――結果発表の日がやってきた。

 父のトラックに乗って、半日がかりで首都ヴォルナに向かう。

 舗装された道を走る振動も、初めて見る都市の建物も、すべてが別世界のようだった。


 降ろされた会場前の広場は、試験会場と同じ場所だ。

 高い塀と重厚な門。警備兵のいるその門をくぐれば、掲示板のある中庭に出る。


 掲示板の前には、すでに人だかりができていた。

 貼り出されたのは、上位二百名の名前――そして、その成績順。


 人波を押しのけるようにして、掲示板へ歩く。

 緊張で鼓動がうるさくて、息の仕方もわからなかった。

 でも、不思議なことに――名前はすぐに見つかった。


 一番から六つ、右に進んだ七番目。そこに、俺の名が、確かに刻まれていた。


 


「……や、った……! 特待だ……!」


 


 思わず漏れた声。嬉しさに胸が膨らんで、拳をぎゅっと握りしめた。


 ――そのときだった。


 


「ふぅん、あんたも特待?」


 


 背後から、抑揚のない声が聞こえた。

 驚いて振り返ると、そこには一人の少年が立っていた。


 くすんだ灰色のパーカーのフードを深く被り、顔はよく見えない。

 けれど、目元の印象が強い。少したれたその目は、どこか無気力で、けれど鋭い。


 幼くも見える顔立ちだけど、俺と同じくらいの年だろう。

 少年は、こちらを一瞥して、再び呟いた。


 


「あんた、いくつ」


「え、十八……」


「へぇ……」


 


 にまりと笑って、掲示板の一番上――一位の名前を指差した。


 


「俺、トラフィム。ま、特待同士、頑張ろうぜ」


「あ、うん! よろしくな!」


 


手を差し出され、思わず慌てて手を伸ばす。けれど――その手は、すっと引っ込められた。


 俺の手は、空を掴む。ぽかんとしていると、彼――トラフィムはにやりと笑った。


 


「よろしくする気はないけど?」


「……は?」


 

 まるで悪戯に成功した子供のような顔。 その目は、俺を見下ろすように細められていた

 その言葉に面食らっていると、さらに追い打ちをかけるように言葉が降ってきた。


 


「見た感じ、町外れから来た田舎もんだろ。だったら尚更さ」


 


