39.お茶会2
ミレーヌのところへ向かうと、マルチノン男爵夫人はミレーヌの腕を掴み、椅子から立たせようとしていた。
「もう! お母様どうしたの急に! 痛いわ!」
「お前は! なんてことを考えているのです! ここは辺境伯様のお城で、ご夫人のお茶会に呼ばれているというのに、なぜ礼儀にのっとった振る舞いができないのです! ここでは皆様のご迷惑です。一旦、外に出ますよ! 昔はこんな風ではなかったのに……」
「だって!」
ご令嬢方はおろおろしているか、口元を扇で覆い、あからさまに距離を置きたいと表情に出ている。
ご夫人方も、私に気の毒そうな視線を向けてくれている人も多いが、一部にご令嬢方よりも表情は隠しているが、面白そうな視線を隠せていない方もいる。
(ご令嬢の反応は置いておいて、マルチノン男爵夫人達のおかげで、誰が頼りになりそうな方かわかりやすいわね)
でも、今はそんなことより男爵夫人達への対処だ。
揉めている二人にそれ以上の声を張り上げるのは、はしたないと言われてしまうだろう。
軽く、けれど、この部屋にいる全員に行き渡るように浄化魔術をかける。
「悪しき息吹、神の御手にて清められん」
すると、全員に浄化魔術が降り注ぐ。
「何が起きたのですの!?」
「辺境伯夫人から光があふれて……?」
「とても美しい光で、心が洗われたようです……!」
反応はまちまちだが、マルチノン男爵夫人達の声も止まった。
「辺境伯夫人、今のはなんだったのですか……?」
グノー子爵夫人が尋ねる。
「皆様を少々驚かせようと、浄化魔術をおかけしました」
私の答えに、お茶会の場が沸く。
「まぁ! あれが!」
「すごいわ。騎士様達にも同じ魔術をかけておられるのですよね?」
ざわめきが落ち着くと、グノー子爵夫人が続けて質問してくれる。
「でも、どうして私達に浄化魔術をかけてくださったのですか?」
私は、微笑みを浮かべてゆっくりと全員を見渡した。
「今日お招きした皆様は、混沌の森に異変が起きた際、騎士の皆様と共に混沌の森近くまで出向かれると伺いました。私も今後はその中の一人として加わります。騎士の皆様には一度、浄化魔術を振るっておりますので、皆様にもと思ってのことです」
「そうでしたの。お答えくださって感謝いたします。浄化魔術とは大変素晴らしい魔術ですね。かけていただく前よりもはるかに心がスッキリとした心地がいたします」
グノー子爵夫人の言葉に、恥ずかしそうに扇で口元を覆いつつ、頷く方もいらっしゃる。
肝心のマルチノン男爵夫人とそのご令嬢も、浄化魔術は効いたようだ。
特にご令嬢の方は、驚いたようにこちらを見つめている。
会場の雰囲気が落ち着いたところで、私は口を開いた。
「折角の機会です。色々と私に関しての噂が広がっているようですので、気になることがございましたら、この場でなんでもお答えいたします」
すると、グノー子爵夫人が真っ直ぐに私を見つめる。
今更だが、おそらくはグノー子爵夫人が、今までは彼女達をまとめていたのかもしれないと、ふと気が付いた。
「では、僭越ながら、私から質問をよろしいでしょうか」
「私に答えられることでしたら」
「まずは辺境伯様との馴れ初めをお伺いしたいですわ」
グノー子爵夫人の言葉に、皆目を輝かせている。
突然王都からやってきた私が、王子で、辺境伯というこの地のトップの方の妻となったのだ。
やはり、聞きたいのはそこだろう。
「特に変わったことはございません。父の元に、辺境伯様から婚姻の申し込みが届き、嫁いで参りました」
皆、私の答えが「意外だ」とでもいうように、目を丸くしている。
おそらくは、私がノエル様のもとに押しかけたという噂があるからだろう。
別のご夫人が、おそるおそる発言する。
「あの、辺境伯夫人は、その直前まで婚約者様がいらっしゃったのだと伺っておりますが……?」
乗り換えたのだろうかという意図を滲ませる問いに、私は答える。
