14.クッキー作り
数日後。
マナーの先生の授業がお休みの日の午後、シンディが用意してくれたシンプルなワンピースにエプロンと三角巾を身につけ、私は厨房へと向かった。
「料理長、奥様をお連れしました」
「先日嫁いで参りましたシャルロットです。いつも美味しい食事をありがとう。今日はどうぞよろしくお願いします」
「奥方様! 私どもにそのようなもったいないお言葉を……! こちらこそ本日はよろしくお願いします……!」
料理長達の挨拶を受けた後「さぁこちらへ」と案内をされる。
「奥方様はクッキーをお作りになりたいということで、こちらに準備をしております」
厨房の大きなまな板の上には、丸く丸められた生地が置かれている。
その側に伸ばし棒と型が三種類置かれていた。
型はハートと星、花の形をしている。
「どうしたらいいの?」
「こちらにある生地を伸ばしますので、奥方様には、そちらの型を使っていただきます。まずはやってみましょう」
そう言って、料理長は伸ばし棒を使って丸まっていた生地を伸ばしていく。
生地はあっという間に形を変え、薄く角が丸い四角形へと変わってしまった。
「すごいわ! あっという間なのね! あっ、ごめんなさい」
「いえ」
私の声にびくっと肩を揺らした料理長に謝り、黙って様子を窺う。
料理長は緊張した様子ながらも作業を続け、生地の厚さなどを確認し、伸ばし棒を横に置いた。
「できました。こちらの生地に準備している型を使ってください。できたものはこちらに並べます」
実際に手順を見せてくれる。
「できそうですか?」
「えぇ。やってみるわね!」
料理長の見本のようになるように、慎重に型を生地の上に置きそっと押した。
「もっと力を入れてくださって構わないですよ」
「そうなの?」
「しっかり抑えないと、生地が切れませんので」
言われた通りにしてみると、生地を型の形にくり抜くことができた。
「できたわ!」
「では、こちらに並べてください」
言われた通りに天板に置く。
「こちらがいっぱいになりましたら焼いていきますので」
「がんばるわ!」
最初はおそるおそるだったが、馴れてくると幾分か手早くできるようになる。
二列ほどで用意されていた型を変え、クッキーの生地を並べていった。
準備が終わると、料理長がオーブンに持って行く。
その間に別の天板に、もう一回残った生地で同じ事を繰り返した。
生地を全て使い切ったところで手を洗い、シンディが淹れてくれたお茶で一息つく。
料理長達は同席することに最初躊躇っていたものの、気にしないからというと、席に着いてくれた。
クッキーが焼きあがるまでもう少しかかるということで、シンディと料理長に相手をしてもらう。
「料理って、とても大変なのね。今度からもっと食事に感謝していただくわ」
「とんでもないことです。私どもはこれが仕事ですから」
「それでもよ。困っていることなどはないかしら?」
「い、いえ! 辺境伯様に良くしていただいておりますので」
「そう……」
今日のお礼に何かできることはと思ったが、私の出る幕はないようだ。
そう考えていると、ふと、料理長の腕まくりをしている手の傷が目に入った。
「その傷は、火傷でしょうか?」
「あ、これですか。そうです。お恥ずかしい話ですが、数日前にオーブンの縁に当たってしまいまして」
「なら、少しじっとしていてください――癒しの光よ、傷に癒しを」
そして、治癒魔術を発動する。
淡い光が料理長の腕を中心に降り注ぎ、料理長は目を丸くしていた。
「えっ痛くない? 傷が消えている……!」
驚く料理長に言う。
「古い傷は治せませんが、これくらいでしたら難しいことではありませんので」
「あっありがとうございます! 騎士様方が受ける魔術を使っていただけるなんて恐縮です」
「お世話になったお礼です」
「そんな……本当にありがとうございます。奥方様に魔術を使っていただいたこと、忘れません」
「そんな大げさに受け取らないでください」
思った以上に感動されてしまい戸惑っていると、良い匂いが漂ってきていることに気が付いた。
「あら、良い匂いがするわ」
「クッキーが焼けてきたようですね。様子を見て参ります」
「私も行くわ!」
料理長が席を立ち、オーブンの方を見に行く。
気になって、私もついて行った。
「火は見えないのね?」
「直火になると焼きすぎるので、余熱で焼きます。うん、良い感じです」
料理長の手によりオーブンからクッキーが取り出される。
「すごい! いつも食べているクッキーだわ!」
歓声を上げる私に料理長は冷静だ。
「まだ熱いですので、火傷されないように注意されてください」
「わかったわ」
そして少し冷えたところで、味見として皆で一枚ずつクッキーをいただいた。
「美味しい!」
「よかったです。今度孤児院にお持ちされると伺いました。その時もまた、手伝わせてください」
「頼むのは私の方だわ。その時はお願いね。子供達も喜んでくれるといいわね」
「きっと喜ばれると思いますよ。ところで、本日焼いたこちらのクッキーはどうされますか?」
「そうね……ノエル様にも召し上がっていただきたいの。取り分けて後でお渡ししたいのだけれど」
シンディが言う。
「それは、絶対に喜ばれます。むしろ、今から伺われてもよろしいかと」
「えっ、でも、お邪魔にならない?」
「確認して参ります! シャルロット様はこちらでご準備を進められてください」
シンディは私の護衛に側を離れないように言うと、厨房を後にする。
私は、ひとまず準備をしようと良く焼けているクッキーを選り分けるのだった。




