33.お茶会準備
翌日、ノエル様が集めた布を持って馬車に乗るラポワリー夫人を見送った。
王都で仮縫いまで進め、今度は弟子と共に戻ってくると言っていた。
ちなみに、この町を出る前に南区の店舗出店候補地も見に行き、場所を決めて行くそうだ。
仕事ができる女性だと、憧れてしまう。
ラポワリー夫人のお見送りの後は、少しだがマナーの講師の授業を受けた。
午後からは部屋にトーマスが来てくれて、過去この地で行われたお茶会の資料を見せてもらう。
「かつては、お茶会は季節ごとに開かれていたのですね」
予算と何にどの位使ったのか、品目ごとに書かれておりわかりやすい。
ちなみに夜会の資料もあり、そちらは年に一回開かれているようだった。
だが、資料に記載されている金額から、人数や規模感はなんとなく掴めるものの、どんな趣向を凝らしていたのかは読み取れなかった。
「どんな雰囲気で開こうかしら……?」
前婚約者と婚約していた時にはまだ年齢的にお茶会を開いたことはなかった。出席したことはあるけれど、今回は、私が辺境伯夫人として相応しいかどうかという目でも見られるだろう。
(失敗したら、ノエル様に相応しくないと言われてしまうかしら)
資料を見つつ考え込んでいると、トーマスが控えめな声で言う。
「もう何年も女主人は不在でしたので、資料は集めましたが奥方様のなさりたいように差配していただければと思います」
「そうかしら」
「お茶会は、主催するお家や取り仕切る人の性格でかなり違うと伺います。それに、この地では長くお茶会が開かれておりませんので、奥方様の色を前面に押し出しましょう」
「……ありがとう」
トーマスに言われて、少し肩の力が抜ける。
私は私でしかないのに、少し萎縮していたようだ。
ノエル様の隣で、どんな風にこの領地をもり立てて行きたいか、心を開いておもてなしをするしかない。
そう心を決めると、テーマも自然に決まってくる。
やはり、ノエル様が大事にしている、この土地の特産品のブラッドオレンジを使いたい。
一瞬、ブラッドオレンジをブレンドしたお茶を使うことを考えたが、首を振る。
(この土地の人なら、飲み慣れているわよね……)
私独自の配合を作ればいいかもしれないが、そうなると、今からでは心から満足いくものを作るのは難しいだろう。
ノエル様も大切にしているブラッドオレンジを使うのだから、半端なものは出したくない。
それに、私が王都から来たからには、この領地以外の要素も期待されているだろう。
(うーん、王都の要素も取り入れつつ、ブラッドオレンジを使うって、難しいわね……)
王都で過ごしてきた時のことを思い出していると、ふと閃きが過った。
あれなら、いけるかもしれない。
「トーマス、ちょっと思いついたことがあるんだけど、試してみて良いかしら」
「何でございますか」
「普通の紅茶に、輪切りにしたブラッドオレンジを浮かべるの」
「そのような飲み方があるのですか」
「王都のお茶会で、ご馳走されたことがあるのだけれど、シンディに準備を頼んでもいい? 三人で飲んでみましょう」
そして、シンディに指示を出す。
「シンディ、普通の紅茶と、ブラッドオレンジの輪切りをそれぞれ別に、三人分用意してきてくれないかしら」
「三人分、というのは」
「トーマスとシンディ、私の分よ」
「私もよろしいのですか」
「もちろん。できるだけ多くの意見を聞きたいから、よろしくね」
「かしこまりました!」
もし、イメージと違ったら、お菓子の方にブラッドオレンジを使ってもいいかもしれない。
でも、お菓子は形や味はわかるけれど、作り方まではわからない。
お菓子の方にブラッドオレンジを使う場合も試行錯誤することになりそうだ。
シンディが、カートを押してやってきた。
何故か一緒にノエル様の姿もある。
「どうしてノエル様が?」
「準備をしに戻る途中でお会いしまして、ご一緒になさりたいとのことでしたので」
シンディの言葉に頷きつつ、ノエル様は悲しそうな表情を浮かべる。
「私が来てはダメだったか?」
「そういうわけではありません。ただ、うまくいくか分からないので、ノエル様には成功してから味を見ていただこうと思っていただけで……」
「ならば、同席を許してくれるだろうか。シャルロットが頑張っているんだ。私にも協力させて欲しい。それに、シャルロットが考えたという紅茶の飲み方に興味がある」
「私が考えたわけではないですけれど……、協力してくださるなら歓迎しますわ! まずは試してみましょう!」
シンディの準備を手伝おうとカートを見ると、私が頼んだものの他にも載っていた。
「あら、こちらは?」
「シャルロット様に言われた準備をしていたところ、料理長より提案があり、試しにとそちらも一緒にお持ちしております」
クリームと、皮を剥いて実の部分だけにカットしたオレンジや、何が入っているのか分からない小瓶もある。
「茶葉はいつもこちらでお出しする紅茶の他に、料理長の提案も含めて三種類持って来ております」
匂いを嗅がせてもらうと、確かに一つはいつも飲んでいる紅茶の香りがした。
他は華やかなフレーバーがされた茶葉と、もう一つは少しスモーキーな感じの香りがする茶葉だ。
「では、全部試してみましょう」
お茶を淹れるのはシンディに任せ、私はカートの物をテーブルに並べていった。