「以前の方との婚約がなくなった直後に、夫から申し入れを受けました。夫からの申し入れも、最初は婚約期間を設けてという話でしたが、私の方が直前に相手方の理由で婚約がなくなったばかりだったので不安で、その気持ちを伝えたところ、すぐに婚姻を結ぶことになりましたの」
「それで、婚約期間なくのご婚姻だったのですね」
「その辺りを誤解して、変な噂が流れてしまったのですね」
「こうしてお話を伺うと、すぐに婚姻をという話になったのも理解できますわ。不安ですものね。娘がそんなことになったらと思うと、背筋が凍りますわ」
ご夫人方は頷いている。
「では、先程振るっていただいた浄化魔術を目的としたご婚姻だったのですか?」
ご令嬢のうちの一人が、突っ込んだ質問を投げてくる。
「そうですね。きっかけは、浄化魔術だと思います。私が浄化魔術を発現したばかりの頃、夫は、一度、王都の神殿まで見に来てくださっていたみたいなのです」
「では、ご面識が?」
「いえ。直接声をかけていただいたことはありません。それに、夫が見に来た時には、既に以前の方との婚約が決まっていたので……。その当時も婚約をと考えてくださっていたそうなのですが、一度は諦めたのだと聞いております」
私の答えに、お茶会の会場が一気に盛り上がる。
皆、恋愛話が好きなようだ。
「あら」
「まぁ」
「辺境伯様は、ずっと一途でいらしたのね」
「純愛よ、純愛!」
「素敵……!」
この位で良いだろうかと思っていると、ふとミレーヌと視線が合う。
どうしてか、彼女は泣きそうな顔をしている。
「――っ、私も質問してもよろしいですか?」
「もちろんです」
悲痛な表情で私を見つめるミレーヌに、私は何を聞かれるのだろうかと思いつつ頷いた。
そういえば、ノエル様に差し入れを持って行った時に見たご令嬢は彼女だったかもしれない。
思い出したところで、ミレーヌが問いを発した。
「…………辺境伯夫人は、辺境伯様の事を愛しておられますか?」
迷いなく、その問いに頷く。
「はい。皆様に比べたら、私は辺境伯様とはわずかな時間しか過ごせておりません。ですが、辺境伯様は言葉や態度を惜しまず愛を伝えてくださって、今は、私も同じ想いを辺境伯様に持つようになりました」
私の言葉は、彼女の心の何かに響いたようだ。
「――お答えいただき、ありがとうございました。この度は、ご結婚、誠におめでとうございます。そして、先程は、辺境伯夫人に対し失礼な言動をして、申し訳ありませんでした。皆様にも、場を乱すような発現をしてしまい、申し訳ありませんでした」
頭を下げる彼女に、私は頷く。
「謝罪を受け入れます。そして、祝福もありがとうございます。突然、辺境伯様の妻になった私が心情的に受け入れられないということはあると思いますから……。今日は、お茶会を楽しんでいってくださったらいいと思いますわ」
「ありがとうございます」
男爵夫人と共にミレーヌが頭を下げ、これで彼女の件は終わりにしてよさそうだ。
ほっとしたところで、グノー子爵夫人が口を開く。
「その、先程のお言葉ですが、どのような方が辺境伯様の奥様になられたのか、それは私達も不安には思っておりました。ですが、実際にお会いすることで辺境伯夫人のお心に触れ、心配は杞憂だったと知りました。私は、辺境伯夫人のような方に来ていただいて、嬉しく思いますわ」
「ええ、私も」
「私も、同じ気持ちですわ」
皆、グノー子爵夫人の言葉に頷いている。
「皆様、ありがとうございます。改めて、これから、どうぞよろしくお願いいたします」
彼女達の気持ちが嬉しい。
落ち着いたところで、私も男爵夫人も席に戻り、お茶会が再開した。
グノー子爵夫人が言う。
「先程は、私達ばかりが辺境伯夫人に質問をしてしまいました。辺境伯夫人からも何か聞きたいことはありませんか?」
「でしたら、辺境伯様のことを伺いたいです。十年以上前から、この土地に来ていらっしゃっていたのですよね」
「あら、でしたら、沢山お話がありますわ」
「まだ成人前の辺境伯様がいらっしゃった時は、辺境に王子殿下がいらっしゃったと大騒ぎでしたものね」
そして、お茶会はノエル様の話題や、夫人達の当時の昔話で盛り上がったのだった。




