6.初夜?
部屋に帰って、寝仕度を調えてもらった後。
寝室に入った私は、重大な問題に気が付いてしまった。
(そうだ! 私、結婚したのよね……!)
夜は夫婦の寝室に行った方が良いのかしら。
一応、寝室の奥にそれらしい扉があって、その向こうにも寝室があるのも確認した。
(鍵が開いていたってことは、いつでも行っていいってことよね)
どちらの寝室を使っても、ノエル様は気にしないだろう。
だが、結婚して欲しいと言ったのは私で、相思相愛夫婦となりたいと言ったのも私だ。
ならば、きちんと、私にそのつもりがあるという行動を取る必要があるだろう。
夫婦の寝室の方に向かい、私はそっと大きなベッドの端に腰掛ける。
(初夜って何をするのかしら……?)
閨の教育は、夫となる人に身を任せなさいってことしか教えてもらっていない。
今日一日、色んなことがあったからか、ベッドの柔らかさがとても心地よい。
(少しくらい、いいかしら)
ほんの少しだけのつもりでベッドの端っこに横たわる。だが、気が付くと疲れもあって、私は眠り込んでしまっていた。
「……ット、シャルロット、起きるんだ」
夢の中で、今日顔を合わせたばかりのノエル様が困った顔をしている。
ノエル様も眠るために仕度を調えたのか、くつろいだ恰好だ。
「ふふ……、前髪、下ろし……ても、……すてき……」
「……参ったな。これじゃ、本当に……。いや、ダメだ。シャルロット、自分の部屋に戻りなさい」
ノエル様の狼狽した声が聞こえるが、私は強い眠気に逆らえなかった。
「ごめ……なさ……、また、あすに……」
気が付くと、私は自分の部屋のベッドに横たわっていた。
「えっ、どうして?」
夫婦の寝室に繋がる扉に向かうと、鍵がかかっている。
「あれ?」
昨日は確かにあちらに入れたはずなのに。
「追い出されてしまった……?」
寝室について、きちんと話をしなかったからだろうか。
白い結婚については断固拒否だ。
「これは、話し合いの余地ありだわ!」
幸い、朝食には昨日のうちに誘われている。
私は朝から闘志を燃やすのだった。
起こしにきてくれたシンディに身支度をしてもらい、ノエル様の迎えを待つ。
「シャルロット、迎えに来た」
昨晩の件についてどう言おうと考えていると、現れたノエル様を見てぎょっとした。
「ノエル様?」
目の下の隈が酷く、寝不足の様子だ。
「どうなさったのですか?」
驚きながらも、回復魔術をかける。
すると、少しは疲労は取れたようだ。
「夜に、魔獣が出たのですか?」
首を傾ける私に「自覚がないのか……?」という呟きが聞こえるが、どういうことだろうか。
「魔獣は出ていない。……回復魔術をかけてくれて、感謝する。少し聞きたいことがあるのだが」
「なんでしょう」
「どうして昨日、夫婦の寝室にいたのだ?」
「鍵が開いておりましたし、結婚をしたのでと思いました。昨日は初夜というものではなかったのですか?」
「……色々と意見の相違があるようだな。初夜でどういうことをするのか、知っているのか?」
尋ねられて私は首を振る。
「……夫となる人に従いなさいとしか」
「そうか。なら、私は、式を挙げるまでは初夜を迎えるつもりはない。それまでは、シャルロットも自分の寝室を使って欲しい」
「私は白い結婚は断固拒否です!」
そう主張すると、ノエル様が据わった目つきで私を見る。
「そもそも、当初は結婚まで客室で過ごしてもらうつもりだったんだ。鍵の確認をせず部屋に通してしまったのはこちらの落ち度だが、夫に従うというのならば、従ってもらおう。それに、私も白い結婚にするつもりは一切無い!」
「なら、どうして……?」
疑問を浮かべる私に、ノエル様は一つ息を吐くと微笑んだ。
だがそれは、今まで見たことがある優しい笑みではなく、どこか怪しい色気を放っている。
「わからないのなら、仕方が無いな?」
そして、抱き込まれると、唇に柔らかな感触が重なる。
(あれ……? この魔力、どこかで……?)
最初は触れあったところから流れ込んでくる魔力に気を取られたが、一瞬遅れてキスをされているのだとわかって、思考は霧散する。
ついばむように繰り返されるキスに、だんだんと体に力が入らなくなり、最後にはノエル様の服をすがるように握りしめていた。
ようやく解放されたかと思うと、艶のある声で囁かれる。
「初夜には、これ以上のことも行うのだが」
「ひゃ……! わ! わかりました! しょ、初夜は式の後で結構です……!」
「わかってくれて嬉しいよ」
すっかり力が抜けた私に、ノエル様ははっとした顔で尋ねる。
「怖がらせてしまった?」
「そ、それは大丈夫です。そのっ、嫌ではありませんでしたからっ」
「っ、また、そういうことを……!」
苦しげに眉を寄せるノエル様に首を傾ける。
「ノエル様?」
「……よくわかった」
「?」
「私も結婚したからと、浮かれている場合ではなかった。式までに私を意識してもらえるよう、努めねばということがな」
「お、お手柔らかにお願いします……?」
「それは、シャルロット次第だな」
その言葉に、私はただ曖昧に微笑むことしかできなかった。
ノエル様は気にした様子もなく言う。
「さて、少し遅くなったが朝食に向かうとしよう」
エスコートをしてくれようとするが、私は動くことができずに首を振る。
「どうした?」
「その、腰が抜けてしまったようです……」
「そうか。ならば、こうしよう」
そうして、本日も横抱きに抱き上げられ、私は朝食に向かうのだった。