27.帰還
宴会は盛況のうちに終わった。
それから数日の間は、毒の魔獣を追って別の魔獣が出たように、他の魔獣が現れないかと警戒をしていたが、そのようなこともなく、私とノエル様は城へと戻ることとなった。
ノエル様は村への支援の手配が必要だし、私にできることも終えてしまった。
副騎士団長はもう少し残り、魔獣への対策を強化するようだ。
そうして、出立の日。
「領主様と奥方様が我々を助けにきてくださったこと、絶対に忘れません」
「村が復興したら、見に来てください」
そういった言葉を贈られて、私達は村を後にしたのだった。
城に戻ると、忙しい日々が待っていた。
辺境の村に行っていた間に止まっていたマナーの授業も再開し、今は重点的にそちらの授業に時間を取っている。
ノエル様はさらに忙しそうだ。
辺境の村への支援に、辺境に出向いていた期間の仕事も溜まっていた。
私も手伝えたらいいが、まだそこまでは城の仕事を引き継げていない。
朝食は一緒にとっているが、それ以外は顔を合わせる時間が無い。
そんな、ある日のことだった。
朝食の時間に、ノエル様が口を開く。
「ようやく色々と落ち着いたから、今日は夕食も一緒にとれるはずだ。その前に少し話したいことがあるから、時間をとってもらえないか?」
「構いませんが、お仕事の方は落ち着いたのですか?」
「あぁ、寂しい思いをさせてしまって申し訳ない」
「私も忙しくしておりましたから。でも、久々に晩餐をご一緒できるのは嬉しいです。楽しみにしております」
辺境から戻ってきて、ずっと一緒に晩餐をとれていなかった。
私はそわそわとしながらその日を過ごしたのだった。
夕方。
シンディによって青紫色のドレスに着替えさせてもらい迎えを待った。
ドレスは白い生地に青みの強い紫色の透ける素材が重ねられていて、光の当たり方によって、キラキラ輝いているように見える。
他の色と迷ったけれど、久々にノエル様との晩餐ということで、思い切ってこの色を選んだ。
「待たせたかな」
「いえ、待っておりません」
「そのドレスを着てくれたんだな。とても似合っている」
「ノエル様も素敵です」
ノエル様は黒のディナージャケットを着ていて、ここ最近は騎士服を見慣れていたからか新鮮に感じる。
彼の差しだした手を取って、部屋を出た。
そのまま晩餐室に向かうのかと思っていたが、別の廊下を進み階段を上る。そういえば、お話があると伺っていた。
連れて行かれたのは、入ったことが無い区画の部屋で、部屋の奥には大きなバルコニーが見えている。
護衛には部屋の前で待つように言っていたので二人きりだ。
ノエル様はそのまま真っ直ぐにバルコニーに向かい、外に出る。
「こちらだ」
「……うわぁ!」
バルコニーにからは夕焼けに染まる町並みが見渡せた。
オレンジ色から夜へと変わる空の色がとても美しい。
「この場所からは夕陽がとても美しく見えるんだ。気に入ってくれたか?」
「とても……。綺麗です。それに、あの街並みはノエル様が守ってこられたものだと思うと、一層美しいと感じます」
綺麗だけでは言葉が足りない気がして、付け加える。
トーマスから、ノエル様は町の人のために様々な施策を取られてこられたと聞いている。
それに、今回、混沌の森の近くの村が魔獣に襲われたように、魔獣の被害は辺境では珍しくないのだと聞いた。
一緒に辺境の村に行ったから、ノエル様がこの領地のためにどれだけのことをなさってこられたか、ほんの少しだけど想像がつくようになっていた。
「すべてシャルロットのおかげだ」
だけど、そんな風に言う彼に、私は首を傾けた。
私がノエル様に会ったのは、この辺境に来てからだ。
ノエル様とは年齢差もあり、社交界で顔を合わせたことはない。
「私達が顔を合わせたのは、つい先日のことだったと思うのですが……もしかして、どこかでお会いしたことが?」
「そうだとも言えるし、そうではないとも言える。今からする話は、現実感も無く、信じ難い話かも知れない。それでも、聞いてくれるか?」
隣を見上げると、思い詰めたように私を見つめる瞳と目が合った。
その視線に、私はもう一つの可能性を思い浮かべる。
(まさか――)
以前、ノエル様の魔力に感じた既視感。
それは、前世の魔王に似ているというものだった。
(本当に、そう、なの……?)
