21.異変
広場に行くと、魔獣の討伐に向かったはずの騎士のほとんどが帰ってきていた。
昼に会議を行ったテントの前に集まっている。
彼らは皆、体のどこかしらに傷を負っているようで、顔色を青くして傷の手当てを行っている。
治癒に呼ばれたのだろうかと思っていると、副騎士団長がやってくる。
「奥方様、侍女殿もこちらに」
奥のテントの方に向かうと、中には誰もいなかった。
重傷者が集められているのかと身構えていたが、違うようだ。
ふと、村長の屋敷からこのテントに来る間にノエル様の姿を見ていないことが気になった。
(気のせいかも。私が見えないところにいらっしゃったのかもしれないし……)
テントの中に入ると、副騎士団長はここまで案内してくれた騎士に誰も近寄らせないようにと言い置いて、入り口の警備を頼んでいた。
そのまま、厳しい表情で黙り込んでしまう。
「お話があると伺いましたが」
「……はい。団長――、辺境伯様に関することです」
「ノエル様について……? 毒を持つ魔獣の討伐がうまくいかなかったのですか?」
嫌な予感に、副騎士団長の顔を見ると、彼は辛そうに首を振る。
「そちらは、無事に討伐が終わったようです」
心配のしすぎだったのかもしれないと思った時だった。
「……そちらは?」
違和感を口にすると、副騎士団長は硬い表情のまま頷いた。
「新たに、別の大型の魔獣が出ました。話を聞く限り、その魔獣は、毒持ちの魔獣を追って現れたようです。さらには魔力持ちで、私達が見たことがない魔術で攻撃してきたそうです。咄嗟に団長が防御魔術を展開してくれたので、魔獣の討伐に出ていた者達の命は守られましたが……。そうでなければ、全滅していただろうと聞いています」
「っ、ノエル様はどうなったのですか……?」
「皆を逃がすために、一人残ったそうです」
「えっ」
私に『簡単に死ぬつもりはない』と言ってくれたばかりだったのに。
それとも、何か考えがあってそうしたのだろうか。
考える私に、副騎士団長は言う。
「守る対象が多いと、魔力消費が多いから、自分だけならばなんとかなるからとそう言われたと聞いております」
「では、もしかしたら、遅れて戻ってこられるかもしれないのですね……?」
自分でもその可能性は低いだろうと思いながらも尋ねると、副騎士団長は頷いた。
「私もそう願っています……。森を見張らせていますが、魔獣も、団長の姿も見えません。夜が明けたら、捜索に出ます」
「夜が明けてから、ですか」
「本当は今からでも探しにいきたいですが、ここに来た騎士の半数に怪我を負わせる魔獣に夜の森で敵うとは思えません。夜に動いていると言うことは、相手は夜行性です。そいつが寝ている間に、腕が立つ者数名で森に入り、団長を助け出します」
「でしたら、私も参りますっ!」
「シャルロット様っ」
シンディがとんでもないと驚きの声を上げるが、私は首を振る。
「ノエル様が危険な目に遭われているのならば、私も同行した方がよいはずです。もし怪我を負われて動けない状態なら、どうするのですか。ノエル様は絶対に助けなければならない方です」
主張すると、副騎士団長は長い息を吐き出す。
「団長は失ってはならない。私もその点では同意見です。ですが、森はこの村よりも遥に危険です……」
「危険を避けたいと思うのならば、そもそもこの村に着いてくるなどと言ってはおりません。だいたい、ノエル様も一人で残るなど、危険なことをなさっておいでです。そんな方に叱られるいわれはありません!」
「……わかりました。奥方様の身の安全を度外視すれば、私も奥方様についてきていただく方が良いと思っておりました。ですが、魔獣は寝ているとは思われるとはいえ、危険なことに変わりありません。どうか、私達の指示を守ってください」
「わかっています」
頷くと、思案気に副騎士団長はシンディを見る。
「シンディは、残っていてね」
「ですが――」
「副騎士団長様は、少数精鋭で行くと仰っていたわ。それに、騎士様も着いていく人が少ない方がご負担がないでしょう。大丈夫、ちゃんと戻ってくるわ。だから、お願い」
シンディが頷くと副騎士団長が言う。
「朝方、出ますので。それまではこちらのテントをお使いください」
「待ってください」
「何かございましたか?」
「もし予備の騎士服がありましたら、貸していただけませんか」
「っ! すぐに届けさせましょう」
そう言って、副騎士団長は出て行った。
朝方。
届けられた服に身を包み、私は朝霧が立ちこめる森の前に立っていた。
他に、副騎士団長と、副騎士団長が選んだという騎士団の中でも取り分け腕が立つ騎士五名が同じように立っている。
この七人で森に入る。
森の入り口付近は、毒持ちの魔獣のせいか、毒で木々が枯れている場所も見えた。
けれど、そちらの魔獣は討伐が終わっているという言葉の通り、森の中はしんと静まりかえっていた。
鳥の声すらない森に異常事態を感じながらも、進んでいく。
ノエル様と別れたという場所に向かっている時だった。
「――ドン」
大きな音が響いたかと思うと、森の奥から濃密な魔力があふれてくる。
「なっ、なんだ」
「魔力の、暴発でしょうか……?」
「一旦止まれ、状況を確認しよう」
副騎士団長達がそんな会話をしている横で、私は記憶にある魔力の気配に息を飲む。
(これは――)
森の中だからか、色々な生き物の持つ魔力が混じっているが、その中にノエル様の、そして前世の魔王のものに良く似た気配が混じっている。
騎士達はそこまで気が回っていないようだった。
というか、この魔力の爆発にノエル様の魔力が含まれていることに、気が付いていないようだった。
「魔力の爆発の発生場所はあちらのようです。ノエル様の魔力の気配が混ざっています」
「なにっ」
「奥方様、案内をお願いできますか」
そして、私達は魔力の爆発が起こったと思われる方向を目指した。




