23.森の中で
私は、副騎士団長達を先導するような形で、森の中を進んでいた。
「皆様、こちらです!」
ノエル様の魔力は、段々薄れていっている。
焦る気持ちから、走ってはいけないといわれているのに足が速まる。
「奥方様!」
「危険です! もう少しペースを落としてください……!」
「あっ、ごめんなさい」
副騎士団長の注意を受けて速度を落とした、その時だった。
ふっと、何かの境界線をまたいだ気がした。
目に見える何かがあったわけではない。
見回しても、今までと変わらない森の中だ。
「副騎士団長様、今のは感じました? 何だったのかわかりますか?」
振り返ると、背後には誰もいなかった。
すぐ後ろに着いてきていたはずの副騎士団長の姿も、騎士の姿もない。
「えっ、どうして……?」
何が起きたかはわからないが、異常事態が起きたということはわかる。
引き返して、合流するべきだろうか。
だが、ノエル様の魔力は、この先から感じている。
さらには、伝わってくる魔力は本当に微かなものになっていた。
「迷っている時間はなさそうね」
私は迷いを振り切ると、森の奥へと向かった。
ノエル様を見つけなければという焦りと、静かな森への不安。
その両方の思いを抱えながら進んでいく。
大声でノエル様の名を叫んだ方が合流できるのではないかと思ってしまうが、理性でその衝動は押しとどめている。
森に入る前に副騎士団長に、大声を出したりするのはやめるように言われていた。
今の森の状態がどうなっているのかわからないから、何をおびき寄せてしまうかわからないそうだ。
木陰の先に、人の服らしきものが見えて私は息を飲む。
「ノエル様!」
走り寄ると、苦しそうに胸を押さえてうずくまるノエル様の姿があった。
見たところ、ノエル様の周りに瘴気が集まり、それに抵抗しようと彼は自身の魔力を放つことで抵抗しているようだった。
しかし、ノエル様の魔力は闇属性で瘴気と親和性が高い。
放った魔力は瘴気の浸蝕を受け、それを防ぐためにさらに魔力の放出をと悪循環になっているようだった。
「………………シャル、ロット?」
薄く開いた瞼から、紫色の瞳が覗く。
意識が朦朧としているのか、ノエル様の反応は薄い。
「すぐに浄化します! もう少しだけ耐えてください」
駆け寄りながら、光魔術に浄化の魔力を乗せて放つ。
辺りにまばゆい光が広がり、集まって来ていた瘴気が一掃される。
一拍遅れてノエル様から魔力の放出が止まった。
「ノエル様、大丈夫ですか……! っ! 浄化を行います!」
駆け寄って浄化魔術をかけ、呼吸が楽になるように、近くの木を背にして座るように態勢を変えてもらう。
「ノエル様、怪我はございますか? 治癒魔術もかけますね」
尋ねながら顔を覗き込むと、薄く開いた瞳が私を見つけて驚いたように見開いた。
そして、儚げな笑みがこぼれる。
「今世も、あなたが私の最期を――――」
「っ! 何を言っているんですか!」
そのまま目を閉じるノエル様に、私は焦って緊急時のためにと持って来ていた魔力回復剤の粒を彼の口に押しつける。
だが、頑なに開かない口に、私は覚悟を決めた。
薬を口に含み、ノエル様の顔をに押しつける。
「っ、苦――!」
「気が付きました?」
目を見開くノエル様に微笑む。
「集まっていた瘴気も、ノエル様の瘴気も私が払いました。その不調は、魔力切れです」
「――っ、シャルロット!? 本物、なのか……?」
呆然とするノエル様に、ゆっくりと頷く。
「夢では、ない……?」
次の瞬間、ぎゅっと抱き締められていた。
「本当だ、本物のシャルロットだ」
私を囲うノエル様の腕が震えているのに気が付き、私もそっと彼の背に腕をまわし、その胸に顔をうずめる。
「心配、したんですよ」
「……すまない」
「私、ノエル様が倒れている姿を見て、ノエル様を失ってしまったのかと、とても怖かったです」
びくりと腕が震えるが、私は続ける。
「置いて、いかないでください」
「それは、どういう……?」
怪訝な様子のノエル様に、私はさっき気が付いた気持ちを伝える。
「好き、みたいなんです」
「えっ……」
驚いた雰囲気を出すので、私は顔を上げ、ノエル様の目を見つめながら、もう一度、きちんと言う。
「私、ノエル様のことが、好きです」
「……シャルロット?」
「なんですか?」
「その、シャルロットの気持ちは、嬉しい。とても、嬉しい。けれど、いいのか……?」
どこか不安そうに私を見つめるノエル様に、私は首を傾げる。
「いいもなにも、私が好きだと言っているのです。それに、結婚もしているのに、何か問題がありますか?」
「ない。けれど、今回のことで、この土地が危険だということもわかっただろう。……最悪、離縁と言われるかと思っていた」
何故そんな風に思うのかがわからない。
意識が戻ってからの、ノエル様のどこか前向きでは無い様子に、思いついたことを口にする。
「……もしかして、ノエル様は私がお好きでないということですか?」
「違う! 私も、シャルロットが好きだ! 愛している!」
先程までの弱った様子が嘘のように力強く否定され、私は、その言葉ににっこりと笑う。
「なら、何も問題ありません。二人で、支え合って生きていけばいいだけです」
「だからっ! そんなことを言って。もう、絶対に、私はシャルロットを離さないからな!」
「私だって。ノエル様が嫌がったって離しません」
虚を突かれた様に、ノエル様が目を瞬く。
「本当に、私のことが……?」
「まさか、信じていただけなかったのですか」
「……あまりにも、自分に都合が良すぎると思っていた」
「なら、信じていただけるまで言い続けま――」
言い終わる前に、ノエル様から唇を塞がれていた。
すぐに離れたものの、驚きに固まっている私を見て、ノエル様は微笑む。
「シャルロット、好きだ」
「っ!」
「本当に、好きだと思ってくれているのだな」
好きだと自覚した人からの好意を告げる言葉に思わず頬が緩むと、ノエル様は私の様子を見て、うっとりと目を細めていた。
「……愛している」
今度は、その言葉と共に先程よりも長く重なった。
そうして、ほんのりと魔力回復薬のするノエル様との口づけは、副騎士団長らが、この場所を見つけるまでずっと続いたのだった。




