15.差し入れ
料理長が用意してくれたバスケットにクッキーを詰め、準備を終えるとそう待つこと無くシンディが戻ってきた。
「旦那様は丁度お仕事の区切りも良いそうで『歓迎する』とのことでした。嬉しそうになさっておられましたよ」
「ならすぐに行きましょう」
私は料理長をはじめとした厨房の皆の方に向き直る。
「今日はありがとう。孤児院への訪問日が決まったら、お世話になるわ。次もどうぞよろしくね」
「いつでも歓迎いたします」
そして、シンディと護衛二人と共に騎士団の方へと向かった。
騎士団の建物が見えてくると、入り口の方が騒がしい。
「なにかしら? シンディ、さっきもあんな感じだったの?」
「いえ。先程こちらに参った際には、いつも通りだったのですが」
困惑するシンディに、護衛の一人が言う。
「申し訳ありませんが、奥方様、こちらでお待ちください。私が様子を見て参ります」
そして、走って様子を見に行ってくれた。
戻ってくると困惑気味に言う。
「若い御令嬢がいらっしゃっているようでした。旦那様に会わせろと粘っておられるようで」
「では、少し時間をずらした方がいいかしら」
中に入れてもらえない令嬢の横で私が中に入れば、もめ事になりそうだというのが簡単に想像できる。
「差し支えなければ裏口もございます。奥方様をそちらにご案内するのは忍びないですが」
「提案してくれてありがたいわ。そちらから向かいましょう」
護衛の誘導で歩きはじめた時だった。
入り口から小柄な女性とその侍女が出てくる。
護衛とシンディがさりげなく彼女達の視線を遮るように私の前に立ってくれた。
「もう! どうして辺境伯様に会わせていただけないのかしら」
「折角こうしてお嬢様が足を運ばれておりますのにね」
「そうよ。それに、ご結婚されたってどういうこと? この土地には私以上に辺境伯様に相応しい未婚の令嬢はいなかったはずよ」
彼女達の話し声が聞こえるが、注意を引くこと無くやり過ごすことができた。
彼女達が行ってしまったので、正面から建物に入る。
警戒していたような受付の騎士の顔が、私達を見てほっとゆるんだ。
「奥方様! お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
案内を受けながら騎士団の建物を進む。
「先程、大変だったみたいね。彼女が以前、副騎士団長が言っていた人かしら」
「はい。その中の一人です。でも、それも今日で最後と思います。ご結婚されたというお話もお伝えしましたし、話が広まれば他の御令嬢も、もういらっしゃることはないかと思います」
そうだろうかと先程聞こえた会話を思い出しつつ、確かなことは言えないので反論することはなかった。
そんな話をしている間に、先日案内してもらった騎士団長の執務室に通された。
「失礼いたします」
「シャルロット、待っていたよ」
そう言って、ノエル様が出迎えてくださった。
「お仕事お疲れ様です。こちら、先程私が手伝って焼いてもらったクッキーです。休憩の時にお召し上がりください」
「ありがとう。シャルロットが差し入れを持って来てくれると聞いて楽しみにしていたんだ。よかったら、一緒に食べないか?」
「えっ、ですが、お邪魔になりませんか?」
「そんなことはない。ちょうど休憩を入れなければと思っていたところだ。シャルロットがいてくれた方が、気が休まる」
「では、お言葉に甘えます」
私もノエル様と一緒の時間を過ごすことは嬉しいからと頷いた。
来客用のソファがある場所に案内されて、シンディがお茶を淹れてくれる。
その間に私はクッキーの準備を始めた。
バスケットを準備する際に、料理長が木皿を入れてくれているのを見ていたので、そちらを取り出しクッキーを並べていく。
盛り付けが終わったところで、私は重大なことに気が付いてしまった。
ハートと星、花の形のクッキーを作ったはずなのに、こちらにはハートの形のものだけしか持って来ていなかった。
(どうしよう、見た目が綺麗なものばかりを選んだだけだったのに……! 無意識にこの形だけを選んでしまったというの……?)
これでは、まるでノエル様に好意を持っていると言わんばかりではないか。
いや、好意を持ってはいるのは間違っていないのだけれど、それでもあからさま過ぎないだろうか。
(そうだわ。ノエル様はクッキーの形など気にされないかもしれないし)
そう思い直して、極力動揺を抑えてクッキーを勧める。
「こちら、先程焼いたのです。私は型を抜いただけですが」
ノエル様はクッキーを一枚つまむと口にした。
「うん、美味しいよ」
クッキーの形に指摘を受けなかったことにほっとしながら話を続ける。
「よかったです。今度孤児院にも持って行こうと思っているのですが」
「それはありがたい。王都でも、こういったことをしていたのか?」
「いえ、王都では神殿で浄化魔術を使うので手一杯でしたから、手作りの物を差し入れるなどはしたことがありません。クッキーを作ったのも、こちらに来て初めてでした」
「そうなのか? とても初めてとは思えない出来だが」
「それは料理長達のおかげですわ。私がしたのは、型を抜いて並べただけですもの」
「それでも、シャルロットの手作りだ。私にも分けてくれて嬉しいよ。なんといっても、妻の手料理だ」
なんだかそんな風に言われるとこちらまで嬉しくなってしまう。
「こちらに来て、ノエル様に色々していただいてばかりなので、少しでもお礼になればと思ったのです」
「そうか。ありがとう。とても嬉しいよ」
ノエル様は嬉しげに目を細める。
「ところで、先程、今度、孤児院にもクッキーを差し入れてくれると言ってくれていたのだが――」
少し歯切れの悪そうな様子でノエル様は続ける。
「こんなことを言うと心が狭いと思われそうだが、その時は、この形のクッキーは作らないでくれるか?」
一瞬、何を言われたかわからなかったが、続く言葉に私は真っ赤になってしまった。
「ハートの形は、私にだけ作って欲しいんだ」
「もっ、もちろんです。今日も、この形以外のクッキーも作っております。ノエル様に持って来ていたのがこの形だというだけで――」
「それはっ――、シャルロットが、選んでくれたのか?」
期待したような瞳で尋ねるノエル様に、私は頷いた。
意識してやったことではなかったけれど、結果的には私が全て選んでいる。
「そうか……!」
嬉しげな様子のノエル様に、余計に否定できない。
それに、その誤解を私も嫌だとは思えなかった。
(私、やっぱり……)
無意識にハートの形ばかり選んでしまっていたというところで、結論は出ている気がする。
そんなことを考えている間に、ノエル様がクッキーを見つめながらとんでもないことを言い出した。
「ここで全て食べてしまうのがもったいないな。状態保存の魔術をかけたら、永久に保存できないだろうか」
「やめてください。永久に残してどうするのですか。また作りますから、これはこちらで全部召し上がってください」
「わかった……。そうだ、私ばかり食べてしまっていたな。シャルロットも一緒に食べよう」
そんな会話をしながら、私もクッキーを一枚つまんだ。
素朴な甘い味に頬がゆるむ。
そうしながら、厨房に残してきたクッキーは、ハートの形以外を城に仕える方達に差し入れとして配ってもらうことにしようと思うのだった。




