31.ラポワリー夫人
その日、ドレスの打ち合わせの前に、ノエル様に呼び出された。
「この後予定があるのに、来てもらってすまない」
「どうなさったのですか?」
「私が妻を娶ったという話を聞いた、この辺境伯領に仕える地方貴族の者達から、シャルロットに夜会を開いて欲しいという要望が出ているんだ」
「夜会を……?」
「夜会については、王都でのお披露目を終えてからと思っている。そう伝えたところ、ならば茶会はどうかと言っている」
確かにこの地方の社交は、辺境伯の妻が取り仕切るべきだろう。
「今まではどうだったのですか?」
「執り行っていなかった。長らく領主がおらず、私がやってきた後もそのような催しを開く暇がなかったからな。妻を迎えたから、多少は余裕ができたのだと思われたのだろう。ただ気になることがあるんだ」
深刻そうな表情を浮かべるノエル様に、私は尋ねる。
「なんでしょうか?」
「夜会をと言って来た者のなかに、長年騎士団にやってきては、騒がしくしていた者の親がいるんだ」
「あっ……」
先日見かけた御令嬢の姿が思い浮かび、私は頷いた。
「こうなるとわかっていれば、早めに手を打っていたのだが……。シャルロットの気が進まなければ、茶会も無理だと言うこともできる。実際、領主夫人の仕事を学ぶだけではなく、騎士団の方にも関わってくれているからな。王都行きが終わってから改めて夜会を開くと言っても納得は得られるだろう」
茶会は基本、女性達だけで行うものだから、ノエル様が側についていられる夜会の方がいいと思われているようだ。
「お茶会を開く場合は、この城を使ってよろしいのですか?」
「もちろん。今後のためにも、これまでの資料などをトーマスが集めてくれている」
「なら、やってみます! その方以外にも、お客様は来られるのですよね!」
「ありがたいが、いいのか? 二十人にはいかないが、そこそこの人数を招くことになるだろう」
つまり、問題のある方以外にも、夜会や茶会を望んでくださっている人はいるのだ。
「社交をと言ってくださった方は、ノエル様が妻を迎えたと聞いて、期待してくださったと思うんです。なら、その期待に応えるのは、ノエル様の妻として、私の役目です。問題の方には、しっかりとノエル様のお心は私にあると主張します!」
「シャルロットの気持ちは、私としても嬉しいのだが……」
心配げなノエル様に私は胸を張る。
「大丈夫です。森の中で一人、魔獣と遭遇する方が、絶対に怖いですから」
「ふっ、そうだな。だが、くれぐれも無理はしないでほしい。あまりにも理不尽なことを言われたら、すぐに私を呼ぶんだ」
「そんなにですか?」
「私は直接話をしたこともないが、騎士団の者の話によると言葉が通じないらしい」
「では、もしもの時はお願いします」
私の言葉に、ノエル様はしっかりと頷いた。
そして、頭を下げられる。
「シャルロット、この地の者のためにと考えてくれてありがとう」
「当然のことです」
長く茶会なども開かれていなかったのならば、きっと楽しみにしている人も多いだろう。
成功させたいと私は決意を固めるのだった。
「旦那様、そろそろお約束のお時間でございます」
話が一段落したところで、トーマスから声をかけられる。
「そうか。では、このまま行こうか」
ノエル様のエスコートで、応接室の方へと向かった。
部屋には、小柄だが凜と背筋を伸ばした女性が待っていた。
ノエル様が王都からわざわざ招かれた方というだけあり、落ち着いたえんじ色のドレスを着こなしている。
華美な装飾品は身に付けていないのに、黄金の鳥の形のブローチがアクセントになっていて、とても洗練されて見えた。
カーテシーの姿勢を取る女性に、ノエル様が声をかける。
「ラポワリー夫人、遠いところよく来てくれた。楽にしてほしい」
