5.晩餐
部屋に戻ると、ノエル様は「また晩餐の時間に、部屋に迎えに行くから」と言い置いて、騎士団の元に戻られた。
ノエル様の姿が見えなくなって、私はようやくドキドキしていた心臓を落ち着かせることができた。
同時に、冷静な思考が戻ってくる。
部屋に戻るまで、城に勤める人達にぎょっとしたように見られることが多かった。
騎士団からこの部屋まで結構な距離があった。
私としても、夫婦仲が良いと広がる分には嬉しいが、やり過ぎて仕えてくれている人達に嫌われたくはない。
気になって、シンディに聞いてみる。
「来て早々、ノエル様に甘え過ぎな悪妻って言われないかしら……?」
「ご夫婦の仲が睦まじいと広まったことでしょう」
「シンディはそう思ってくれたのね」
なら、大丈夫だろうか。
ノエル様の態度は、最初に私がお願いしたからだろう。
考えていた以上にノエル様が協力的なのは嬉しい。
それだけ私の浄化魔術に期待されているのだと、改めて気を引き締める。
(騎士様の怪我、酷かった……。あのような怪我を日常的になさっているのならば、私への期待も高いわよね)
ならば、私も、ノエル様や騎士団の皆様からの期待を超える働きをしなければ。
決意していると、シンディに遠慮がちに声をかけられる。
「シャルロット様。そろそろ晩餐のお支度を始めた方がよろしいかと」
「あっ、もうそんな時間なのね! シンディ、よろしくお願いね」
そして、シンディに促され、晩餐の仕度を始めるのだった。
晩餐の時間。
騎士団に行く前に選んでいたドレスを身に付け待っていると、ノエル様が迎えにきてくださった。
「先程は浄化魔術を使ってくれたこと、あらためて感謝を。体調は問題ない?」
「はい。あれくらいでしたら全く問題ありません。騎士様のご体調はどうですか?」
「あれから目が覚めて、一度騎士団の医師に診察してもらったが、問題ないとのことだ。無事、帰宅した」
「お役に立てて光栄です」
あの後、怪我をしていた騎士様がどうなったか気になっていたので、私はほっとする。
「準備したドレスを着てくれたんだね。よく似合っているよ。まるで春の妖精のようだ」
顔を合わせた早々に褒めてくださるノエル様を、なんでか真っ直ぐ見られない。
「……っ、ありがとうございます。ノエル様も、昼間の騎士服もお似合いでしたが、こちらの礼服もよくお似合いですね」
「シャルロットに褒められると、とても嬉しいよ」
ノエル様は、紫水晶色の瞳に嬉しさをにじませて微笑む。
(うっ、笑顔を直視できない……!)
褒め言葉は、王子殿下としての暮らしで身に付けられたのだろう。
同時に、褒められることも多かっただろうに、こんなに嬉しげにされると、本心から好意を持たれているのではないかと思ってしまう。
(私がお願いしたから、好意的な態度を取ってくださっているだけなのに……)
考えている間にも、そっと右手を持ち上げられ、指先にキスを贈られる。
頬が熱くなるのを感じながら、私はなんとか会話を繋げた。
「他にも沢山のドレスを用意していただいて、驚きました。ありがとうございます」
「私が勝手にしたことだから気にしないでほしいな。それに、きちんとしたものは、シャルロットがこちらに着いてからと思って、ほとんどプレタポルテの物なんだ。今度、オーダーメイドの物も贈らせてほしい」
「そんなにいただいてよろしいのですか……?」
驚く私にノエル様は頷く。
「滅多にないと思うが、私の元の身分もあって、そのうち王宮に呼ばれると思う。その時のためにも必要だから」
無駄遣いではないという主張なのだろう。
「さ、行こうか」
ノエル様が差しだす腕に手を添え、晩餐室までの廊下を歩くのだった。
晩餐室は、私の実家の伯爵家よりも大きな部屋で、シャンデリアが吊されていて、華やかに飾り付けられている。
私達が着席すると、給仕の者が飲み物をグラスに注いでくれる。
香りはオレンジのような香りだが、色は黒に近い濃い赤だ。
正面に座っているノエル様が言う。
「この辺境で育つ、ブラッドオレンジという果実を搾ったものにしてみた。気に入るといいのだが」
「ノエル様も同じ物をお召し上がりになるのですか」
同じボトルからノエル様のグラスにも給仕が注いでいるのを見て尋ねる。
「いつ何が起きてもいいように、祝い事以外の席ではアルコールを飲まないようにしているんだ」
「そんなに魔獣の襲撃が多いのですか?」
「夜間に出ることになったのは、この五年で数度だから多くはない。けれど、指揮官が酒で使い物にならないなど、部下からの信用を無くしてしまうからね」
それは確かにと頷くと、ノエル様がグラスを持ち上げる。
「シャルロットとの出会いに乾杯を」
「ノエル様と、この辺境伯領の皆様に感謝を」
グラスに口を付けると濃いオレンジの味と甘みを感じる。
「美味しいです!」
「気に入ってくれてよかった」
そんな話をしている間に食事が運ばれてくる。
食材は辺境の物が多く使われているそうだが、調理方法は凝っていて王宮での食事と言われても信じてしまう程だった。
一通り食事が終わると、最後のデザートはプリンが運ばれてくる。
中央にプリンが盛り付けられ、その上にはクリームとサクランボが乗っていた。プリンの周りにもクリームと果物が可愛く盛り付けられている。
「まぁ、プリンですか!」
「好物だった?」
「はい。デザートの中では一番好きです」
ノエル様の問いかけに頷くと、嬉しそうに微笑まれる。
「覚えておこう。早速、食べてみてくれ」
促され、プリンのカラメルがかかった部分とクリームの部分をスプーンですくい口に運ぶ。
「わぁ……! 美味しい!」
「気に入ってくれてよかった」
微笑むノエル様に、私は尋ねる。
「ノエル様は何がお好きですか?」
「そうだな……。焼き栗だろうか」
「焼き栗ですか……? 意外です」
焼き栗は、町の屋台でよく売られている。
王宮でも出ていたのだろうか。
それとも、この辺境伯領に来てからのことだろうか。
疑問に思っていると、ノエル様は気まずそうに教えてくれた。
「昔、よく王宮を抜け出していたんだが、その時に町で買って食べたものがとても美味しくて、それから町に行くたびに買うようになったんだ」
「まぁ! 今もお好きなんですか?」
私の問いに、頷く。
「城下にも焼き栗屋があるから、出かけた際は必ず立ち寄っている」
「では、今度行かれる際は私も連れて行ってくださいね」
「だが、シャルロットは買い食いなどしたことがないだろう?」
「ノエル様が教えてください。それに私もノエル様がお好きな物を一緒に食べてみたいのです」
「……わかった。シャルロットと出かけるのは、楽しそうだ」
そんな会話をして、晩餐が終わると始まり同様送ってもらって部屋に帰るのだった。