 ――カッとなった。

 確かにそうだ。俺は、ディスリンの生まれ。訛りだって完全に消えたわけじゃない。


 でも、それを理由に“よろしくしたくない”なんて、あんまりじゃないか。


 言葉には出さなかったが、むすっとして睨み返し、無言で背を向けた。


 人を、土地で値踏みするような奴に、こちらから関わる理由はない。

 自分にそう言い聞かせながら、父の待つトラックへと歩いた。


 ――もう、あんなやつとは、関わることもないだろう。

 その時は、本気でそう思っていた。







 父とともに首都ヴォルナへ向かう道中、トラックの中は静かだった。

 揺れる車内、窓の外を流れる山々は、どこか俺の故郷――ディスリンの森に似ていた。


 トラフィムのことが頭をよぎる。ふと、父さんに話してみた。


「結果発表のとき、変なやつに会ったんだ」


「そうか」


「“田舎もんとはよろしくできない”って、言われた」


 しばしの沈黙。父さんは笑って、俺の髪を撫でた。

 その手は少し固くて、ごつごつしているけど、あたたかかった。


「その子とは、きっと命を預け合う仲になるよ」


「第一印象、最悪だったけど?」


 俺がむくれて返すと、父は笑った。からからと、乾いた声だったけど、懐かしい響きだった。


「ははは、そんなもんさ。だからこそ、大事にするんだよ」



 俺はその言葉の“もしも”を、少しだけ考えてみた。

 あり得ないよ――と呟いた俺の声を、父の笑い声が優しくかき消した。


 けれど俺は、その未来を、ほんの少しだけ想像してしまった。







 ヴォルナの空気は、冷たかった。

 ディスリンの朝に似た匂いがする。けれど人の気配はまるで違う。

 広大な養成所の門の前に立ち、俺は自分の人生がここで変わるのだと、実感した。


 養成所の寮に入った俺は、支給された部屋のドアを開けた。

 これからここで、見ず知らずの誰かと二人で暮らしていく――そんな実感が、じわじわと迫ってきた。


 まだ誰もいない室内。俺は荷物を置き、片側のベッドに腰を下ろした。

 隣には、空のベッドが一つ。どうやら二人部屋らしい。


 共同生活か……俺、人見知りなのに、大丈夫かな。


 少し不安を感じた俺は、鞄の中から銃を取り出した。

 これはじいちゃんの形見で、父が命拾いしたときに握っていた銃だ。


「不安なとき、これを握れ。そこに俺たちがいると思え」


 父の言葉を思い出しながら、銃身に指を滑らせる。冷たさが、心を静めてくれた。


 父の言葉を思い出しながら銃を撫でる。金属の冷たさが、不思議と心を落ち着かせてくれる。

 長旅と慣れない荷解きの疲れもあって、俺はそのままベッドに倒れ込んだ。


 ふと、眠気が襲ってきて、まぶたが重くなった。


 


 ――が、眠りに落ちる直前。


 


 ガチャリと、ドアの開く音。


 


 とっさに飛び起きた。閉めたはずのドアが開いたということは、つまり――同室者が来たということ。


 足音が近づいてくる。廊下から、ぼそぼそと独り言のような声も聞こえる。


 俺は緊張しながらドアに近づき、そっと開けた。


 思わず背筋を伸ばし、ベッドから飛び起きた。

 廊下から誰かの足音が聞こえる。廊下で誰かが、ぼそぼそと何かを呟いている。


 ――おそらく、同室者。


 緊張で喉が渇く。どうしよう、怖い人だったら……うまくやれるだろうか。


 銃をぎゅっと握り締めたまま、ドアの方へゆっくりと歩く。

 ノブに手をかけて、そっと開いた。


 「……あ」


 扉の向こうにいたのは、まさかの――あの少年だった。


 灰色のパーカーに深くフードを被っているせいで、やっぱり顔はよく見えない。

 けれど、アメジストのように澄んだ瞳と、無愛想なその声。間違いない。


「……あんたが、同室かよ」


「……うん、悪いな」


 あの日の宣言が、見事にひっくり返った。申し訳なさで、つい謝ってしまう。

 彼はふぅん、とそっけなく呟いて、無言で部屋に入っていった。


 ……宣言通り、“よろしくしない”つもりらしい


 



 


 翌朝、目を覚ますと、まだ同室の少年――トラフィムの姿はない。

 空腹を覚え、寮の廊下に出ると、パンとハムの香りがふわりと漂ってきた。


「うわ、いい匂い……」


「……そりゃどーも」


 ぼそりと返ってきた声に驚いて振り向くと、台所から顔を出したのは――


「トラフィム、くん……?」


「なんでかしこまってんの。呼び捨てでいいし」


 フードを脱いだトラフィムは、赤茶がかった髪を無造作に垂らしていた。

 どこか色素の薄い髪と、透き通った瞳が、静かな朝の光に溶け込んでいた。


「……じろじろ見ないでくれない?」


「あっ、ご、ごめん!」


 つい見とれていたら、いつもの無愛想で返された。


「飯いるの? いらないの?」


「あ、食堂使おうかと思ってて……」


「……よく知らない人間の作った飯、よく食えるな」


「……そう言われると……」


 トラフィムはふいっと目線を逸らし、ぽつりと呟いた。


「……別に。なんなら、あんたの分も作るけど」


「……え、いいのか?」


 こくりと小さくうなずいたトラフィムの顔は、少しだけ、昨晩よりやわらかく見えた。

 彼なりに、歩み寄ってくれたのだろうか。


 嬉しくなって、自然と笑みがこぼれた。


「じゃあ……頼むよ」


「……ああ」


 背中を向けて台所へ戻っていく彼を見て、なんだか胸が温かくなった。


 ――もしかしたら、うまくやっていけるかもしれない。


 



