17.副騎士団長は語る
時間通りに騎士団は出発した。
私は準備を間に合わせ、今は騎士団の荷馬車の一つに乗せてもらっている。
眠れそうなら眠って良いと言われているが、とても眠れそうに無かった。
隣にはシンディが座っている。
ちなみに、シンディも起きているようだ。
「付き合わせてごめんなさい」
「構いません。侍女として、どこまでもシャルロット様にお供します。しかし、意外でした」
「意外?」
「シャルロット様がここまで行動的な方だと読み切れませんでした」
若干悔しそうに言うシンディに私も微笑む。
「私もよ」
「えぇっ」
「不思議なんだけど、ノエル様のことになると冷静でいられないの」
本当は、私も領主の妻として、城で待っているべきだとわかっている。
元婚約者と婚約を結んでいた時だって、こんな風に衝動で動くことはなかった。
辺境伯領の開放感のせいだろうか。
首を傾ける私に、シンディは少し残念そうな顔だ。
「それは……、いえ、私が言うべきことではないですね」
何事かに一人納得しているシンディに私は尋ねる。
「そうだ。シンディは、ノエル様にお仕えして長いの?」
「五年になります。辺境伯様がこちらにいらっしゃってから雇われましたので」
「そうだったのね。シンディはどうして辺境伯様のところで働こうと思ったの?」
「私の家は辺境伯領の近くにある男爵家なのですが、私の下には妹が三人と、一番末に弟が一人いて、その教育にもお金がかかるので家族のために働きに出ることにしたのです」
「ご家族が多いのね。その、気を悪くするかもしれないけれど、結婚は考えなかったの?」
「はい。残念ながら丁度良いご縁もなく、王都に働きに出なければいけないだろうかと考えていたくらいです。その時、ちょうどこちらの城で侍女の募集がかかっていて、採用いただきました。おかげで、弟や妹達も苦労なく過ごすことができております。今は三人目の妹に縁談が決まりそうなところです」
「そうだったのね」
頷く私に、シンディが言う。
「辺境伯様についてお知りになりたいのでしたら、私よりも副騎士団長様の方がお詳しいかもしれません」
「副騎士団長が?」
「副騎士団長様は、辺境伯様がこちらに領主としていらっしゃる前から、辺境で魔獣の討伐任務についていらっしゃっていたと伺っています。その時からご交流もあったと伺っていますので」
「そうだったの。なら、今度話を聞いてみるわね」
この討伐が終わって落ち着いてからになるだろうか。
流石に無理に着いてきてうえ、話を聞きたいからと時間を取らせるわけにはいかない。
そう考えていた時だった。
「私がどうかしましたか?」
「ひゃ!?」
急に声をかけられて驚きの声を上げてしまった。
「副騎士団長、どうしてこちらに」
「休憩時間なので、様子を見に来たのですが……」
言われて、荷馬車が止まっていることに気が付く。
「私が何かしましたか?」
「いえ。ノエル様の昔の話を聞いてみたいと思ってシンディに聞いていたところなの。そしたら、副騎士団長の方が詳しいという話になって、名前が出たのよ」
「そういうことでしたか」
「今は忙しいでしょうから、いつか話を聞かせて欲しいわ」
「別に少しなら構いませんよ。この休憩時間の間にかいつまんで話しましょう。何をお聞きになりたいのですか?」
副騎士団長に尋ねられて私は口を開いた。
「ノエル様についてなんだけど――、副騎士団長はどうやってノエル様と知り合ったの?」
「私は生まれも育ちもこの辺境です。団長は王族ですが高い魔力を持て余しておられたんです。辺境はいつだって魔獣が出ますからね。力の発散を兼ねていらっしゃった時に、当時新人だった私が世話係を言いつかりまして、それ以来の仲です」
「副騎士団長が、新人……?」
「もう十三年も前のことになりますから」
「えっ、ということは、ノエル様はおいくつだったの?」
「えーっと、今私が三十二なので、団長は十一、二歳だったと思います」
「ふぁっ!?」
そんなに前から辺境にいらっしゃっていたのか。
「当時から、お強かったですよ。でも、この領の問題は魔獣だけではなかったので、色々とこの領のために骨を折ってくださっています」
「というのは?」
「この領地は、団長が辺境伯に治まるまでは、王領で代官が派遣されていました。混沌の森に接して年中魔獣は出るし、その被害も多く、引き受け手がいなかったんです。代官がいるから最低限のことはしてもらえますが、この領を守り盛り立てていこうという者ではない。所詮、任期が終われば離れる人達だ」
理解ができて頷くと、副騎士団長は続ける。
「そんな状況を知っていたからか、団長は、成人の時にこの領の領主になると引き受けてくださったんです」
「どうしてですか?」
「理由は聞いていません。ですが、それから、この辺境領は確実に良くなっていっています。だから、皆、団長のためになら命をかけられるんです」
副騎士団長は、真剣な瞳で私を見つめる。
「こんな話をしたからといって、奥方様に何をして欲しいとかいうわけではありません。ただ、奥方様については、私が知る限り団長が初めて望まれた女性です」
「えっと、ノエル様は王族よね。今まで他の方と結婚の話が出たりはしなかったの?」
「聞いたことがありません」
驚く私に、副騎士団長は言う。
「なので、どうか、団長の気持ちを裏切るようなことは、なさらないで欲しいと思います」
「話してくれてありがとう。心に刻むわ」
その答えに満足したように、副騎士団長は頷いた。
「それでは、そろそろ休憩時間が終わりますので私は行きます」
「ええ。今度は、昔のノエル様の話も聞かせてください」
「それは、直接団長に伺っていただいた方がよろしいかと思いますが」
「もちろん聞くけれど、他の方からのお話も聞きたいもの」
「わかりました。団長の許可が出ましたら、お話しいたします」
そして、今度こそ副騎士団長は立ち去った。




