22.ノエル視点
私が『前世の記憶』というものを思い出したのは八歳の時だった。
時々見ていた、自分ではない者の視点で見る夢の意味がある瞬間に繋がって、今まで見た夢の内容が『前世の記憶』と呼ばれるものだと納得ができたのだ。
前世が魔王といわれる存在だった、というのは、当時第三王子として生まれ、ちやほやされて生きてきた自分にとって、なかなかの衝撃だった。
それでも、事実を飲み込んでしまえば、納得できることは多かった。
光属性の魔力を持つ者が多い王族であるのに、私は生まれた時から闇属性の適性が強く、魔力量も多かった。
何故記憶が残ったのか、疑問には思ったものの誰かに尋ねることはできなかった。
一国の王子が「前世の私は魔王だった」などと言えば、笑われるか、頭の病気を疑われるだろう。
――『魔王』とは、何か。
それを私は知っていたが、神殿の教えは違うようだった。
神殿の教えには、魔王というのは人を滅ぼす存在であり、それを討伐するために勇者と聖女が選ばれるとある。
しかし、前世の記憶から考えると、それは大きくは間違っていないが、正しくもなかった。
この世界には、瘴気という全ての生き物の、負の感情から生まれるものが存在する。
魔王は、空気中に存在する瘴気が凝り固まって、適正の高い器に入り込んだだけの存在だった。
もちろん、魔王を討伐せずに放置すれば結果的に世界は滅びるだろう。
だが、魔王は世界を滅ぼすために生まれたのではない。
前世の私が、そのような目的を持って生きていなかったのだから、それは確実だった。
聖女と勇者は女神の神託で選ばれると聞くが、その辺りの仕組みは人の世に都合が良いように流布されているようだ。
前世の記憶を持っている理由があるとするなら、その心辺りは一つだけだった。
神殿で絶対悪と断じられるはずの魔王に対し、聖女が『ごく普通の幸せを』と祈ってくれた。
だから、私は彼女の祈りが、私の魂をこの場所へと導いたのだと思っている。
そうして、記憶が戻って一番にしたことは、前世の聖女を探すことだった。
当初、聖女を探すことは簡単に思われた。
私が闇属性の魔力を持っているように、聖女ならば、聖属性の魔力を持って生まれるだろう。
魔力量も普通の人よりも多いはずだ。
平民で聖属性の魔力適性があり、魔力が高ければ、だいたいは神殿に囲われる。
身分が高ければ、奉仕活動をと乞われ、神殿の活動に関わることになるはずだ。
聖属性の魔力が高い者を探せば、自ずと見つかると思っていた。
しかし、私が探し始めた時点で少なくとも国内には聖女はいないようだった。
だが、諦められなかった。
王子という身分ゆえに気軽に世界を見て回るということはできなかった。
それでも、何もせずにはいられなかった私は護衛を巻いて城下を見て回った。
それに、どうしてか、聖女は近くにいる気がしていた。
ここまで探していないのならば、彼女は平民ではないだろう。
貴族の家に生まれたならば、いずれは顔を合わせることになる。
だから、必ず見つかると信じていた。
そうして聖女を探し回る中、いつの頃からだろうか。
最初は彼女の幸せを祈るだけでよかったのに、同じ夢を繰り返し見て、自分でも記憶を何度も繰り返し思い出すうちに、自分の手で、彼女を幸せにしたいと思うようになっていた。
同時に、致命的なことに気が付いた。
(生まれ変わった私が、ただ王子という地位を持つだけの男だったら、失望されるかもしれない)
その恐れから、王子としての教養も磨いていった。
ある程度の教養が身につけば、今度は魔術も磨いた。
(彼女がそうであったように、彼女が見つからないならば、彼女がそうしたように、私は私の持つ力を民のために使おう)
その考えのもと、十歳の頃、生まれ持っての高い魔力と、前世の経験からか今世でも得意だった攻撃性の高い魔術を生かすため、辺境へ行きたいと両親に伝えた。
辺境は、混沌の森という、瘴気が籠もり、魔王程ではないが多くの魔獣を生み出す土地に接している。
生まれ持った能力を生かすのならば、それが一番早いと思ったのだ。
両親は私の考えを聞くと、渋い顔をした。
王族としては立派だが、流石にまだ早いと断られてしまった。
