9.前世の夢
ノエル様に城に送ってもらった後は晩餐まで別行動だった。
昼食を食べ、朝教えてもらった通りに、トーマスに城内も案内してもらう。
晩餐はノエル様と共にいただき、一日の終わりにベッドに入ると、何も考える間もなく眠りに就いた。
* * *
瘴気が満ちた森の中を、私は、自分たちの周りだけ必要最低限を浄化しながら歩いていた。
隣には、神殿で保管されている女神から授かったという聖剣を背負っている青年の姿がある。
(これ、前世の私――レーネの夢ね……)
途中でそう気が付いたものの、夢は覚めない。
「――なぁ、レーネ」
青年が口を開く。
「なに?」
「……魔王討伐が終わったら、結婚しようか」
「えっ、嬉しい!」
現在、レーネは勇者と共に魔王が存在すると思われる場所に向かっているところだった。
魔王は数百年に一度、現れる。
普通の魔獣が倒す時に瘴気をあふれさせるのに対し、魔王は存在するだけでその場に大量の瘴気を放ち、多くの魔獣を生み出す存在だ。
瘴気が満ち、魔獣が際限なく増えていった先にあるのは世界の破滅。
それを止めるために、女神から神託が下り、勇者と聖女が選ばれ、魔王を討伐する使命を託されるのだ。
レーネが生まれた時に神託が下りたそうで、レーネは生まれてすぐに神殿に引き取られて育てられた。
十六歳になった年。
神託通りに魔王が生まれ、同じように、別の神殿に引き取られて育てられた勇者と引き合わされ、魔王討伐に旅立った。
その道行きで、レーネは勇者と恋人関係になったのだ。
でも、将来を約束するような言葉は今までもらえていなかった。
魔王討伐が無事に終わっても、世界に撒かれた瘴気は消えない。
神殿から、魔王討伐後は、世界を回って瘴気を浄化することになるとは言われていた。
そうなったら、理由もない限り勇者とは別行動となる。
魔王討伐後は、勇者に共に行動してもらう必要は無いからだ。レーネはこれからについてどう考えているのだろうと不安に思っていた。
だからプロポーズの言葉がとても嬉しかったことを、目の前の二人の姿を見ながら思い出していた。
(そして、この後、苦労もあったけれど、勇者は魔王を討伐して、私は討伐と同時に魔王からあふれる瘴気を浄化したのよね)
存在するだけで瘴気を生み出す魔王だが、倒した時も魔獣の時と同様に、瘴気を放つ。それは生きている時以上の量であり、聖女として修行を積んできたレーネの全力で対応する必要があった。
思考に沈んでいる間にも夢の光景は進んでいき、それなりに苦労をしつつ、瘴気の浄化が終わっていた。
レーネは、瘴気を一通り浄化し尽くした後、念のためにと残った魔王の骸にも浄化魔術をかける。
それは多分、本当に思いつきだった。
浄化魔術をかけるために触れた魔王が、あまりにも冷たく孤独な気配をまとっていたから――。
「来世では、今度は、魔王なんかに生まれず、あなたもごく普通の幸せを感じられる人生を歩めますように」
浄化を終えた後、そう女神様に祈りを捧げる。
「おい。お人好しだな。魔王にお前の祈りはもったいないだろ」
「いいじゃない。この人だって、好きで魔王になったわけではないと思うわ。そう生まれてしまっただけ。なら、今と何の関係もない来世では、幸せになってもいいと思うの」
「……勝手にすればいい」
不機嫌な勇者に構わず、レーネは満足いくまで祈りを捧げたのだった。
* * *
気が付くと朝を迎えていた。
(なんで今更、前世の夢を……?)
幼い頃は、それこそレーネの記憶で印象深いところをかいつまむように、前世の夢を見ていた。
でも成長するにつれて、あまり見なくなっていき、最近はほとんど見ることはなくなっていた。
(久々に見るな……)
その時、私は気が付いた。
(そういえば、あの魔王の魔力――、ノエル様の魔力と似てる……)
魔力は魂に由来する力とも呼ばれている。
生まれ変わった私が前世で使えていた浄化魔術を使えるように、ある程度は魔力なども引き継がれるのだ。
ノエル様の魔力は、あの魔王のように冷たく孤独な気配をまとっていなかったが、本質の部分に似た雰囲気があった。
言葉を当てはめるならば、一途さや純粋さという感じだろうか。
魔王に対して持つ印象ではないかもしれないが、瘴気をあふれさせる程の絶望の裏側に、息を呑むほどに美しい、優しい世界に対する憧れがあったのだ。
(似ていると思ったから、夢を見たの? 思い違いかしら……?)
あくまで夢の記憶をもとにした不確かな感覚的だ。
私が前世を覚えているように前世持ちは稀にいるようだが、ノエル様に直接「あなたの前世は魔王ですか?」なんて失礼なこと聞けるわけがない。
たとえそうだとして、前世が今に何か関係するだろうか。
私が、今シャルロットとしてレーネとは違う人生を選んでいる。誰もが前世と違う人生を生きる権利がある。
もし前世魔王だったからって、今世の私には関係はない。
私の目標は、幸せな家庭を築くこと。
幸い、ノエル様からは、妻として扱ってもらっている。
次に頑張るべきことは、この辺境伯領の人達に辺境伯夫人として、ノエル様の妻として、認めてもらうことだ。
「よし、細かいことは気にしない! 私は今日も頑張るわ!」
「おはようございます、シャルロット様。本日もお元気そうでなによりです」
扉の方から挨拶が聞こえ、反射的にそちら向くと、シンディが扉をやってきているところだった。
「ひゃっ! シンディだったのね。今日も良い朝ね。それで、いつの間に来ていたの……? まさか私、声に出していた?」
「『細かいことは気にしない』と気合いを入れられているところから、拝聴いたしました」
「そ、そう。今日はトーマスに辺境伯夫人のお仕事を教えてもらうから、頑張らないとと思っていたのよ」
「そうでしたか。しかし、既にシャルロット様は辺境騎士団からの絶大な支持を築かれております。そのように気合いを入れられなくとも、お立場は盤石かと」
「そんな、浄化魔術を使えるからといって、来たばかりの私に、絶大な支持をいただけるわけはないじゃない」
「ご自覚をお持ちくださいませ……。あいにく、私は直接目にすることは敵いませんでしたが、昨日のシャルロット様の浄化魔術は、世が世ならば、聖女と言われる程の素晴らしさだったと聞いております」
「そんな! 聖女様はもっとすごいわよ! ……きっと!」
何故か困った子を見るようなシンディの視線に首を傾ける。
「……これは、旦那様にご相談しておかねばですね」
「えっ、シンディ? 何を言うの?」
「私の心配し過ぎかもしれませんが、シャルロット様の身辺を警護していただく者を置いていただいた方がよろしいかと思います」
「そうかしら……? 私にはわからないから任せるわ。では、今日も一日よろしくね」
そして、身支度をしてもらい、ノエル様が迎えに来てくださるのを待つのだった。




