36.ミレーヌ・マルチノン男爵令嬢
私があの方に出会ったのは、十一歳の時だった。
その年は混沌の森から出てくる魔獣が多く、森に近い領地を持つ領主と、辺境伯領の騎士団とで一斉討伐を行うことになったらしい。
森に近い位置にある男爵領を任されている父様も合同討伐に向かうこととなり、娘である私も後方支援として手伝いに向かうことになった。
といっても、年齢的に、何ができたわけでもない。
怪我人の治療や、炊き出しを行うお母様達の後をついて回るので精一杯だった。
集まった騎士団の人間や、各領地の私兵団は鍛え上げた肉体を持つ騎士が多い。
そんな中、私のいくつか上にしか見えない、細身の青年が混ざっているのは異質だった。
最初は騎士見習いかと思ったけれど、聞こえてくる会話からそうではないということはすぐにわかった。
皆、彼に敬意を込めて接している。
誰なのか知りたくて、大人の会話に耳を澄ましていたけれど、殿下という敬称しかわからなかった。
殿下ということは、我が国に三人いる王子様のうちの誰かなのだろうか。
(でもそんな人がわざわざ辺境に来るのかな?)
連日、その人のおかげで誰それは怪我をすることなく助かったとか、一人でとても強い魔獣を倒してしまったなんて声が聞こえてくる。
彼が誰なのか聞いてみたかったけれど、魔獣の討伐に必死な両親や周りの人に聞く余裕なんてとてもなくて、それ以上のことはわからないままだった。
私が直接あの方と話したのは、一度きりだ。
森の中で不意をつかれ、深い傷を負った我が領の騎士を、あの方は偶然その場に居合わせたからと救助し、救護用の天幕まで送り届けてくれたのだ。
お母様や他の領地の奥様方と共に、救護用の天幕に詰めていた私は、近くであの方の整ったお顔を拝見することになった。
「止血をし、応急処置は済ませてある。命は別状ないと思うが、用心して見てあげてほしい」
「かしこまりました。殿下、我が領の騎士を助けていただき、ありがとうございました」
「共に闘う者として当然のことだ。では、私はこれで」
母達と話をし、身を翻そうとする殿下に、私は勇気を振り絞って声をかけた。
「殿下も、どうかご無事で」
驚いたように、あの方は私を見る。
「君みたいなレディも、こんな危険な場所に来ているのか……」
絶句するあの方に、私は胸を張って答える。
「私は、マルチノン男爵の娘ですから、当然です」
「そうか。レディが早く領地へ帰れるよう、私も頑張るよ」
まっすぐに私の目を見てそう告げると、今度こそあの方は去って行かれた。
あの方が第三王子殿下だと知ったのは領地に帰ってからのことだった。
それからの私は第三王子殿下と直接言葉を交わしたことがあるというのが何よりの自慢だった。
そうして、第三王子殿下についての話を集めるうちに、私はもしかしたら、という期待に胸を膨らませていた。
世間の話では、あの討伐時点で十五歳だったという第三王子殿下は、婚約者がおられないという。
(もしかして、あの時の私が殿下に見初められていたりして)
私はそれなりに容姿に自信もある。
領地や近隣で可愛いと評判になったりして、遠いところから私を見に来る人もいた。
(でも、私くらいの顔の女性って、王都にはもっと沢山いるわよね……)
けれど殿下のご興味を引く令嬢は、王都にはおられないとも聞く……。
個人的に会話を交わしたという点で、本当に、見初められてしまったかも。
そんな期待が消しきれない。
もちろん、見初められるのは光栄なことで、心から嬉しいけれど、私は男爵令嬢だ。
となると、どこかに養子に出てから身分を整えるのだろうか。
でも、両親や兄弟姉妹とは離れたくない。
落ち込んでいると、両親にも理由を聞かれた。
素直に殿下に見初められたかもしれないなんて話をしたけれど、当時は信じてもらえなかった。
両親は、男爵令嬢と王子殿下が結ばれるなんてこと、絶対にないのだから変な夢を見るのはやめなさいとしか言われなかった。
私をあの場所に連れて行くのではなかったと後悔しているようだ。
あの一瞬。
私達の心は通じ合ったというのに。
だから、出会いから四年後。
あの方が辺境伯として、こちらにいらっしゃると聞いて、私は確信した。
(やっぱり、あの方は私の王子様だったんだわ!)
王子と男爵令嬢では結ばれることが難しいから、わざわざこの辺境伯の地位をもらい、私を見つけにいらっしゃったのだ。
周りのお友達にも、私こそが殿下に選ばれているのだと話し、友人が報われない恋に落ちることのないよう気を配った。
両親は相変わらず、変な夢を見るのはやめなさいと言ってくる。
今は、そこに早く結婚しなさいも追加されている。
けれど、結婚なんてできるわけがない。
殿下が、私を迎えに来られるに決まっているのに。
婚活に積極的ではない私が騎士団に通うことに、両親は賛成のようだった。
そこで騎士の誰かに見初められることを望んでいるようだった。
殿下がこちらに来られてから今まで、月に一度は、差し入れを持って騎士団へと通っていた。
なのに、受付の騎士は何を言っても通じない堅物で、私は殿下といつまで経っても会うことはできなかった。
(殿下は、私を待っていらっしゃるのに、なんで邪魔するのかしら。辺境伯夫人になったら、きちんと教育しないとね)
どうやら、あの方は長く辺境伯の位があいたこの領地の立て直しに奔走しておられるようだった。
そうしているうちに、あっという間に五年が経ってしまった。
きっと、領地の立て直しが終わるまでは、妻を迎えられないと思われたのかもしれない。
でも、その領地の立て直しも終わりそうだと聞く。
(ようやく、殿下が迎えにきてくださるのだわ)
私は今年二十歳。
貴族令嬢としては、行き遅れになりかけているところだ。
殿下もタイムリミットを気にして、急いでくださったのだろう。
迎えを期待していた私に、信じられない話がもたらされた。
王都から婚約破棄されたご令嬢が押しかけて、殿下の妻の座に無理矢理着いた、という話だ。
(……許せない)
お相手は伯爵令嬢だとは聞いているけれど、領主様も迷惑されているに違いない。
伯爵令嬢は、腹が立つことに、辺境の地にいる貴族を集めてお茶会を開くようだ。
(宣戦布告、ということね)
真実の愛の相手が誰なのか、思い知らせてあげなくては。
私は、気合いを入れて当日のドレスを選ぶのだった。




