28.元婚約者視点
浄化魔術が使えるという伯爵家の令嬢との婚約を結んだのは、私が十五歳の頃だった。
婚約者ができた年齢は貴族としては遅い方だが、侯爵家嫡男という立場から相手はよりどりみどりだったし、両親が吟味を続けているといって、なかなか決まらなかったのだ。
浄化魔術が使える貴族令嬢は珍しく、周りからは羨ましがられたが、私は特に興味は無かった。
両親が伯爵家の令嬢が浄化魔術に目覚めたと知って急いで婚約をまとめてくれたもので、当然ながら私の意思の入る余地はなかったからだ。
シャルロットは、金色の髪にエメラルドの瞳をしていた。
外見だけならそこそこ見られる容姿だったが、私の好みとは違った。
それに、神殿に奉仕活動へとおもむき、下々の者達と話をするからか、貴族という割には言動が騒がしく感じる。
そういうところも好きでは無かった。
本当は、奉仕活動の頻度も減らし、もっと貴族としての所作を磨くべきだと思っていたが、婚約者は貴族の令嬢だけあって魔力量が多く、神殿で重宝されているらしい。
奉仕活動を止めると外聞が悪くなりそうだったので、侯爵家での嫁入り教育に支障をきたさない範囲でということで許可を出すしかなかった。
私自身としてはむしろ、浄化魔術など使えなくてもいいから、当時親しくしていた同じ年齢の侯爵家令嬢マリエルとの婚約を望んでいた。
当然ながら、マリエルは美しく、爵位も、振る舞いも問題ない。
貴族令嬢としてはシャルロットなどより遥に秀でた令嬢だというのに、何故か両親はマリエルとの婚約を許してくれず、爵位が下の伯爵令嬢を婚約者に据えてしまった。
良い感じになりかけていたマリエルとは距離を置くしかなかった。
それから、決まってしまった婚約者に不満を持ちつつも、婚約を破棄する程の瑕疵を相手に見つけられず三年過ごした。
侯爵家の教育を受け、シャルロットの所作も大分改善され、それなりに振る舞おうと思えば見られるものになっていた。
(結局は、アレで我慢しなければいけないのだろう……)
私も貴族らしく結婚後、別に愛する人を囲えば良いのだ。
そう諦めかけていた時だった。
十八歳となり、夜会に出ることを許されるようになった年に、私はマリエルと運命の再会を果たした。
久しぶりに出会った彼女は、さらに美しく花開いていた。
シャルロットとは違い、癖のない真っ直ぐな金色の髪、深い海の色を思わせる青い瞳に、蕩けるような笑みを浮かべ、貴族令嬢らしく囁くような声音で私の名を呼んでくれる。
彼女も私を忘れられず、誰とも婚約を結ばずにいたらしい。
そんな彼女に、封じたはずの想いは一瞬で燃え上がった。
私達は夜会で、密やかに愛を育んだ。
それでも、完璧に隠し通すことは無理だった。
誰かが私がマリエルと夜会を抜け出していると両親に密告しているようで、私は夜会のたびに両親に叱責を受けた。
だが、婚約者はまだ夜会に立ち入ることはできないのだ。
私がどう振る舞おうと自由のはずだ。
それに、あまりにも叱責を受けるために、私は、マリエルと婚約を結ばせて欲しいと望むが、彼らは私のマリエルへの想いを一時の気の迷いと断じるだけだ。
真摯に訴え、嫡男としての実績も立て、しかし、それでも私とマリエルとの婚姻は許されず、私達は強行突破を行うことにした。
結果的に、シャルロットとの婚約は解消され、私の望みは叶った。
だが、同時に色々なものを失うことになってしまった。
あの時は、こんな結果を生むとは思いもよらなかったのだ。
どうやら私は、瘴気に対する耐性が人一倍弱いらしい。
瘴気というと、魔獣を倒した時に現れるものという認識が一般的だが、人の負の感情でも発生するそうなのだ。
確かに幼い頃は寝込みがちだった。
だが、単に体が弱いだけだと思っていた。
大きくなるにつれて、寝込むことも無くなっていたからなおさらだった。
それが、婚約者だったシャルロットのおかげだなんて知らなかった。
いや、説明は受けたそうだが、覚えていなかった。
婚約者として出会った当時まだ十一歳の少女にそんな能力があるのだと、信じられなかったのもあるだろう。
毎回、直接、浄化魔術をかけてもらうわけでもなかった。
年の差もあり、住居も別だ。常に行動を共にするわけにはいかないので、私はシャルロットが浄化魔術を込めた装身具を使っていたそうだ。
その装飾品も、今は魔力を使い切りただの装飾品に戻ってしまっているらしい。
幼い頃は、人に会うといっても、稀に開かれる子供も参加できるお茶会だけだった。
大人になれば、そうはいっていられない。
社交シーズンには、毎夜夜会が開かれる。
侯爵家という高い爵位は、ただでさえ嫉妬と羨望の視線を集めやすいのに、婚約者の変更という話題も加われば、様々な視線が私に寄せられる。
一度の夜会で浴びることになる瘴気はとても多く、体調不良から侯爵家嫡男として社交をこなすどころではなくなった。
一度夜会に出れば十日は寝込んでしまうため、私は両親に命じられ、侯爵家の離れに、婚約者となったマリエルと共に暮らしている。
私がこの調子なので結婚式も挙げられないのだ。
離れに暮らす私達は、侯爵家の厄介者に成り果てていた。
このままなら爵位も弟が継ぐのだろう。
「こんなはずではなかったのに……」
そう言ってマリエルは泣くばかりだ。
儚くも美しいマリエルの容姿は変わらないが、毎日飽きずに涙を流す彼女の様子にはうんざりする。
(どこで間違ったのか……)
シャルロットと婚約を維持したまま、マリエルと結ばれるべきだったのだろうか。
だが、伯爵家の令嬢でしかない彼女がマリエルの上に立つなど到底許されることではない。
(いや、たかが伯爵家の令嬢でも、いなければ私は動けないのだ)
シャルロットを仮の妻に立て、マリエルを本当の妻とすべきだったのだ。
過ちに気が付いた私は、再び伯爵家へと婚約の打診を行った。
しかしシャルロットは、既に王家の忌み子、闇属性の魔力が顕現した第三王子と結婚をしたと言うではないか。
「王族に嫁ぐのに、婚約期間がないなどあるわけがない」
断り文句にしても、あまりにもこちらを馬鹿にした話だ。
「……今なら、まだ間に合うはずだ。あれほど、私の愛を乞うていたシャルロットならば、私達のために協力してくれるはず」
彼女がいれば、私は社交界に復帰することもでき、マリエルを悲しませることもない。
「シャルロットも、忌むべき王子との婚約など嫌に決まっている。きっと、私が助けにくるのを待っているはずだ」
そして、私はシャルロットへともう一度、侯爵家嫡男の妻として迎えたいという手紙を書くのだった。




