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2.ルフォール辺境伯領へ

 ルフォール辺境伯から結婚の申し出があって三日後。

 フェネオン侯爵令息との婚約解消は最速で進められた。手続きが完了したのを確認し、私はきるだけの準備をして辺境へと旅立った。


 申し出には、身一つで来ても大丈夫だと書いてあったが、流石に着替えや身の回りの品は必要だ。

 合間でルフォール辺境伯について、できるだけのことを調べた。

 でも、あまり詳しいことはわからなかった。

 殿下が王都におられたのは、辺境伯となられる五年前までで、殿下について詳しい話は聞けなかったのだ。

 それでも、心に決めた方がおられたのか、ずっとご婚約者を作られなかったということはわかった。


(ということは、その方針を曲げねばならないくらいに、辺境の状態が悪いのかも……)


 心構えをしておいた方がいいだろう。

 結婚申し込みのお手紙も、王宮にある緊急用の通信用魔道具を経由して届けられたのだと聞いて、その確信を強くする。


 そうして、二週間後。

 私はルフォール辺境伯のお城へと到着した。


 門番に名を告げると、すぐに城の中に通され、応接室へと案内される。

 こちらにルフォール辺境伯がいらっしゃるそうだ。

 ルフォール辺境伯は、現在二十四歳。私の八歳年上だ。

 どんな方だろうと思いながら応接室に向かう。


 どきどきしながら応接室の中で待っていると、辺境領の騎士団の制服に身を包んだ黒髪の男性がやってきた。

 短いが艶のある黒髪に、切れ長の紫色の瞳には知性がにじんでいて、顔立ちは整っている。

 魔術師と聞いていたが、魔術師というよりは騎士と言われた方が納得できそうだ。


(この方が、辺境伯様……)


 見惚れていたことに気が付き、私は慌てて挨拶を行う。


「っ、殿下におかれましては、本日はご機嫌麗しく存じます。お初にお目にかかります、ヴィアール伯爵家のシャルロットと申します」

「丁寧な挨拶をありがとう。私はノエル。このルフォール辺境伯領を治めている。ヴィアール伯爵令嬢には、どうか、ノエルと呼んで欲しい。婚約者となるのだから」

「かしこまりました、ノエル様。でしたら私のことは、どうぞシャルロットとお呼びください」


 ノエル様は「わかった」と頷き、嬉しげに目を細める。

 その表情を見て、ほっとする。

 私の存在は、歓迎すべきものらしい。


(やっぱり、浄化魔術が目的なのかしら……?)


 だから、その使い手の私の機嫌を損ねないようにしているのかも。

 そう思って、気を引き締める。

 今から言わなくてはいけないことがあるのだ。

 それは、ここに来るまでの間に考えてきたことで、私の目標のために必要なことだった。

 覚悟して息を吸い込む。

 最初が肝心だ。


「そのことなのですが、この婚約に関して、私からいくつかお願いしたいことがあります」

「ほう?」


 ノエル様の片眉が上がる。

 それもそうだろう。

 伯爵家には、この婚約について無理を言うからと既に多額の結納金が振り込まれている。

 しかし私が問題にしているのはそういうことではないのだ。


「まず、婚約ではなく、すぐにでも婚姻をお願いします!」

「は?」


 既に一度婚約解消されている私は、ノエル様と婚姻できなければ今度こそ本当に後がない。

 唖然とするノエル様に畳み掛ける。


「そして、婚姻の暁には、毎食は無理でも、一日に一食はノエル様と食事を共にしたいです。それに、月に一度はデートを。お互いの誕生日には、贈り物を。結婚記念日は毎年お祝いしたいです」

「……他には?」


 ノエル様は呆気にとられた顔を真顔にして、私に促す。


「社交に出向かれる場合は、私をパートナーとして、三回続けてダンスを踊ってください」


 三回続けて踊ることは、夫婦でないと許されない。

 とはいっても、それを実際に行うのは余程仲の良い夫婦だけだと聞く。


「私は、形だけでも、仲の良い夫婦となりたいのです」

「形ばかりの妻にするつもりはないが?」

「私が目指すのは、愛し愛される、相思相愛夫婦です! あ! なので、愛人はお互いに持たず、もしノエル様が愛を囁きたくなった時は、私にお願いします!」

「愛人を持つつもりはない」


 何を言っているんだというノエル様の視線が痛いが、私は続ける。


「私は学んだのです。以前は、こちらが尽くせば相手も振り向いてくださると思っていました。ですが、それは間違いだったと身をもって知ることになりました。結婚は一人ではできないのです。ならば、目標を共有し、協力を求める必要があると思いまして!」

