43.夜会
そして、あっという間に王宮での夜会の日を迎えた。
夜会に赴くのは初めてだ。
婚約者が既に夜会に参加していても、自身が十六歳となるまでは夜会には出られない。私は今年から夜会に出る予定だった。
領地からシンディも着いてきてくれているので、王都の屋敷の侍女達と共に朝早くから仕度を調えてくれる。
全ての準備が終わったのは、夕刻近い時間だった。
その甲斐あってか、仕上がりはとても素晴らしいものだった。
鏡に映る私は、なんだかいつもの私ではないようだった。
ノエル様の瞳の色と同じ、深い紫色の華やかなドレスは宝石のように輝くビーズで刺繍がほどこされ、金色の髪は美しく巻かれ結い上げられている。髪飾りもノエル様に贈られた紫色の宝石がついたもので、お化粧やドレスのおかげか、いつもの自分よりも大人びて見える。
「シャルロット様、とてもおきれいです」
「シンディ達のおかげよ、ありがとう。この後はゆっくり休んでね」
「もったいないお言葉です」
シンディとそんな会話をしている時だった。
「奥方様、旦那様がいらっしゃいました」
侍女が、取り次ぎにきてくれる。
出迎えに向かうと、ノエル様は息を飲み、固まってしまった。
「ノエル様? どうなさったのですか?」
「――っ、すまない。シャルロットが、あまりにも美しくて」
そう言うと、ノエル様はその場で優雅に腰を折る。
「美しい人。どうか、今宵、私に貴女のエスコートをする栄誉を与えてはいただけませんか?」
その姿は流石王子というべき姿でとても麗しい。
「喜んで」
ドキドキしながら答えて、エスコートを受けるために手を差しだすと、ノエル様は私の手を取って手の甲に口付けた。
作法通りなのだが気恥ずかしくて頬を染める私に、彼はうっとりと目を細める。
「その表情は、他ではしてはいけないよ」
「えっと、私、どんな表情をしていましたか……?」
首を傾けると、ノエル様は片眉を上げる。
「自覚がないのか? 困ったな……」
全然困っているようには見えない。
むしろ、いつもよりも色気がにじむノエル様に私の方こそ、もの申したくなる。
「ノエル様こそ、今夜はいつも以上に素敵です……。夜会の時はいつもお一人で参加と伺っていましたが、ご令嬢方に囲まれたりなさらなかったのですか?」
「妬いてくれているのか? だが、シャルロットが心配するようなことはない。王都の貴族は私を怖がる者も多い。声をかけてくるような奇特な人はいなかったよ」
本当だろうか。
囲まれることがなかったのは、単に、孤高の雰囲気を持つ彼に、気後れして話しかけ辛いとか、そんな理由のような気もする。
「ノエル様は、こんなにもお優しい方ですのに」
「シャルロットだけが知ってくれていればいいことだからね。さぁ、そろそろ、出発しよう。でないと、このままシャルロットを閉じ込めて、誰にも見せたくなくなってしまいそうだ」
「ノエル様ったら、お上手ですね」
「私は本気だよ。皆に私の妻の美しさを自慢したいとも思うが、私だけで独占したいとも思ってしまう……」
「私を見る人なんていませんわ。それに、私が見つめるのは、ノエル様だけですから。ノエル様も、私だけを見ていてくださいね」
「私にそんなことをいうのは、シャルロットだけだからね」
そんな会話をしながら馬車へと向かい、私達は王宮へと向かった。
想像していた以上に王宮の夜会はきらびやかで、この中で注目されながら踊るということがどういうことか、今更ながらに実感してしまう。
「まぁ、ルフォール辺境伯様がパートナー同伴で夜会にいらしているわ!」
「ご結婚されたとは聞いていたが本当だったのだな……」
「では、お隣の方は奥様なのね。お綺麗な方……!」
「見たことない方ですが、どちらの家の方かしら」
ひそひそと囁く声が聞こえてくる。
そちらに気を取られていると、ノエル様が小声で囁く。
「シャルロット、ああいう者達は気にしなくて良い。後で挨拶が必要なところだけ紹介するよ」
「わかりました」
二人で小声で話していると、どこからか「きゃーっ」という歓声が聞こえる。
声を上げている人達を見ると、視線がこちらを向いていた。
(やっぱり、ノエル様に好意的な感情を持っていても、恐れ多くて話しかけられない人もいたのね)
ノエル様に言われて気にしないようにしているが、かなりの人数に注目されているようだ。
(この注目の中、踊らないといけないのね)
ファーストダンスは陛下ご夫妻か、王太子殿下ご夫妻が踊られるので、私達はその後に踊ると聞いている。
(あの時の私、なんであんなに無謀なことを……! どうして、三回続けて踊るなんて約束を結んでしまったのかしら)
でも、夜会で続けて三度踊るというのは、相当仲が良い夫婦ではないと行わないと聞いたので、夫婦円満アピールに丁度良いと思ったのだ。
(それに、折角、夜会に来たのだもの。ノエル様に言われた通り、できるだけ気にしないようにしましょう! そういえば、約束、ノエル様は覚えていらっしゃるかしら)
前向きに思考を切り替え、心に浮かんだ疑問を尋ねようとしていた時だった。
「シャルロット……? もしや、気分が悪いのか?」
ノエル様が心配げに私を見つめていた。
「いえ、体調は大丈夫です。ただ、こんなに多くの方に注目されると思っていなかったものですから、少々気合いを入れ直していました」
「そうだったのか。休憩室もある。人目が気になるなら、そちらに向かうか?」
「いえ。そこまでするほどではありません」
そんな話をしているところで、陛下達の入場が告げられたのだった。