8.騎士団
副騎士団長達から謝罪を受けた後、副騎士団長と受付の騎士が先に退室する。
「では、折角の機会だ、この駐屯所を案内しよう」
そして、何故か抱き上げられる。
「あの、どうして……? 今日は浄化魔術も使っていませんし、自分で歩けます」
このやりとりも何度目だろう。
流石に、今回はもう少し強く抵抗するべきだろうかと断る言葉を考えようとしていた時だった。
「シャルロットに悪い虫がつくから、このまま行く。私の妻だと見せつけておかなければ」
「昨日も、十分、見せつけておられました」
「だめだ。勤務の関係で昨日いなかった者もいるから、譲ることはできない」
断言されて私は言葉を無くすしかなかった。
(昨日お会いしたばかりよね……? 私、そこまでノエル様に気に入られるようなことしたかしら……?)
婚約を申し込まれ、私の浄化魔術が目的の結婚だと思ったからこそ、形ばかりの夫婦ではなく、相思相愛夫婦になろうと提案した。
でも、ノエル様の態度は、私がお願いしたからとはいえ、とても政略で迎えた妻に対するものではない。
(これが演技だったら立ち直れないわ。それに、別の方と思い違いなんてこと、ないわよね……? もし後から勘違いだとわかってしまったら、どうなるの……?)
もし勘違いだったと言われてしまえば、そう考えた際に走った胸の痛みに、私は気が付かない振りをする。
(まだお会いして一日よ。簡単に好きになったりしないわ……!)
考えている間に応接室を連れ出され、説明が始まっていた。
「もうシャルロットも知っているだろうが、まず、この建物だが、一階に受付と応接室、医務室がある。他に事務室と給湯室があり、二階に会議室と私の……騎士団長の執務室となっている」
もう見られることは諦めて、私は顔を上げる。
今日は昨日よりも騎士の姿が少なく、ぎょっとして注目されることがないのが救いだ。
一階を見終えると、ノエル様は息を切らすことなく二階へと向かった。
「重くないのですか?」
「羽のように軽いよ」
そんな会話をしながら、ノエル様は階段を上がりきると引き続き部屋の説明をしてくれながら、奥の部屋に向かう。
「手前が会議室で、この突き当たりの部屋が私の執務室だ」
「結構広いのですね」
騎士団長のための部屋には大きな執務机が置いてある。
部屋の奥にも扉があるのに気が付いて、思わず尋ねた。
「あちらの扉は?」
「仮眠室だ」
「こちらに泊まられることもあるのですか?」
「私は今まで使ったことはないよ。ただ、緊急事態が起きた際には、対策でこちらに泊まり込みになるとは聞いている」
「緊急事態とは、どんな時でしょう?」
首を傾けていると、ノエル様は教えてくれた。
「数十年に一度の頻度で、混沌の森から強い魔獣が出てくることがあるそうだ」
「なるほど……」
「大丈夫。心配は不要だ。私が、何があってもシャルロットを守る」
真剣な表情でじっと顔を見下ろされ宣言され、私は息を呑んだ。
急に、抱えられている胸の厚みや、ノエル様の体温が気になってしまう。
でも、腕の中に抱えられているので逃げ場はない。
(ずるい……。そんな風に言われたら……)
先程、簡単に好きになるわけがないと思ったばかりなのに、今度こそ揺れてしまった心に気がつかない振りをすることはできなかった。
同時に、恋をすることに対して怖いという感情も沸いてくる。
今更ながら、心の深いところで、元婚約者に捨てられてしまったのに、今度もまたそうなってしまわないかという恐れがあることに、気がついてしまったのだ。
(あんな人とノエル様は違うのに……)
まだ少ししか一緒に過ごした時間はないけれど、ノエル様が信頼できる人だというのは感じている。
「シャルロット?」
名を呼ばれ、我に帰ると、不安げな色をにじませるノエル様と目が合った。
私らできるだけ冷静に見えるように意識して微笑む。
「……心配はしておりません。その時は私もお手伝いをしたいと思っていました」
「シャルロットに無理をさせるつもりはないが、そう言ってくれる気持ちがとても嬉しい」
キラキラとした効果をまとっているかのように、ノエル様の笑顔が輝いて見える。
意識してしまったからか、ノエル様を正面から見つめられない。
そんな私の反応にどう思ったのか、ノエル様は満足げに頷き、部屋を出る。
「一通りこの建物の説明は終わりだ。他の建物もあるが、そちらは宿舎や、屋内訓練場、更衣室などだからシャルロットが入ることはないだろう」
ノエル様は建物を出ると、演習場に向かいながら説明してくれる。
そうしながら、先程はちらほら見かけた騎士がいないことに気が付く。
(何か緊急事態が……?)
