16.急な知らせ
差し入れに行ったその日の夕方。
ノエル様からは緊急の問題が起きたので、その日の晩餐には出ることができないと連絡が届いた。
申し訳ないが一人で食事をして欲しいという伝言に、私は首を傾ける。
「シンディは何か聞いている?」
「私も詳細は伺っておりません。何か緊急事態が起きたのだとは思いますが」
「魔獣が出たのかしら。心配だわ……」
このルフォール辺境伯領に来た際にノエル様が言っていた言葉を思い出して口にすると、そうかもしれないとシンディも頷いていた。
昼間、差し入れを持って行った時には、そこまで切迫した雰囲気はなかったので、その後に何かが起きたのだろう。
もし魔獣が出たのならば、私にも手伝えることはあるはずだ。
「そのためにも、情報収集をしないとね。シンディ、騎士団の元に出かけるわよ」
「えっ、シャルロット様!?」
戸惑うシンディを連れて、私は騎士団へと向かった。
騎士団へ着くと、建物の中は昼間とは違い、物々しい雰囲気が漂っていた。
受付の騎士は私の顔を見て驚いている。
「えっ、シャルロット様? どうしてこちらに?」
「ノエル様から晩餐を共にできないと連絡があったから、何があったのだろうと見に来たの。邪魔はしないから、中に入ってもよいかしら」
「折角足を運んでいただいたのに申し訳ありません。今、辺境伯様――団長はこちらにはいらっしゃらないのです」
「そうなの?」
まさかもう出発されていたとは思わず、私は驚きの声をあげる。
「はい。団長は早めの対処が必要とのことで、先に向かわれました。その後を追うため、今は本隊の出発の準備を行っているところなのです。シャルロット様のおもてなしは難しいかと」
「……何が起きたか、教えてくださるかしら」
じっと受付の騎士を見ると、彼は頭を下げる。
「……団長が奥方様にお伝えになならなかったということは、私の一存ではお教えしていいことか判断できません。申し訳ありません」
「わかったわ。あなたの職務だものね」
これ以上無理を言っても彼を困らせるだけだと私は騎士団を後にする。
けれど、そのまま城に戻るわけではない。
「どちらに向かわれるのですか……?」
「演習場の方に行くわ」
シンディの言葉に答えながら、演習場へと向かう。
受け付けの騎士の言葉によれば、まだ本隊が出発していないとのこと。騎士団の建物の中にも人が少なかった。もしかしたら、演習場の方にいるはずだと考えてのことだった。
そして、私の予想は見事にあたった。
「奥方様! どうしてこちらに!」
演習場の中に入ると、これから出発するのだろう、山盛りの荷物を積んだ荷馬車が数台待機し、準備を整えた騎士も集まって来ていた。
その中に目当ての人物を発見して私は駆け寄る。
「副騎士団長、ちょうどよかった、探していたのです」
「私をですか?」
いぶかしげな様子に私は頷いた。
「ノエル様が緊急事態の対処に向かわれたと聞きました。どちらに行かれたのか伺いたいのです」
「そういうことですか」
納得できたのか副騎士団長は少し緊張を緩めた様子だったが、次の瞬間はっとしたように気を引き締める。
「団長はお伝えしなかったのでしょう。ならば、私からお伝えすることはできません。奥方様はこちらの城で我々の帰りをお待ちください。それを団長も望まれています」
「ですが、毒持ちの魔獣が出たのではないのですか? ならば、私にもできることはあるかと」
「どうしてそれを……」
「あちらの荷車に解毒剤が大量に積まれているのが見えました。確信はありませんでしたが、私の予想は間違っていなかったようですね。毒持ちの魔獣ならば、私も現地に行った方がお役に立てると思います」
「シャルロット様!?」
背後でシンディが驚いたように声を上げている。
だが、解毒の必要があるような魔獣が出たと気が付いた時点で、私の気持ちは固まっていた。
「目がよろしいのですね……。そこまで推測されておられるのならば、団長の気持ちもお分かりになるでしょう。危険なので、奥方様をこちらに残されたのです。どうか、そのお気持ちを汲んでください」
「ですが、私は浄化魔術を役立てるためにこちらに嫁いで参りました。守られるために来たのではないのです」
「騎士団を舐めないでいただきたい。奥方様の浄化魔術はありがたいですが、浄化魔術に頼り切る程、柔な鍛え方をしてきておりません。どうか、城でお待ちください」
「……これでは、平行線ですね」
「わかっていただけましたか……」
ほっとしたように言う副騎士団長に私は言う。
「でしたら、私は勝手に騎士団の後を追います」
「は?」
驚く副騎士団長に、私は胸を張る。
「同行をお願いしようと思っていましたが、それも難しいでしょう。ならば、私は勝手に騎士団の後を追います」
「やめてください! 夜に町の外に出るなど、どれだけ危険かわかっておられますか……!」
悲鳴のような声を上げる副騎士団長に、私は言う。
「では、私を同行させてくださいますね?」
「……どうしてそこまでなさるのですか。勝手な行動を取れば、奥方様だけではなく、その周囲の者も危険にさらされるのですよ」
「それでも、じっとしていられないのです。ノエル様を信じていないわけではありません。でも、もし何かあったら。助けられる力を持っているのに、その場にいなかったがために、助けられなかったら。私は、ノエル様を失うのが怖いのです……」
ノエル様は前婚約者に捨てられ絶望していた私に手を差し伸べてくださった。それどころか、婚姻の条件を並べ立てた私を受け入れ、義務ではなく向き合おうとしてくださっていた。
そのことに、私はまだ感謝の気持ちすら伝えられていない。
「それに私は浄化魔術を、ノエル様と、このルフォール辺境領のために使うと約束しました。ならば、今が約束を果たす時と思います」
長い沈黙の後、副騎士団長が言う。
「……前回、同じ種類の魔獣が出た時に、この辺境から村が二つ消えました」
「それは?」
「毒で、土地がダメになったのです。助かった者もいましたが、毒の被害が大きく土地を変えなければならないほどのものでした」
「おまかせください。私の浄化魔術は毒も土地の浄化もどちらも対応できます!」
「はぁ……どうしても、引く気はない、と」
「もちろんです。私の能力を今役立てずに、いつ役立てるのですか」
「安全になってから向かうという手もありますよ」
「それでノエル様の万一に間に合わなければ私は一生後悔します」
「これは、私には説得は難しいようです……団長に説得して向かっていただくべきでした……」
「副騎士団長は悪くありません。私が無理を言ったのですから」
「止められなかった時点で、叱責は確実なんですがね……」
副騎士団長は深い息を吐き出すと、口を開く。
「出発は一時間後です。それまでに準備をしてきてください。遅れれば、置いていきます。その際は、追いかけることは許しません」
「わかりました。急いで準備をして参ります」
シンディを伴い、私は仕度をするため踵を返した。




