19.叱責?
村長の家を出ると、ノエル様は私に向き直る。
「それで、叱責は、後で聞く、だったか」
「あっ……」
怪我人の治療をしなければという意識が強くてそれどころではなかったが、改めてこれから怒られるのだと思うと少し怖い。
おそるおそるノエル様を見上げると、意外にもノエル様はふっと笑みを浮かべた。
「まったく、先程までの威勢はどうした」
「私だって、怒られるのは怖いです」
「でも、来てしまったのだろう」
「はい。だから、大人しく怒られます」
「なんだ、それは」
ノエル様は面白そうに小さく笑い声を立てた。
そんな様子に私も気が緩み口を滑らせてしまった。
「ノエル様が心配だったんです」
「……私を? 毒持ちの魔獣が出ることは稀だが、これまでも討伐の指揮を執ってきている。シャルロットに心配されるようなことはないと思うのだが……」
困惑を浮かべるノエル様に私は首を振る。
「ノエル様の経験も実力も、疑っているわけではないのです。気が付いたら勝手に体が動いていたというか……」
黙って話の続きを促すノエル様に私は続ける。
「浄化魔術が役に立つとか、そういう思考もありました。でも、私自身がじっとしていられなかったのです。知らない場所でノエル様がもし傷ついたら。助けられる能力を持っているのに、間に合わなかったら。そう考えたら、いてもたってもいられなくて……」
「シャルロット……それは……」
ノエル様は何故か困惑したように私を見つめていたが、しばらくの沈黙の後、深く息を吐き出した。
「……私は簡単に死ぬつもりはない。だが、絶対に死なないとも約束はできない。なのに、シャルロットにだけ、城で待っていて欲しいというのは、シャルロットの安全を一番に考えたつもりで、私の都合しか考えていないことでもあったということだな」
「ノエル様……?」
「……私も、シャルロットを失いたくない。だから、もう、無理に城で待つようにとは言わない。ただ、現場にいる間は私の指示に従うと約束してくれるか?」
「はい」
「それと、いくらシャルロットでも、混沌の森の中までは連れて行かないからな。護衛と共にこの村で待機してもらうが、守れるな?」
「守ります」
「ならば、今回の件はこれで終わりだ」
「えっ」
驚く私に、ノエル様は口の端を上げる。
「ん? もっと厳しくした方がよかったか?」
「いっ、いえ、そういうわけではありません」
「私にも、落ち度はあった。きちんと有事の際のことについて、シャルロットと話し合っていなかったからな」
「……そう、ですけど」
「それに、どうやら私は大分シャルロットに甘いらしい」
どういう意味だろうと図りかねてノエル様を見つめるが、その表情からは何も読み取れなかった。
ノエル様に問いかけようとした時だった。
騎士団のテントの方から騎士が駆け寄ってくる。
「団長! こちらにいらしたのですか!」
「あぁ。シャルロットに毒を浴びた村人と騎士の治療を頼んでいたんだ」
「そうだったのですね。怪我した者達の具合はいかがでしょうか……?」
遠目に、深刻な話をしているように見えたのかもしれない。
騎士は遠慮がちに尋ねるも、ノエル様は安心させるようにきっぱりと答える。
「皆、シャルロットが治療してくれて、今は落ち着いている。後は体力の回復を待つばかりだ」
「それは……! 奥方様、ありがとうございます!」
「それで、何か緊急事態が?」
「いえ! お姿が見えましたので、今後の予定の確認に参りました。城から本隊が追い付いたら、今晩の作戦を立てると言われておられましたが、いかがいたしましょうか」
「そうだったな。シャルロット、行こうか」
差しだされるノエル様の手を取ると、私も騎士団のテントの方に向かった。