疑問に思うものの、駐屯所の中は穏やかな空気が流れており、あまり緊急事態が起こっているようには見えない。
「そして、ここが演習場だ――」
演習場の壁の内側はスタジアムのようになっており、中央の空間を囲むように見学席が作られている。
説明を受けつつ、円形の壁に囲まれるようになっている建物に入った時だった。
「まぁ……!」
私達を整列した騎士達が迎えてくれていた。
三百人以上いるだろう。
その彼らが甲冑に身を包み整列しているのは、遠目にも壮観だった。
ここに集まっていたから、建物内で見た騎士が少なかったのだと納得がいく。
「ノエル様、下ろしてくださいませ」
今回は流石に素直に言うことを聞いてくださり、私はノエル様にエスコートされて彼らの前に進む。
彼らの正面に立つと、全員が揃えたように跪いた。
「顔を上げよ」
全員の視線を受け、ノエル様が言う。
「昨日、私は妻を迎えた。シャルロットだ。ヴィアール伯爵家出身で、浄化魔術の使い手だ。神殿の奉仕活動にも積極的に参加し、王都で六年もの間、経験を積んでいる。実力だけならこの辺境で一番と言っていいだろう。ありがたいことに、その経験を生かし、この騎士団にも協力してくれると言っている。シャルロットに対する時は、私に対するものと同じだけの礼節を持って接するように」
ノエル様の発言の後、私も一歩前に出る。
「昨日、このルフォール辺境伯領の領主ノエル様に嫁いで参りましたシャルロットです。ノエル様の妻として、危険な任務に就かれる騎士の皆様のお役に立ちたいと思います。これから、どうぞよろしくお願いいたします」
カーテシーを行い、顔を上げると騎士も敬礼を返してくれた。
ふと思いついてノエル様に尋ねる。
「ここで、浄化魔術を使ってよろしいですか?」
「もちろんだがいいのか?」
驚くノエル様に頷き、騎士達の方を向く。
「では、これから皆様に私の浄化魔術を披露いたします」
そして、胸の前で手を組むと、浄化魔術を発動する。
「悪しき息吹、神の御手にて清められん」
ノエル様を含め、全員に浄化魔術が発動し、どよめきが上がる。
どうやらうまくいったようだ。
流石にこれだけの人数に一気に魔術をかけると魔力消費が激しいが、私は魔力も多いので問題ない。
隣を見ると、心配げにノエル様が私を見ていた。
「この人数を一度に……。シャルロット、魔力は大丈夫か?」
「はい! 少し疲れましたが、大丈夫です。あっ、でもお昼は多めにいただきたいです」
「わかった。伝えておこう」
そう言うと、ノエル様は表情を引き締め言葉を発する。
「シャルロットの実力は、今、皆が体感したとおりだ。そして、何より、彼女は私の最愛でもある。シャルロットを傷つけたものはこの辺境領で生きていけないと思え。以上だ」
そして、私を抱え上げると踵を返した。
「ノエル様っ」
抗議をしようとした私に、困ったような表情を浮かべる。
「問題ないとは聞いたが、少し顔色が悪い。騎士達のためにしてくれたのだ。これくらいはさせてほしい」
まさか心配からだと思わず、私は驚きのあまり抗議の声を引っ込めるのだった。