3.歓迎
ノエル様に案内されたのは、辺境伯夫人の部屋だった。
流石に部屋に着くと下ろしてもらい、色々と見て回る。
そんな私の姿を嬉しげに見守ってくれていた。
「私がこの部屋を使ってよろしいのですか?」
「もちろん。もう、シャルロットは私の妻なのだから。内装も気に入らなければ好きなように変えて欲しい」
「お気遣いありがとうございます。すごく素敵な部屋なので、しばらくはこのままで過ごしたいと思います。時間が経てば変えたくなるかもしれませんが……」
「その時は執事に言ってくれたらいいよ」
その感想は本心だった。白と金を基調にしたお部屋は煌びやかで、可愛らしい印象で、私の好みでもある。
そんな話をしている時だった。
侍女が旦那様を探して執事がやってきていると取次に来た。
「そうだった。シャルロットに紹介しようと執事を呼んでいたのだった。ここに呼んでも?」
頷くと、執事服を着た男性が入ってくる。
見た感じ両親よりも年上で、祖父母の年齢に近そうだ。
綺麗に整えた髪に白髪も見えるが、そこが渋い雰囲気を出している。
「執事のトーマスだ。小さな頃から、ずっと世話になっている」
ノエル様の紹介にトーマスは優雅に一礼する。
「どうぞよろしくお願いいたします」
「トーマス、先程妻となったシャルロットだ」
「ヴィアール伯爵家から参りましたシャルロットと申します。これからよろしくお願いします」
私が顔を上げると、トーマスさんが驚愕の瞳でこちらを見ていた。
「ご婚約者ではなくですか。旦那様、まさか強引に迫られたのですか……!? そんな、私が同席せずとも大丈夫だとのお言葉を信じたばかりに……」
「待て! 籍を入れたのは、シャルロットからの申し出だ」
顔色を青くしたトーマスさんは驚愕の瞳で私を見る。
「奥様は、それでよろしかったのですか……?」
その驚きように大袈裟ではないかと思いながらも、私は頷く。
「はい。むしろ、一度、他の方との婚約が駄目になってしまった私が、王族でもあるノエル様に嫁ぐことになり、申し訳なく思っております。結婚を申し込んでいただいたノエル様に相応しくあれるように、励みたいと思います。足りないこともあるかと思いますが、ご指導の程、よろしくお願いいたします」
「シャルロット、君に足りないところなんてない。そのままで完璧だ」
「ですが、侯爵家までの教育しか受けておりません。夜会などの人前に出て、ノエル様に恥をかかせたくないのです」
「……トーマス、聞いたか?」
何も変なことは言っていないと思うのに、何故かノエル様は感動したように震えている。
「よかったですね、旦那様」
「あぁ……。至急、講師を手配しておいてくれ」
「かしこまりました」
頷くトーマスさんに向かってノエル様が言う。
「あと、シャルロットは侍女を連れてこなかったそうだ」
「退室しましたら、すぐに侍女を向かわせます」
それはこちらの部屋に向かいながら話したことだった。
こちらに来るのが急だったために、侍女は連れて来られなかったのだ。
最初に婚約していた侯爵令息とは結婚後も王都内に暮らす予定で、侍女について来てもらうつもりでいた。だが、王都で暮らすつもりだった彼女達に流石に辺境までついて来て欲しいとは言えなかった。
トーマスさんが私を見て綺麗なお辞儀を見せてくれる。
「今後、私のことはどうぞ、トーマスとお呼びください。使用人を代表して、奥方様を歓迎申し上げます。気がついたことは何でもおっしゃってください」
「ありがとうございます」
そして、緊急の知らせが届いているからと、ノエル様はトーマスに連れられて去って行った。
彼らが部屋を出てすぐに侍女がやって来た。
「シンディと申します」
そうして頭を下げる女性は、黒髪に青い瞳をしている。
できる侍女という雰囲気だ。
「奥方様にお仕えするために、腕を磨いてまいりました」
「そ、そうなの……? これからよろしくお願いね。私のことはシャルロットと呼んで欲しいわ」
「かしこまりました、シャルロット様」
シンディの雰囲気が心なしか和らいだ。
「そうだ。ノエル様から晩餐に誘われたの。ドレスを用意したいのだけれど、その分だけでも先に出してくれるかしら」
「かしこまりました。もちろん、荷ほどきもいたしますが、こちらに旦那様がドレスをご準備なさっておいでです」
「えっ、私に?」
「実際にご確認いただいた方がよろしいかもしれません。衣装部屋はこちらにございます」
シンディの案内で、クローゼットへと向かう。
伯爵家にあった私の衣装部屋の三倍はあるだろうか。
その半分程に若い女性が好みそうな色とりどりのドレスが吊されているが、なんとなく紫色のドレスが多いように思える。
「こんなに……?」
驚く私に、シンディは頷く。
「旦那様はシャルロット様をお迎えできることを大層お喜びでした。全てシャルロット様のためにご準備しておいでです」
「そうなの。折角準備していただいているのなら、こちらから選んだ方がよいかしら」
「そこは、シャルロット様のお好みでよろしいかと。何を選ばれても、私がシャルロット様を美しく整えます! 気にせず、お好きなドレスをお召しください!」
ノエル様が用意したものを勧められるかと思ったが、別の方向で圧が強かった。
でも、私の好みで選んでいいと言われて、少し気が楽になる。
家から持って来たドレスを着てもいいが、その分シンディの仕事は増えてしまうし、折角用意してもらっているのならば、こちらのドレスを使わせてもらっていいかもしれない。
(紫色のドレスはノエル様の瞳の色よね。もう少し親しくなってから、そちらの色は着ようかしら)
私は金髪に緑色の瞳をしている。
瞳の色に合わせた緑色のドレスがいいかしらと考えたものの、結局薄いピンク色のドレスを選んだ。
理由は単純に、そのドレスが可愛かったからだ。
「こちらをお借りしようかしら」
「こちらはすべてシャルロット様の物ですので、遠慮無くお選びください」
「わかったわ。シンディ、おかしくない?」
「よくお似合いです。では、こちらに合わせて装飾品などもご準備いたしますね」
その後は、晩餐まで時間があるからとシンディにお茶を淹れてもらい、くつろいだ時間を過ごしたのだった。