辺境領に行くのを許されたのは、十二歳になってからのことだった。
その頃になると、私の闇属性の魔力は貴族の間でも知られていて、私は貴族達に少し距離を置かれていた。
また、成長期に入りかけ、私の魔力量はさらに伸びようとしていた。
その兼ね合いもあったのかもしれない。
それからは、王都と辺境領の往復をしながら暮らしていた。
そして、十八歳になった時のことだった。
辺境領にいる時、僅か十歳という年齢ながら、優れた聖属性の魔術の使い手が現れたという知らせを受け取った。
(絶対に、彼女だ)
確信を持った私は、急ぎ王都に戻ったが、伯爵家の貴族令嬢だという彼女には、既に侯爵家と婚約が結ばれた後だった。
王族とは言え、貴族の婚約に割り込むことはできない。
(彼女を、ずっと探していたのに……)
王都にいたならば、侯爵家嫡男よりも早くに見つけられただろうか。
適齢期になったのだから、婚約者を作れという言葉は、幾度も投げかけられていた。
それでも、婚姻をするのならば、絶対に前世の聖女がよかったのだ。
だから、何度縁談を勧められても、断って辺境に籠もった。
両親は政略結婚のコマに使えない私の事を持て余していたようだが、辺境での働きで私の我が儘も相殺され、許されていた。
なのに、彼女をもう手に入れることができないと知り、私は絶望した。
それでも、彼女の幸せを祈ることはできた。
年が離れた私とは違い、彼女の婚約者とは年が近い。
闇属性の魔力を持ち、貴族から嫌煙される私よりも、普通の男の方が彼女を幸せにできるのではないだろうか。
そう思い、荒れ狂う心をなんとか静めた。
だが、近くで二人を見て、平静でいられるとは思えなかった。
私は今後も政略結婚の駒にならない代わりに、長年、王家が持て余してきた辺境の地をもらいうけた。
それからは、私は辺境にほとんど籠もりきりの日々を送った。
そうしながらも、未練を捨てられずに、彼女の身辺を探らせ続けた。
何か、困ったことがあった際に手を差し伸べることができるように。
彼女が結婚してしまうまでは、せめて。
そんな執着が実り、彼女の結婚までもう一年という頃、彼女は婚約者から婚約破棄をされてしまったという知らせをいち早く手に入れることができた
まさか。
自分に都合が良すぎる。
しかし、知らせが来たと言うことは事実なのだろう。
私は持てる権力を全て使い、両親に頼み王宮と辺境を結ぶ緊急通信機能を使い彼女へと婚約を申し込み、そして、辺境にやってきた彼女から何故か婚姻をと迫られたのだった。
最初は、彼女が私が魔王だと気が付いているのかと思っていた。
浮かれて、初対面の男女が取る行動からは逸脱した触れ合いをしてしまったかもしれない。
彼女が私の前世に気が付いていないと悟った後も、態度は変えようが無かった。
それに、顔を合わせたシャルロットは、その魅力でさらに私を魅了していった。
誰であっても、その力を分け隔て無く使おうとするところは前世に重なるが、意外に向こう見ずなところがあるようだった。
だが、何より前向きで、常に一生懸命なシャルロットから、私は目が離せない。
一生、手放さない。
何があっても、絶対に彼女を幸せにする。
彼女を守る栄誉は、生涯私だけのものだ。
そう考えていたのに。
(今世も、魔王となるのか……)
長年、辺境で瘴気に触れていたこと、また、辺境という瘴気が多い土地柄が悪い方に作用したのだろう。
毒持ちの魔獣を追ってきた魔獣から騎士団の者を逃がし、魔獣を倒したはいいものの、魔獣から吹き出した瘴気を正面から浴びてしまった。
それが引き金になったのか、私の体に瘴気が集まりはじめ、動けなくなってしまったのだ。
(彼女とは婚姻を結んでしまっているというのに。私は、彼女を一人残していくのか……?)
未練しか無い。
いや、それどころではない。
責任感の強い彼女のことだ。
この辺境の地に嫁いだからと、私が死んだ後もこの辺境領に残りそうだ。
私は、王都の華やかさもなく、魔獣ばかりがいる土地に、彼女を一人で残すのか?
(簡単に死なないと、私は、シャルロットに言ったではないか)
そして、私は衝動のまま、魔力を解放した。