 


 食事を終えたあと、予定表に記載された内容を確認する。


 どうやら今日の十時から、全員が大ホールに集まることになっているらしい。

 しかも、「同室者とペアで行動すること」と明記されていた。


 俺は少し不安になった。今朝の雰囲気は悪くなかったけど、まだ打ち解けたとは言えない。

 果たして、トラフィムは俺と一緒に行ってくれるだろうか。


 


 ――けれど、その不安は、もっと大きな“驚き”に変わることになる。

「おまえ、食べんのおせぇんだよ!」


「さっきから謝ってるだろ!」


 


 俺たちはぎゃーぎゃー言い合いながら、大ホールへと続く道を全力疾走していた。

 理由は単純。俺が朝食を味わって食べ過ぎたせいで、集合時間が迫っていたのだ。

 トラフィムはといえば、とっくに支度を終えていたらしく、俺の遅さに振り回された格好だ。


 


「てかなんで飯食うのに一時間かかるわけ!? 人間じゃねえだろ!」


「うちの村では朝食はちゃんと味わうもんなんだよ!」


「知るかそんな田舎の掟!」


 


 必死で足を動かしながらも、口は止まらない。

 寮から大ホールまではそこそこ距離があり、しかも、同室者とペアでないと入れないというルールがあった。


 つまり、トラフィムは完全に俺の巻き添えだ。文句を言われるのも当然ではある。


 


「……てか、あんた、よくついてこれるな」


「は? なにが?」


 


 ちらりと横目で見てきたトラフィムの顔には、わずかな驚きが浮かんでいた。

 その瞳には、少しだけ、期待するような、でも寂しさも滲んでいて――よく見えなかった。


 


「俺に……ついてこれるやつなんて、いなかった」


 


 走りながら呟かれたその一言は、風の中に掻き消えそうなくらい小さくて。

 でも確かに俺の胸に残った。


 ……なんだか、少しだけ、この無愛想な相棒が気になった。


 


 大ホールに着いたのは集合の五分前。

 入り口にいた先輩隊員らしき人物に叱られ、「すみません」と頭を下げて滑り込む。


 中にはすでに数百名規模の訓練生がずらりと整列していて、その壮観な光景に、俺は思わず息を呑んだ。


 


「うわ……すげぇな……」


「……何驚いてんだ。見てる暇あったら席探せよ」


 


 やはりトラフィムはブレない。

 俺たちはそれぞれの名前が記された席を探し、ようやく指定席に腰を下ろした。


 


 まわりを見渡すと、未成年と思しき訓練生の姿もちらほら見えるが、全体的には年上が多い印象だ。

 中にはかなりの大柄な男もいて、早くもこの場所の空気に呑まれそうになる。


 


「……あんた、ショウだろ?」


「えっ?」


 


 突然、隣の席から声をかけられた。

 振り向くと、柔和な笑みを浮かべた中年男性がこちらを見ていた。


 目尻に刻まれた皺と、少しだけ垂れた目がどこか親しみやすい。


 


「君、狙撃試験、トップで通過したんだってねぇ」


「え、あ、そうなんですか……?」


「しかも、年齢は十八。……そりゃ噂にもなるさ。素晴らしいよ」


 


 驚いていると、彼はわははと気持ちよく笑い、俺の背をバンバンと叩いてきた。

 俺は驚きと照れで固まってしまう。こんなに親しげに話しかけられたことは、そう多くない。


 


 すると、すぐ横から舌打ちが聞こえた。


 