「滅相もないことです。殿下にお声がけいただき、大変光栄でございます。たとえ、どんな場所だろうと喜んで馳せ参じます」
「そう言ってくれてありがたい。妻のシャルロットだ。シャルロット、この方は王都のメゾン・エトワールのオーナー、ラポワリー夫人だ」
「お初にお目にかかります。シャルロットと申します」
挨拶を行うと、ラポワリー夫人は微笑みを浮かべている。
「この度は、ご結婚おめでとうございます。新たな門出を迎えられたお二人に相応しいご衣装をご提案できればと考えております」
「祝福感謝する。シャルロットには夫人のドレスが似合うと思っていたんだ」
ノエル様の言葉にラポワリー夫人も頷いている。
私は二人の会話についていけなかった。
メゾン・エトワールといえば、王族の方々のドレスを手がけ、かつて婚約を結んでいたフェネオン侯爵家の伝手でも、予約は三年後と言われていた。
そんなところでドレスを作ってもらっていいのだろうか。
戸惑う私をよそに、二人は盛り上がっている。
「実は、デザインを起こしている」
「是非拝見させてくださいませ」
「トーマス。預けていたものを夫人に渡してくれ」
ちらりと見えたドレスの絵は上手いとは思う。
トーマスがデザイン画をラポワリー夫人に渡し、夫人の視線がそちらに向いている間にノエル様にこっそり尋ねる。
「メゾン・エトワールって、あの王家の皆様がご利用をなさっているあのメゾンですよね?」
王家の権力を使ったのだろうかと疑問を浮かべる私に、ノエル様は大丈夫だと首を振る。
「安心してほしい。権力で割り込んだわけではない。もし幸運に恵まれて私が想う人と結婚できた場合はドレスを頼むと、以前から頼んでいた」
「以前って……」
「ざっと六年前か。まさか実現できるとは思わなかったが」
嬉しそうな様子に流しそうになるが、つまり、私が前世の聖女と気が付いた時には結婚を考えていたということだろうか。
それに、都合良く考え過ぎかもしれないけれど、今までノエル様が婚約者を作ったりなさらなかったのも、私としか結婚したくないという意思の表れと感じてしまう。
(あれ? もしかして、考えていた以上に愛されているのかしら?)
こっそりと隣を見ると、ノエル様はデザインに目を落とす夫人の方を見ている。
ノエル様の行動は、一歩間違えば前世の私だけを見ているのかと言いたくなるものだ。
でも、結婚指輪を受け取った時の言葉や、ここに来てからのノエル様の振るまいを見るとそうは思えなかった。
この指輪だって、私を見てデザインしてくださったと言われていた。
切っ掛けは前世だったけど、それ以上でもそれ以下でもないのだと自然と思える。
「ん? どうした?」
ノエル様を見ている視線に気が付いたのか、視線が私に向く。
「何でもございません。デザインって、ノエル様、いつの間に描かれたのですか?」
「シャルロットがこちらに来てからだが? 執務の合間や、辺境の村からの移動時間などに、シャルロットに何が似合うかと考えていたら自然とデザインが思い浮かんでくるんだ」
「沢山あるようでしたので、いつの間にと思ったのです」
「そういうことか。あっ、執務の合間といっても、サボっているわけではないからな」
変なところで慌てるノエル様に、私は思わず笑い声が漏れてしまう。
「仲がおよろしいのですね」
微笑ましげに言われ、はっとする。
そうだ。ここにはラポワリー夫人もいたのだった。
居住まいを正す私に、夫人は優しく言う。
「殿下が良きお相手と巡り会われたようで、私もとても嬉しく思います。辺境伯夫人、どうぞ、今後とも我がメゾンをごひいきにしてくださいませ。どんな場所に行かれようと、お二人のために駆けつけますので」
「ありがとうございます」
「夫人が言うと、頼もしさしかないが、安心して欲しい。私はこの地を動くつもりはない」
「そうでございますね」
ノエル様の言葉に、夫人は優しく微笑むのだった。