私は覚悟を決めて、頷いた。
「…………聞かせてください」
長い沈黙の後、ノエル様は口を開いた。
「私には、前世の記憶がある。そして、そこで私達は、出会っているんだ。もっとも、恋人同士とかそういう甘やかな関係では無かったが……」
そう言われて、私にはやっぱりそうだったのかと納得していた。
そして彼が言いにくいだろう言葉をつむぐ。
「……ノエル様の前世は、魔王だったのですね?」
「なっ! それを、どうして――」
「私にも前世の記憶があるのです。私は六年前、十歳になった頃に思い出しました。それで、こちらに来た次の日、キスした時に感じたノエル様の魔力で、ノエル様がそうだと気が付きました――」
「気が付いていたのか…………」
ノエル様は驚きから立ち直ると、私に尋ねる。
「シャルロットが気が付いたように、私の前世は魔王だった。聞きたいのだが、私の前世に幻滅はしなかったのか?」
「いいえ。前世が何であろうと、ノエル様はノエル様です。私が婚約解消されて途方に暮れていた時に、居場所をくれました。それに、この辺境のためにノエル様がしてこられたことを見たら、尊敬の思いはあれど、幻滅などいたしません」
「そんな風に言ってくれるのか……」
泣きそうな笑顔を向けられて、私は想わずノエル様に尋ねていた。
「ノエル様こそ、前世で、私が討伐に伺ったことについては思うところはないのですか?」
「全く。むしろ、感謝している。それに、前世のシャルロットは、私のために祈ってくれたではないか。あのように、魔王にさえその力で来世の幸せをと祈ってくれた姿に感動して、私も今世では持てる力を誰かのために使おうと思って生きて来られた。だから、今のこの辺境があるのはシャルロットのおかげなんだ」
それで、あの言葉になるのか。
「ですが、実際に行動に移されたのはノエル様です」
「そう、言ってくれるのか……?」
感動している姿に構わず、私は気になったことを尋ねた。
「ノエル様は? いつ私が、その、私の前世が聖女だと気が付かれたのですか?」
「ちょうど、シャルロットが前世を思い出した頃になるのかもしれない。辺境に、王都に聖属性の魔術の使い手が現れたという噂が届き、もしかしてと思った。確信を持ったのは、神殿での奉仕活動で魔術を振るっている姿を見てからだな」
「見に来ていらっしゃったのですか」
「一度だけ。どうしても気になって」
詳しく時期を聞くと、確かに、記憶を思い出してすぐに私は神殿の奉仕活動に参加しはじめた頃だった。
「なら、婚約解消された私に婚約を申し込んでくださったのは――」
前世が聖女だったから?
そう尋ねようとしたところでと、ノエル様からぎゅっと胸元に抱き込まれて、私は戸惑う。
「待って、誤解しないでほしい。きっかけは、確かに前世の記憶だった。だが、私は、シャルロット、あなた自身に惹かれている」
辺境の森の中で、告白をしたし、思いを返してもらったけれど、それは前世があったからだと思いかけた私に、ノエル様は必死な様子で言いつのる。
「ここに来た時、年が離れた私に、相思相愛の夫婦になりたいと条件を突きつけ、代わりに浄化魔術を使うと胸を張るシャルロットの姿に心惹かれた」
私が耳を傾けようと力を抜いたからか、ノエル様もほっとしたように体の力を抜いて続ける。でも、緩く抱き締められたままだ。
「浄化魔術を条件にするからには、私が頼んだ時だけしか力を使わないのかと思いきや、誰にでも分け隔て無く、傷つく者がいれば力を惜しむことなく助けて、辺境の村にまで来てくれた。貴族令嬢として、少々危なっかしいと感じるくらいに、シャルロットの心は美しい。そして、誰かのために無茶をするシャルロットを守る権利は、もう、私の物だ。誰にも譲れない」
ふっとノエル様の温もりが離れ、視線が合う。
「それに、シャルロットは言ってくれた。前世関係なく、私は私だと。私も同じ気持ちだ。シャルロットがシャルロットだからこそ、愛おしいんだ」
愛おしげに微笑むノエル様に、揺れていた私の気持ちは落ち着いていた。
「そんな風に思ってくださっていたのですね」
「言葉にして伝えられないくらいに、愛している」
「……私も愛しています」
「嬉しい。一生をかけて、幸せにする」
ゆっくりと唇が重なり、離れて行く。
幸せな気持ちにひたっていた、その時だった。
ノエル様がはっとした様子で体を離す。
「そうだ。シャルロットに、受け取ってほしいものがあるんだ」
そうして取り出した小箱には、紫色のノエル様の瞳とそっくりな色の宝石がついた指輪が納められていた。
「これは……?」
「早く、ここに指輪を贈りたいと思っていたんだが、シャルロットの姿を見てデザインをしたから、届くまで時間がかかってしまったんだ」
そっと左手を持ち上げられ、薬指に通される。
指輪はぴったりで、いつの間に測ったのだろうと思う。
ノエル様は満足げに頷くと、手の甲に唇を落とした。
「なっ――」
「遅くなったが、結婚指輪として受け取って欲しい」
「結婚指輪というなら、ノエル様のもあるのですか?」
ノエル様は頷くと、指輪を取り出す。
こちらはシンプルな作りのものだ。
「シャルロットにつけてほしい」
私が薬指に指輪を通すと、ノエル様は嬉しそうに笑った。
「ありがとう。いついかなる時も、シャルロットを愛すると誓うよ」
そして、私はふと気になって尋ねる。
「いつの間に指輪のサイズを測ったのですか?」
「城に着いた日に、夫婦の寝室で寝ていただろう。その時だ」
なるほどと、頷く私にノエル様は言う。
「そろそろ日が落ちてきた。晩餐室の方に行こうか」
「そうですね」
二人で晩餐室に向かう。
私の左手の薬指にはまった指輪は、すぐに皆が目にするところとなり、トーマスが感極まったように目を潤ませていたり、シンディにお祝いのことばをもらったりした。
さらには、晩餐のデザートが記念日のような特別なものになっていて、なんだか気恥ずかしい思いをしながらいただくのだった。