「……おっさん、うるさいんだけど?」


「おぉ、そこのフードの小僧は……トラフィムだな。最年少合格者!」


 


 そのやりとりに、さっきの男――中年訓練生がさらに声を上げて笑う。

 どうやら彼、知識だけでなく、同期の顔と成績まで把握しているらしい。


 


「……知識を見せびらかすのも大概にしなよ。迷惑」


「わっははは! 生意気なガキだな! いや、いい! そのくらい尖ってる方が面白い!」


 


 相手の態度にもまったく動じず、豪快に笑うその姿に、俺は思わず苦笑してしまった。

 彼の名はイーゴリと名乗った。年上ではあるが、どうやら俺たちと同期らしい。


 


「ま、ここで会ったのも何かの縁だ。仲良くしてくれよ、ショウ。……トラフィムもな」


 


 あまりに自然な笑顔に、トラフィムすらも文句を返さなかった。

 これは……本当に稀有なことだ。


 


 そして、会場が静まり返ったのは、その直後だった。


 照明が落ち、舞台の上に一人の男が現れた。


 


 白髪混じりの髪と、威厳ある姿勢。

 身に着けた軍帽と制服の色が、まわりの教官たちより明らかに重い色味をしている。


 ――この人物こそ、人民警察総局 総局長。


 


「これより、新入訓練生への歓迎を行う!」


 


 マイクを握って高らかに声を張るその姿は、まるで式典の校長先生のようだった。


 


 やれおめでとうだの、努力を忘れるなだの――

 言ってることはまったく間違っていないのに、不思議と眠気を誘うような内容だった。


 


 俺は目をこすりながらも何とか耐えていたが、両隣――トラフィムとイーゴリは、見事に船を漕いでいた。


 


 そして、ようやく話が終わり、総局長が退場すると、代わって何名かのミリツィア隊員が現れた。


 書類のようなものを持っていて、それを前方の机にどんどん並べていく。


 


「――あの、失礼。いま配ってるのって……?」


「班編成とペア割り振りだそうだ」


「……ペア……?」


 


 ちらりと横を見ると、トラフィムが眠そうにまばたきをしていたが、すぐに紙を見て目を細めた。


 


 そして、俺の手元にも同じ紙が届く。そこには、俺の名前と共に、配属希望欄――そして、三年間の訓練ペアの名前が明記されていた。


 


ショウ・アヴェリン

パートナー:トラフィム・マルカヴィッチ


 


「………………え?」


「……あ?」


 


 隣で紙を覗き込んでいたトラフィムも、目を細めて呟く。


 


「三年間……一緒……って、書いてあるな。……取消不可、だとさ」


「……お、おい……これって……」


 


 俺とトラフィムは、同時に顔を上げた。

 周囲では、同じように騒ぎ出す訓練生の声が飛び交っている。


 


 ――どうやら、ペア制度というのは、本当に“ペア”として三年間固定で動かされるということらしい。


 養成所での訓練も、実習も、事件対応も。

 すべて、同じ人間と“二人一組”で動く。


 


 イーゴリがどこからか現れて、紙をひらひらと掲げた。


 


「おーい、おまえら~。仲良くなれよ、天才コンビ!」


「……ふざけんな……!」


 


 トラフィムが眉間に皺を寄せて呟くのを見て、俺はそっと微笑んだ。


 


「……まぁ、三年間……よろしくな」


「……はあ……嫌だぁ……」


 


 俺が差し出した手を、ため息まじりに渋々握り返すトラフィム。

 その温度が少しだけ伝わってきて、なんだか笑いがこみ上げてきた。


 


 まさか、“よろしくしない”と言っていた相手と、これから三年間も一緒に行動することになるなんて――

 人生、なにが起きるかわからないものだ。

最後まで読んでくださりありがとうございました。

なろうサイトの使用は初めてなので、もしタグ付けや、文章について至らないところがありましたらぜひ教えてくれたらと思います。

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