30.ディナーデート
翌日、私はノエル様と町に出ていた。
ノエル様のお誘いで、ディナーに誘われたのだ。
今回は南区の中でも有名なお店のようだ。
今日はスイトピーの花のような薄い紫色のドレスで、ダイヤモンドを使った首飾りをつけている。
指にはもちろん、ノエル様にいただいた指輪をはめていた。
ノエル様も夜会服で、私のドレスと同じ薄紫色のハンカチーフを差している。
城を出て町へと向かう馬車の中で、隣に座っているノエル様が申し訳なさそうに口を開く。
「月に一度デートという約束だったのに、出かけるのが遅くなってしまってすまない」
「あら、先月は北区の広場へ連れて行ってくださったじゃないですか」
「あれも数えてくれていたのか?」
驚きの表情を浮かべるノエル様に私は頷く。
「連れて行ってくださったのは私の希望があったからでしょう? それに、あの時はこの土地のためにノエル様がどんな風に気を配って来られたのかが窺えて嬉しかったです」
「そんな風に言ってくれるのだな」
ノエル様は嬉しげに目を細める。
「だって、私ももっとノエル様について知りたいですから」
「私をそんなに喜ばせてどうするんだ。シャルロットを喜ばせるためにデートに誘ったのに、これでは反対ではないか」
「そんなことはありません。今日のディナーもとても楽しみにしているんですから!」
「そうか。なら、期待してくれていい。城の料理にも劣らない味だ」
「行かれたことがあるのですか?」
「以前な。この地で長く代官をしていた者との会食で利用した」
誰か他の女性と出かけられたのだろうか。
一瞬、そんな考えが思い浮かんでいたので、あっさりと返った言葉にほっとする。
表情に出ていたのか、ノエル様は私の耳元に唇を寄せると小声で囁いた。
「嫉妬してくれたのか?」
「……誰か他の女性と行かれたのかと」
仕方の無いことだとわかっているが、どうしても気になってしまう。
小さく頷くと、ノエル様は私を安心させるように囁いた。
「私がシャルロット以外に目移りすることは絶対にない」
そして結い上げて晒している額の際に唇が落とされる。
それがなんだか物足りなくて、つい隣を見上げてしまうと薄く微笑まれた。
頬に手を添えられ、私が目を閉じた時だった。
馬車が速度を落としはじめ、止まってしまう。
目を開くと、残念そうなノエル様と目が合った。
「……着いてしまったようだな」
そっとノエル様の手が離れ、名残惜しく思っていたところで外から扉が開けられる。
先に下りたノエル様にエスコートされ、私も馬車を降りたのだった。
ホールに向かうと支配人と従業員が立ち並んでいる。
「ようこそおいでくださいました」
揃えたようにお辞儀をする彼らに向かってノエル様は言う。
「妻も楽しみにしてきている。今日はよろしく頼む」
「領主様ご夫妻をお招きでき、望外の幸せに存じます。精一杯おもてなしをいたしますので、どうぞおくつろぎください」
支配人の案内で通されたのは、一つ階を上がった奥の部屋だ。
通りに面する部屋とは反対側にあるようで、窓の向こうには、意外にも緑に溢れた光景が広がっていた。
「お庭、ですか……?」
「この辺りの店が共有するプライベートガーデンだ。外から人は入って来られないから、店の利用者達だけが入ることができるようになっていると聞いている。そうだな?」
支配人はノエル様の言葉に頷く。
「領主様のご説明の通りです。昼の時間においでくだされば、外の庭にてお席を設けることも可能です。ご婦人方のお茶会の場としても人気でございます」
「確かに、素敵でしょうね」
晴れた空の下、席を設けて昼食をいただくのも楽しそうだ。
「シャルロットも、気になるか?」
「少し」
「では、今度は時間を変えて来てもいいな」
支配人は静かに頭を下げる。
ノエル様のエスコートで席に着くと、ブラッドオレンジのジュースが運ばれてくる。
「こちらもブラッドオレンジのジュースがあるのですね」
「領主としても全面的に支援をしている果実だから、この店も取り入れてくれているんだ」
ジュースに口をつけると、前菜が運ばれてくる。
ノエル様の言葉通り、野菜の盛り合わせの中にオレンジの果肉も見えていた。
他にも、白身魚のポワレにオレンジのソースがかかっていたりと、かなりオレンジを推している。
食べ進めながらふとノエル様が口を開く。
「そうだ。明日なのだが、メゾンのオーナーが到着するようだ。シャルロット、午後からの時間を空けておいてほしい」
「わかりました。ですが、ドレスは沢山ありますのに」
正直、まだ着られていないドレスは沢山ある。
「シャルロットのために作った物ではないだろう。それに、今年の社交期には王都に行こうと思っている」
「王都にですか?」
「両親にシャルロットを紹介したいし、私もシャルロットの両親に挨拶をしておきたい」
「私の両親にまで気を使ってくださってありがとうございます」
「当然のことだ。オーナーは王都から呼んである。だから、遠慮無くたくさん頼むと良い。シャルロットが気に入るようなら、結婚式用のドレスもそこで頼もうと思っているんだ」
「あっ……」
「式は当初婚約を申し込んだ通りに来年を考えているから、シャルロットもそのつもりでいてくれ」
頷くと、ノエル様は嬉しげに微笑む。
「楽しみだな」
籍は入れているというのに、なんだか急に、ノエル様と結婚するのだということが実感を持って感じられるのだった。