「過ちを繰り返さないとする、その姿勢は正しいと思うが――」

「ですよね! ノエル様にご賛同いただけて嬉しいです! このように、既に婚姻届も記入済みですので、ご安心を!」


 そうして記入済みの婚姻届を差し出す私に、ノエル様は眉間を揉みながら言う。


「言いたいことはわかった。協力するのもやぶさかではないが、シャルロットは代わりに私に何を提示してくれるのかな」


 ノエル様の言葉に、私は「来た」と思う。

 今伝えたのは、私の一方的な希望。

 ノエル様にも時間と労力を割いてもらう必要がある。

 そのためには、彼に自主的に協力したいと思ってもらわなくてはならない。


「浄化魔術を。これでも、十歳の頃から神殿での奉仕活動にも参加しています。その魔術を、ノエル様と、このルフォール辺境領のために使います!」


 この婚約、おそらくは、私の浄化魔術を目当てにしたものだ。

 そうでなければ、婚約解消されたばかりの私に、あんなにも早く婚約の申し込みが来るはずがない。

 けれど、結婚の申し込みの手紙にはそのことには触れられていなかった。

 神殿で奉仕活動にも従事していたことは知られているだろうから、こちらで結婚した後も領地のために続けると思われていたのかもしれないが、嫁ぐ条件として書かれていない以上、手札として使わせてもらう。

 それに、こうして条件として提示することで、辺境伯側からも頼みやすいだろう。

 どうだとばかりに胸を張る私に、ノエル様は口元を覆う。


「面白い……」

「えっ⁉︎ 今、なんとおっしゃいました?」


 ぼそりと言われた言葉は、残念ながら聞き取れなかった。


「いや正直意外だった。要求だけを言われるのかと――」

「流石にそこまでは常識知らずではありません」


 胸を張る私に、ノエル様はどうしてかむせている。


「んんっ、そうか、わかった。その条件であればこちらも異存はないが……そうだ。食事を共にする条件についてだが、領内に魔獣が出た場合、私はその対応で戻れない日がある。その場合は、後日、改めてお茶の時間を設けることで変わりとしていいだろうか」

「もちろんです」


 約束を守る前提で考えて下さるノエル様に嬉しくなる。


「では、決まりだな」


 ノエル様は差し出していた婚姻届を受け取ると、その場でサラサラとサインしてしまう。

 そして、手元の紙に何やら魔術をかけると、婚姻届はこの場から消えてしまった。


「王城に提出も終わらせた。これで、私達は真実、夫婦となった。末永くよろしく頼むよ、シャルロット」


 ノエル様は艶然と微笑むと、私の手を捧げ持ち、唇を落とす。


「ふぁっ⁉︎  こここ、こちらこそよろしくお願いします!」


 あたふたする私を見て、ノエル様は満足げに微笑む。


「私の妻はどうやら可愛らしいお人のようだ」

「かっ可愛らしいって……!」

「さぁ、シャルロットの部屋に案内しよう」

「えっ、ノエル様がですか?」

「仲のよい夫婦のための第一歩だ」


 当然といった様子で頷くとノエル様はハッと気がついたように言う。


「相思相愛の夫婦となるならば、抱き上げて運んだ方が良かったな」


 私が断る間もなく、腰に手を回された方思うと横抱きに抱き上げられる。


「ひゃっ⁉︎  そ、そんな、下ろしてください……! 自分で歩けます!」


 自分で言い出したことなのに、ここまで乗り気になってもらえるとは思わず、なんだか気恥ずかしくなってしまう。

 そんな私に、ノエル様は嬉しげに微笑みかける。


「暴れると落ちてしまうよ。それとも、キスもお望みかな?」


 ピシッと固まる私に、ノエル様は残念そうに言う。


「ふむ。キスはまた今度だね。そうだ。晩餐は期待していてくれ。シャルロットが到着したお祝いにしようと料理長には伝えてあるんだ」


 私が言い出した条件がなくても歓迎するつもりだったということだろう。

 幸先の良い始まりのはずなのに、何か自分がとんでもない間違いを犯してしまった気がしながら、これから辺境伯領で過ごすこととなる部屋へと連れて行かれるのだった。

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